226、ベアルvsリーリア
「いっちにーさんし」
「にーにっさんしー」
戦闘前の準備運動をリーリアとする。
これは島で模擬戦をする前には必ず行っていた事だった。
リーリアが小さかった頃は二人でやる準備運動もなかなかこなせなかったのだが、今は問題なく行えている。まあ、それでも身長差はかなりあるんだが。
そんなことをしみじみと考えていたら、ほどなくして準備運動も終わる。
「よし、やるか」
「うん!」
俺は歩いて。リーリアは小走りで距離を取る。
振り返るとリーリアはかなり遠い位置へと立っていた。過去最大の距離だろう。
リーリアは魔法戦を仕掛けるつもりなのだろうか。どちらかと言えば接近戦の方が得意な気もするが。
……まあやってみれば分かることだ。
「レヴィア! 開始の合図を頼む」
「ああ、分かったのだ!」
レヴィアはその場から一歩前にでると手を上げた。
「それではベアルとリーリアの模擬戦を行う! 二人とも準備はいいか?」
「ああ」
「うん!」
「それでは────始め──ッ!!?」
レヴィアの「め」の発声と同時に数千の石槍が飛んできた。
俺はそのすべてを軽く受け流していく。ガードしないのはこれは神石槍だったからだ。
次は──上か。
予想通り今度は数万の神石槍が同時に降り注いだ。
これでは避けることができない。よく考えられているな。
俺はリーリアの思惑に従って神石槍をガードする。
「たああああぁぁぁぁぁ!!!」
神石槍のすぐ上からリーリアが現れた。
なるほど、これでは接近戦をせざるを得ない。
「ふんっ!!」
俺は恐れずさらに一歩踏み込むと、リーリアの手元を狙い手刀で打ち払う。
「い~~~~ッ!」
手元を叩かれたリーリアは一瞬痛そうに顔を歪めたが歯を食いしばって我慢する。だがそれが一瞬の隙となる。
俺は空いた方の手でリーリアの首に向かって手刀を振り下ろす。
これが当たれば気を失って試合終了だ。
「はじけろッ!」
やけくそっぽく叫んだリーリアの言葉と同時に眼前で巨大な風球が一瞬にして破裂した。その風圧が俺とリーリアの距離を離す。
だが俺はすぐに距離を詰めようとした。今が好機なのは変わらない。
「ゴッドトルネード! ヒール!」
「ほう」
突然足元から強烈な竜巻が発生する──が、すぐに俺は極限まで凝縮させた風球を足元に放ち竜巻を四散させる。四散させた突風が見学している皆を吹き飛ばしたが……まあ大丈夫だろう。
それよりリーリアだ。
上級神魔法とヒールを同時に使い、既に体は万全の状態に整えていた。
既に九星剣を構えていて、その姿に隙は無い。
ほほう、やるな。
ではこれならどうかな?
「神・アブソリュートゼロ」
「っ!?」
俺たちの周りを一瞬にして氷点下へといざなう。
足元は氷で覆われ、肺は一瞬にして凍り付く。
だが俺は頭上を見上げていた。
リーリアが咄嗟の判断で空中へ逃げていたのだ。
「ゴッドサイクロン」
穏やかだった風が暴風へと変わる。
上下左右と暴風がリーリアを翻弄し、体の自由を奪う。
「ゴッドインフェルノ」
さらに灼熱の炎がサイクロンと混ざり合う。
空は灼熱の暴風となり、まるで世界の終わりかのような獄炎の地獄と化した。
「ああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
そんな暴風の中心から空間を切り裂く一閃が放たれた。その一閃は俺の服を破き、胸元に一筋の傷を作ったのだった。
暴風は真っ二つに分断され、行き場を無くし四散する。
その中から髪の毛が若干チリチリになったリーリアが息を乱しながら現れた。
俺は思わずニヤリと笑う。
「髪の毛が凄いことになってるぞ」
そう言うとリーリアはムッとした表情となった。
「女の髪は命そのものなんだよ? だから責任をとってもらいます」
「また変な言葉を覚えたな……責任か、よく分からんがそうだな。この戦いで俺の腕を切り落とせたら考えなくもない」
「言ったね? もう取り消せないよ?」
「ふっお父さんに二言は無い」
「フォー! さらにやる気でてきたよ!」
何故だかテンションがさらに上がっているリーリア。
瞳がランランと輝いている。
「さあ、かかってきなさい。次は接近戦なんてどうだ?」
「うん! もう本気の本気でいくからね!」
「ああ、全ての力を出し切ってかかってこい!」
リーリアは九星剣を両手持ちから右手だけへとシフトする。左手に膨大な神力が流れたかと思うと、そこにセレアソードが出現した。
「自分の力だけで出せるようになったか」
「うん、もう体の中にセレアの力が流れてるからいつでも出せるよ」
「それは面白い」
素手対二刀流か……さすがに少しだけ厳しいか?
だがそれもいい。
俺は今、目の前にいる強者との戦いを楽しんでいるのだ。
「いくぞっ!」
「うんっ!」
俺とリーリアは同時に一歩を踏み出した。
加速は俺の方が早い。二歩目を踏み出した時、俺は既にリーリアの懐へと入っていた。
「──ッ!」
腹へと一撃。
重い一撃によってリーリアの体が浮かび上がる。
──っこの感覚は!?
俺は思い切り体をのけぞらせた。
ブンッ!
鼻先すれすれを剣先が通り過ぎる。
リーリアは後方にジャンプしてダメージを軽減すると同時に剣を振っていたのだ。
その時、剣圧によってリーリアの髪の毛がふわりと浮き上がる。のぞかれた瞳がキラキラと輝いていた。その瞳は、「お父さんさすが」と言っていた。
「──ふっ!」
面白い。
無理な体勢だったが体をひねり強引に蹴りを繰り出す。
リーリアはそれをもう一本の剣で受け止めたが、衝撃を受け止めきれず後ろへと下がった。
追撃だ。
俺は無言で神水球を作り放つ。それも連続で。
リーリアは避けることは困難と瞬時に考え剣をクロスさせ受けた。
軽い体が神水球によって吹っ飛ばされる。
連続で放っているため躱す暇もないだろう。
一瞬にして5階層の壁へとぶち当たるが、俺は放つのをやめなかった。
さらには左手で神水球を連射しながら、右手では神の檻を作成した。それも巨大なやつだ。
……そろそろかな。
そう思った瞬間、神水球がはじけ飛び始めた。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
リーリアが雄叫びを上げながら神水球を斬っていた。
二本の剣を交互に高速で切りつけながら前進している。
物凄いスピードだ。
もう少しで俺との間が近接距離となる。
リーリアは意を決し、前方ガードに全集中させて突撃してきた。
と、その瞬間。俺は右手で作り出していた神の檻を下す。
巨大な神の檻は俺とリーリアの間を遮った。
突然降って落ちてきた檻にリーリアは困惑した。
だが突進は止められない。
そのままの勢いで神の檻を二本の剣で斬り付けた。
しかし、神の檻は傷一つつかず。綺麗なままの原型を保っていた。
「そんなっ!」
戸惑うリーリア。
俺はその檻に向かって隙間からハイパーノヴァを放り込んだ。
「ぐっ!」
檻の中で巨大な爆発が起こる。爆発は檻を中心に5階層全域に広がった。
見学している仲間たちは神ガードを持っているので大丈夫。ちらりとみると一生懸命ガードしながら距離を離しているのが見えた。この戦いが自分たちの常識の範疇を超えているのに気づいたのだろう。少しでも威力が弱くなるところまで避難する様だ。
俺はそれを見届けながら間髪いれずにハイパーノヴァを連続して投げ込む。
中にいるリーリアに未だ動きはなかった。
「リーリア! このままでは神力が枯れてしまうぞ」
そう言いながらもハイパーノヴァを投げ込むのを止めない。
連続した爆発が辺りの土や植物を遠慮なく吹き飛ばす。
10投目をしようとした時、檻の前──俺とリーリアの間を光の壁が立ちはだかった。
「さすがはリーリア。神の壁ができたか」
大地がすっかり吹き飛び、真っ白くなった部屋で、神の檻に捕らわれているリーリアがこほこほと可愛い咳をしながら涙目になっていた。
「……お父さん酷いよぉ。息もできなかったし死んじゃうかと思った」
「それが戦いというものだ。どうすればいいか瞬時に判断し実行する。常に頭を働かせているんだ」
「…………難しいもん」
「でもできたじゃないか。偉いぞリーリア」
「うんっ! えへへ」
ちょっと拗ねたかと思ったがすぐに機嫌を直してくれた。
素直に育ってくれて俺は嬉しい。
「さあまだまだやるぞ! 今度はリーリアから攻めてこい」
「うん、分かった!」
─
「はぁはぁはぁはぁ……」
「どうしたリーリア! もうへばったのか!?」
もう数時間が経過していた。
見学していた皆は先に宿へと戻っていった。
どうやらガードしていただけで神力がなくなったとか。
なのでここにいるのは俺とリーリアだけであった。
あれからリーリアはいろいろな技を覚えた。
フェニックスモード改や俺の使っている神の檻など見様見真似だが同じようなものを作れた。さらにはセレアソードの強化版、セレアソード改というさらに攻撃力を高めたものを編み出したのだ。
だが未だに俺の腕は切り落とせていない。
細かい傷をつけることはできるのだが、そこが今の限界のようだ。
それにもう数百回と模擬戦を繰り返していて、リーリアは既にヘトヘトである。
神力と魔力が底抜けにあるのだが、むしろ体力が持たないといった今までには無い珍しいケースとなった。
「はぁはぁ……やれるよ! まだお父さんから一本とってないもん!」
「そうだ! その意気だ!!」
リーリアの目は死んではいない。
あの目は……何か企んでいる時の目だ。
「行くよお父さん!!!」
そう叫ぶとリーリアは──九星剣とセレアソードを投げた。
「ほう?」
俺はジャンプして躱した。
二本の剣は俺の居るところを通り過ぎた所で急激に角度を変えて俺へと襲い掛かってきた。よく見ると二本の剣には神の糸が付いていた。
「飛び道具として使って来たか……面白い」
柔軟な発想だ。だがこれには弱点がある。
リーリアを見ると……素手だった。
俺はリーリアの元へと超スピードで向かう。
その体はがら空きで隙だらけのように見えた。
(これは罠だな……でもまあ。あえて乗ってやるか)
俺の手が届くか届かないか絶妙のタイミングでリーリアはセレアソード改を作り出した。
そう。一本しか出せないなんて誰も言ってないのだ。
ただ今までは消費される魔力が大きすぎたから無理だっただけで、今のリーリアなら何本でも出せ、それを維持することができるのだ。
リーリアは片手でセレアソード改を振るった。
剣先が俺の伸ばした右腕をとらえたように見えが、俺は寸前でその右手を引っ込めていた。
セレアソード改は無情にも空を切る。
代わりに再び出した俺の右手がリーリアの手を掴んだ。
これでもう剣は振れない。
俺は腕をひねり、そのままリーリアを地面に倒した。
「~~~~っ!」
仰向けに地面に横たわるリーリア。
俺はすぐに覆いかぶさるようにして両手両足を押さえつける。
「今日はここまでかな?」
「……そうおもう?」
「ふふっ思わんな」
俺は後方に向けて3重にした神の壁を張った。
すると──
バリンバリンッガシ!
最初にリーリアが放った九星剣とセレアソード改が2枚の神の壁を破り3枚目に刺さっていた。
これが奥の手だったのだろう。
「終わりだな」
「うん……さすがにばれてた?」
「……まあな」
……いや、おかしい。
わずかだが神力の移動が感じる。
これは──地面かっ!!
俺は押さえつけていた腕を引き離そうとした。
しかし腕に何かが巻き付いていた。
これは神の糸!
「もらったよお父さん!!」
「──ッく!!」
俺は急いで自身の体を10枚の神の壁で覆った。
だが──
地面から勢いよく飛び出してきたセレアソード改が次々と神の壁を打ち破った。
5枚、6枚、7枚……勢いは止まらない。
これは……物凄い神力だ。
反対に寝転がっているリーリアはすべての力を出し切ってしまったようで神力はすっからかん状態だ。
つまりこのセレアソード改に膨大な神力が秘められているという事。
まさにこの一撃にすべてをかけるってやつだ。
8枚、9枚……そして10枚目が破られる。
「ぐっ!」
勢い収まらず、セレアソードは俺の右肩をぶち破った。
セレアソードはそのまま上空へと飛んでいき、俺の右手はボトリと地面に落ちた。肩から血が溢れ、下にいるリーリアにも大量にかかってしまった。
……いたた。久しぶりに大ダメージを受けたな。
「リーリア、お前の勝ちだ」
「う、うん! 嬉しいけどお父さん痛そう」
「大したことは無いさ。むしろ誇らしいくらいだ」
俺の娘がここまで成長した。
こんなに嬉しいことがあるだろうか。
「お父さん! 感傷に浸ってないですぐ治してよ! 私はもう魔力も神力もなくなっちゃったからヒール使えないよ!」
「いや……せっかくリーリアが頑張って付けてくれた傷だ……もうしばらくそのままにしようかと思ってな」
「そんなのいいから早く治して!!!」
リーリアの悲痛な絶叫がこだました。




