231、恋とは
「やっぱり他の皆は集めないんですか?」
修行を開始しようとした矢先、ナルリースがそう尋ねてきた。
現在、リーリアとシャロ、サリサとジェラ、レヴィアとアナスタシアが合流して、少しずつだが俺のいる地点へと近づいてきている。セレアは一人だがあの子なら大丈夫だ。
昨日修行したおかげで今の俺なら10分もあれば全員集められるが、それではあいつらが成長しない。ならばこの環境を利用して、それぞれ修行したほうが効率がいい。今は各自、強くなる時なのだ。
当初の目的であるシャロとナルリースの合流は果たしているので、そこに関しては皆も安心してるはずだ。
「ああ、昨日も言ったが今は自分の修行に集中したい。じゃないと結局、皆ここで全滅することになるからな」
「そうですよね……では私は何をしてたらいいでしょうか?」
不安そうに俺に聞くナルリース。
ここのモンスター相手では一人で戦うことができない為、手持無沙汰となってしまったのだ。
「お前はここにいてくれ。それだけで効率がよくなる」
「えっ! そ、そうなんですか?」
「ああ、惚れた女がベッドを守ってるんだ。それで頑張らない男はいないだろ?」
「ベアルさん! もうっ!」
ナルリースが顔を真っ赤にしながら膨れている。
冗談だと思われたようだ。
……結構本気だったんだが。
「ねえ、早く始めないの? 恋について教えて欲しいんだけど」
いつの間にか真横にいたミッシェルがそう言った。
ナルリースがびくりと体を震わせる。
「わかってる。じゃあナルリース、ちょっと離れて見ててくれ」
「はい……ベアルさん頑張ってください」
「ああ」
修行と言っても基礎練習が殆どだ。
昨日は神霊力操作の反復練習に全ての時間を費やした。
やはりと言うべきか根本的な操作は変わらなかったので、すぐに魔力と同じように操作することができた。
今日はこれを実戦に取り入れて見よう。
まずはイメージだ。魔力と違って神霊力はここを重視する。鮮明なイメージ力が完成度に雲泥の差が出る。
魔力の糸ならぬ、神霊力の糸。
これを全ての空間に張るイメージだ。
「すぅ……はっ!!」
まるで漁師の投網が海全体に掛かるかの如く、俺を中心にして10階層全体に広がっていく。その間、約1分。
「なるほど……これならば何をやってるのか一目瞭然だな」
仲間の位置からモンスターの位置、どういう動きをして何が倒されたのか。俺には手に取るようにわかった。
「見事だね。でも僕の張った糸にまで絡めちゃってるのはまだまだだ修行がたりないね」
「うるさいこれから練習するんだよ」
ミッシェルもこの方法でモンスターの位置や俺たちの動向を把握していたのだ。
「これから実戦に行ってくる」
「そう。じゃあ僕もいこっと」
「……勝手にしてくれ」
雑魚モンスターではあるが実験には丁度いい。
試してみたい攻撃魔法があるんだ。
レインボーフェニックスモードで瞬時に移動をする。
丁度リーリア達との中間あたりの所だ。
そこには得体の知れないモンスターがいた。丸い図体に大量にちりばめられた目。所々からにょきにょきと生えている触手のようなもの。俺たちの世界では絶対にありえないような形をしたモンスターだった。
「気持ち悪い奴だ」
「ギョエエェェェェェェ!!!」
よく分からない声を発し触手を伸ばしてくるモンスター。
6本の触手からはそれぞれ異なる属性のエンチャントが付与されていた。
「火、水、土、風、雷、消滅か。器用な奴だ」
当たり前のように消滅の魔力も使ってくる相手だったが動揺はない。
なんせ神ランクのモンスターなのだからこれくらいは当然だろう。
俺は襲い掛かる触手を指先一つで弾き落とす。
一見同時に殴られてるように見えるのだが、わずかながら差があるのだ。
神霊力で強化した目、「神霊眼」で見たときに、それは天と地の差ほどあった。
体感的に、かなりゆっくりと、赤ちゃんのほっぺたをつっつくくらい優しく触手を弾いたのだった。
「ギョエエエエエエエエエエ!」
それは悲鳴なのが憤怒の叫びなのか。
モンスターは体をくねくねとさせている。
「こいつはこんなもんか」
今のが最強にして最大の攻撃だったのだろう。
次の一手を打てないでいるようだ。
「様子見をする頭脳はあるのか」
「まあ警戒心程度だけどね」
いつの間にか真後ろにいるミッシェルがそうつぶやく。
「それじゃ容赦なくいかせてもらうか」
俺はミッシェルを無視して集中力を高めた。
俺といえばこの魔法だ。神霊力を手にした今、真の意味でこの魔法は本物となるのだ。
「────ゴッドスーパーノヴァ!」
まばゆい光が階層を包む。
真っ暗だった空間が白い世界へと瞬時に変わった。
仲間たちは何が起こったのかわからなかっただろう。
その威力は星ですらも破壊する。
もし昨日の段階で使用していたならば、全滅は確実だった。
だが今日の俺は違う。
近くにいた俺とミッシェルに何のダメージもない。まあミッシェルにいたっては何もしなくても平気だっただろうが。
俺はしっかりとモンスターがいる範囲だけで爆発を抑えたのだ。
漏れてしまったのは光ただ一点のみ。爆風ですらも閉じ込めていた。
「よし、上手くいった」
「光が漏れちゃったからまだまだだね」
「…………ちっ」
くそ、まだまだ反応が遅いか。光も遮断できれば一人前ということか。
……っていうかこいつ、いちいち付いてきたのは小言を言うためなのか?
「やりたいことやり終わったでしょ? 早く恋について教えてよ」
前言撤回。ただ恋について知りたいだけのようだ。
「わかったよ! いちいちいちゃもん付けられても萎えるからな。休憩もかねて教説明してやる」
「ようやく聞けるね」
俺はその場で数十分かけて恋について話した。
合間合間にミッシェルが口を挟むので予定よりも長く話してしまった。
「ふーん……なんだかんだ言って結局は性欲=恋ってこと?」
「まあそうとも言えるな。だが愛していない女ともしたくはなるが」
「でも性欲がなければ恋もないよね?」
「少なくとも俺はそうだな」
意外と説明しようとすると難しい。
恋の概念は人によって違うだろう。
本来なら自分で体験することによってわかる感情なのだが、生殖をおこなわないミッシェルにとっては難しいことだ。
……っていうか10階層まで来て何を話しているんだろうなまったく。
「仕方ない。他の人にも聞いてみるか」
「は? おいっ!」
ミッシェルはそれだけ言うとどこかへ消えてしまった。
あいつ、俺の仲間の元にいったんじゃないだろうな。
そうだとしたら大変なことになる。
ミッシェルの姿なんかみたら気を失ってしまうのではないだろうか。
でももう遅い。あいつは俺の神霊力の糸をすべて断ち切ってしまったので居場所がわからなかった。
まあ、手を出さないと約束したし大丈夫だとは思うが。
「わかった」
数時間が経過したのち、俺の元へとやってきたミッシェルの開口がそれだった。
俺は既にナルリースの元へと戻ってきていて、基礎練習を行っていた。
「何が分かったんだ?」
そう尋ね返す。
「もちろん恋についてだよ」
「……皆に聞いて回ったのか?」
「そんなことはしないよ」
どうやら接触はしていないようだ。少し安心した。
「セレアとだけ話をしてきたんだ」
やはり知り合いだったらしい。
「ほう? それで答えは?」
「人になればいいと言われたよ」
「人に……か? でも姿だけマネても心は変わらないだろ?」
「うん、だから取り入れることにするよ」
「……どういうことだ?」
なんだか話の雲行きがきな臭くなってきたな。
「どうやら人の心を持っていなかった者が恋をするようになったらしいじゃないか」
「──あっ!」
隣で聞いていたナルリースが思わず声を上げた。
俺もその者には心当たりがあった。
「……レヴィアか」
「うん。もとは魔獣だったんだって?」
元リヴァイアサンであるレヴィアは確かにその通りだった。
俺に友達のような好意は持っていたが恋愛とまではなっていなかった。しかし人の体を手にした時から恋を知ったのだ。
「お前まさかレヴィアを!?」
「いやいや、それはベアルとの約束に反するからね」
律儀な奴だ。いや、だからこそ俺はこいつを気に入ってるんだな。
ではどうする気なのだろうか?
「僕はここから出ようと思う。そしてカオスとやらの肉体をくらうつもりだ」
「は? お前出られるのか?」
「うん、君の協力があればね」




