219、アナスタシアvsシャロ
「ではいくにゃよ? ──開始にゃ!」
アナスタシアとシャロの戦いが始まった。
開始と同時に接近するのはアナスタシア。大盾を構えながら突進する姿はまるで大型の魔獣のような迫力がある。ちなみにその大盾は宝具で、皆と同じくこの一か月間で発見したものだ。名前は、『バスカーの大盾』。
バスカーはドワーフの崇める神の名前だ。ということは元はドワーフの使っていた盾なのだろうか?
そんなことを考えていたら、アナスタシアは強ければどうでもいいと意気揚々と装備していた。
実際、バスカーの大盾は強力だった。
「行くぞ! はあぁぁぁぁぁぁ!!!」
気合の掛け声と共にバスカーの大盾に神力を込める。するとアナスタシアは分裂し二人となった。
そう、バスカーの大盾の効果は分裂。しかも分裂した方もそれぞれ意志を持っている。だから混乱することなく動けるし、自分自身という事もあって連携も上手くいく。唯一の弱点と言えば力が2割落ちてしまうことだ。それさえ気を付ければいくらでも分裂できるので使いどころは多い。
「それ本当に卑怯だよおぉぉ~!!」
地上では不利と感じたシャロはフェニックスモードを発動し上空へと逃げる。
しかし上空はアナスタシアとしても得意なところである。
「シールドブーメラン!!」
二人のアナスタシアは盾を上空に放り投げる。すると盾はまるで意思を持ったかのようにシャロへと襲い掛かった。
「あわわわ~」
緊張感のない悲鳴を上げ必死に避ける。
だが高速で移動する二つの盾は容赦がない。避けたと思った次の瞬間には二つ目の盾がその場所を捉えてくるのだ。交互に降り注ぐ盾を紙一重で躱していく。
「もー無理~!」
シャロは杖を掲げた。
杖は光り輝くと、杖から枝分かれした木がシャロの周りを囲んだ。
シャロの杖もまた宝具だ。名前を、『大樹の杖』といった。
大樹の杖の能力は所有者に木属性魔法を習得させる。それも上級まで一っ飛びだ。さらには神力を杖に流し込むことによって、疑似ではあるが神の木魔法を使用することができた。
シャロを囲う枝がシールドブーメランを弾き返す。
「中々やるなっ! だが!!」
枝に囲まれてシャロは動くことができない。そこにアナスタシアは渾身の袈裟斬りを放つ。
刀身がざっくりと枝にめり込む、一度で斬れないのであればと、何度も何度も同じ場所を攻撃する。ザクザクと切り刻むアナスタシア。
「ひえええぇぇぇ!」
シャロは力を込めて枝を生成し続ける。突破されないように必死なのだ。
「籠城するだけでは勝てんぞ!!」
「だってぇ~」
ぶっちゃけるとシャロに至っては杖を手にしてからは木属性魔法をメインに練習を重ねていた。せっかく手にした杖の性能を最大限に活かしたかったからだ。
防御と回復が主な魔法であるため時間を稼ぐだけなら中々にしぶといのだ。
ただ弱点もある。それは斬撃と火の魔法に弱いことだ。こればかりは木属性魔法の宿命である。
「枝の生成が速いな! ならば!」
アナスタシアはさらに分裂して4人となった。四方からシャロを囲むと、一斉に剣を叩き込む。
「うわぁぁ~!!」
バキバキと枝を折られ、みるみるうちに枝が薄くなっていく。
「ふふふ、どうしたどうした! もう殆ど枝は残ってないぞ!」
「わ~ん! アナちゃん戦闘の時だけドSだよ~! べーさんとの夜は超ドMなのにぃー!」
「はっ!? な、なんでそれを知ってるんだ!!!」
アナスタシアはあまりの衝撃に攻撃する手を止めてしまった。
「そんなの皆知ってるよぉ~。宿の壁を突き抜けるほどの声出してるじゃん」
「そ、そんなはしたない声を出すわけがないだろう!!」
「えー? この間なんてもっと縛ってぇ~んって叫んでたよ~?」
「~~~~ッ!!」
アナスタシアの顔が真っ赤に染まる。
シャロはしめしめと今のうちに距離を取った。
「ああぁぁぁ!! ち、違うんだ! わ、わたしはそんなことを望んでない──そ、そうだ! ベアルが好きそうだったから付き合ってあげただけなんだ!! ほ、本当だぞ!?」
アナスタシアは戦闘そっちのけで言い訳をし始めた。
眼が完全に泳いでいるし、シャロのたくらみに全く気付いていない。本当に馬鹿正直なやつである。
「へえ~。でもすごい嬉しそうだったけどなあ。もっと、もっと~って歓喜の声をあげてたよ?」
「ちちちち、ちがう!! そうすればベアルが喜ぶから──そう! 演技をしていたんだ! ふう、困った奴だよベアルは。うんうん、本当に困った奴だ!」
自分を落ち着かせるために俺にすべてを押し付けて解決しようとしている。
よし、いい度胸だ。今度いじるネタができたな。
そんな中もシャロはひたすらに杖に神力を送り込んでいた。
着々と準備が出来上がっている。
「アナちゃんいいのかなそんなこと言って。またべーさんに夜いじめられちゃうよ?」
「えっ、そ、そうか!! これはいじめられてしまうのか!? そ、そうか……うん、ふふふ、そうか……」
アナスタシアはすごく嬉しそうな顔をしてニヤニヤしている。あの顔をしている時は妄想をしている時だ。
……これは本当にどうしようもない奴だ。
シャロの準備は整った。
「そういうわけだから……いっぱい叱られてよねアナちゃん」
「……へ?」
「究極魔法──ユグドラシル!!」
アナスタシアの真下、地上から小さな芽が生えた。
「うわっ!」
そのままアナスタシアを飲み込むように急成長し、巨大な大樹となって具現化された。アナスタシアは枝に絡まり身動きが取れない状態となっていた。
「こ、これは! おい、シャロ! 私を謀ったな!!」
「えー? 別に嘘は全く言ってないよ~? アナちゃんが勝手に動揺しただけじゃん」
「う、嘘をいうな! わ、私がドMなどと──」
「まあまあ、そんなことは置いておいて降参しないの?」
「そ、そんなことって……私の中では重要な事なのだが……まあいい! こんな枝などすぐに振り払ってやるぞ!!」
そう言ってアナスタシアは全身に力を込めて抜け出そうとした。
「え……あれ?」
しかし、もがいてももがいても一向に抜け出せない。
「な、何故だ! それに神力が使えない!?」
体に神力を流動させようとしたが勝手に体外に放出されてしまっていた。まったく神力の制御ができなかったのだ。
「ユグドラシルの力だよ~本来なら魔力なんだけど、僕が神力で具現化させたから神の大樹となったんだ~」
ユグドラシルは本来の力は対象から体力と魔力を奪い、それを仲間に分配するというサポート魔法だ。だがこれを神力で発動させたことにより、魔力ではなく神力を奪うという能力に変わった。それによってアナスタシアは体力と神力をすごい勢いで奪われ続けているのだ。
「ならば法力でっ!! ──ぐ、ぐぐぐ! ダメだ! 全く抜け出せない!」
そもそも魔力と法力の上位互換が神力である。神の大樹となったユグドラシルの枝を法力で壊すことは不可能なのだ。
さらに言えばユグドラシルの枝に巻き込まれること自体が稀である。かなり油断した相手じゃなければ拘束など不可能だ。
完全にアナスタシアの油断がこの事態を招いたのであった。
「で、どうするの~?」
「ぐうぅぅ……力が……力が抜けていくぅ~」
「このままじゃ干からびちゃうよ~?」
「……ううぅぅぅ! 私の…………負けだ」
「わーい勝っちゃった~……あ、また戦わないといけないんだ。面倒くさいなあ」
「……ぐぅぅぅ! こんなやつに負けたぁぁぁぁ!!!」
再戦が決まったシャロも残念そうに。負けたアナスタシアも残念がっている大変珍しい試合となった。
全く全力を出し切れなかったアナスタシア。まあモンスターにこんな小賢しい作戦を使ってくる奴はいないと思うが…………アナスタシアには本気で説教だなこれは。
次戦のリーリアvsレヴィアまでの休憩の間、アナスタシアにはしっかりと説教をしてやった。さすがに自分が悪いと思ったのか真面目に反省していた。
かなり強く言ったので途中に涙を流してしまった。仕方なく、「今晩は楽しみにしてろ」と耳打ちすると、すぐにニヤケ顔となっていた。
……本当に反省しているのかこの時ばかりは不安になった。
もしかしたら俺がアナスタシアをダメにしているのかもしれないと。




