217、リーリアvsサリサ
リーリアが真っ先に突撃する。
遠距離では不利だ。一気に詰め寄る。
サリサも近寄らせないように鞭を振るう。それはまるで雨の如くリーリアに降り注ぐが、踊るように躱し、時にはセレアソードで弾きながら前進していった。
鞭が振るわれるたびに辺り温度が上がり、既に一面が灼熱地獄と化していた。
俺の座っている辺りも神力ガードしていなければ、シートは溶け、お茶も蒸発しているだろう。
そんな火中のリーリアは大量の汗を流しながらも水魔法で自身を覆い、熱さに耐えながらも紙一重で躱しながら、必要な攻撃だけをいなし、着実に少しづつだが前進をしていたのだ。
「さすがねリーリア! でもっ!」
サリサは鞭を振るいながら空いた左手に新たな鞭を作り出した。
これはサリサが神力を特訓し続けた結果、編み出した技、『神の鞭』である。
奇しくもリーリアと同じ二刀流という、珍しい組み合わせとなったのだった。
「双鞭のサリサ──行かせてもらうわよ!!」
サリサの二つ名である双鞭。
それは近寄るものをすべて破壊する必殺の技。
フレアドラゴンの鞭と神の鞭が絶妙に交差し、反撃の隙を与えない怖ろしい連撃。
もはやこれは豪雨といってもいいだろう。
躱すことは不可避。
リーリアの足は既に止まっており、二刀で払うのが精一杯となってしまった。
しかもサリサの鞭は一撃一撃がとても重い。
一生懸命二刀で弾いているのだが、だんだんと手の感覚が失われていった。
このまま防戦一方の戦いに勝ち目はない。
「あああぁぁぁぁあああ!!!」
リーリアは思いっきり叫ぶと、頭上に巨大な魔力球を出現させた。
「──!?」
いきなり現れた魔力球に危険な香りを感じ取ったサリサは鞭の角度を咄嗟に変えた。真上からの攻撃を斜めからの攻撃にしたのだ。
その隙は殆どなかった。かなり自然な流れに思えた。
だが極限レベルまで達している者たちにはその隙は大きかった。
(お父さんならこれくらいは普通にできるだろうけどっ!!)
リーリアにとってはその隙の間でしか狙うことはできなかった。
頭上斜めから襲ってくる鞭に狙いを定める。狙いはフレアドラゴンの鞭だった。
「てえええぇぇぇぇぇぇいっ!!!!」
気合の掛け声と共にフレアドラゴンの鞭をある方向へ弾く。自身の作り出した魔力球へと向かって。
弾いたフレアドラゴンの鞭が魔力球へと接触した。すると──
「なっ!!」
サリサが驚愕の声を上げる。
フレアドラゴンの鞭が何か物凄い強い力に引っ張られるような感覚があった。
あまりに強い力で引っ張られたために、サリサは握っていた手を離してしまった。手から離れたフレアドラゴンの鞭は遥か彼方まで吹き飛ばされていってしまった。
「圧縮魔力球ですって!!?」
極限まで完成させられた魔力球。それはベアルが一度ラグナブルグ城下町で発生させた練りに練られた魔力球の応用版。
圧縮された魔力球に外部からの刺激によって、その力が一瞬にして解き放たれた。だが話はそう簡単には終わらない。それをリーリアはコントロールし、鞭をはじくだけという小規模な爆発に収めたのである。
これは幼いころからベアルに教え込まれているリーリアにしかできない究極の魔力操作なのであった。
この瞬間を見過ごすリーリアではない。
少なからず動揺しているサリサとの距離を一気に詰める。
「たああぁぁぁぁぁ!!」
「まっ! まだよ!!!」
サリサは空いた手にもう一本の神の鞭を作り出した。
近距離用に鞭を短くすると、先ほどと同様に豪雨のような乱打を繰り出した。
「これならばさっきみたいな小細工は効かないわよ!」
神の鞭に魔力球は効かない。無効化されてしまう。
だからこそリーリアはフレアドラゴンの鞭を狙った。
ならばサリサも最初から神の鞭で戦えばいいと思うかもしれないが、そうはいかない理由があった。
「──はぁはぁはぁっ! くぅぅ!!」
サリサの神力も無限ではないのだ。
できれば決勝戦まで神力は残していたかったのだがそんなことは言ってられない。サリサも必死だった。
リーリアも負けるわけにはいかないので必死になって立ち向かっていた。
神の鞭をはじくだけでも魔力がごっそりと持っていかれているのだ。
あらゆる強化を施し、鞭の攻撃に合わせて九星剣に魔力を通わせる。セレアソードの維持にも魔力が大量に必要だし、リーリアも満身創痍だった。
しかし、そんな中でもリーリアの頭は冷静だった。
攻撃を弾いていく中でじっとこらえながら隙を待っていた。
サリサもそんなリーリアの考えを見抜いていた。
ここで一か八かといって大技を繰り出せばカウンターを受けてしまうのは分かっていた。なので隙を与えない攻撃を繰り出していくしかなかった。
硬直した時間が続く。二人にとってはかなり長く感じたのだが、実際の時間はそれほど経っていない。わずか数秒の攻防だ。
そんな中、先に動いたのはリーリアだった。
「やああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
攻撃を受け続けるのは不利と感じたのか、鞭を大きく弾いた。
チャンス。サリサはこの一瞬の時を待っていた。
鞭は弾かれたとしても操っている本人の体制は変わらない。むしろ隙を見せているのは大きく弾いたリーリアのほうだ。
サリサはありったけの神力を流し、鞭を強制的に軌道修正させると、リーリアに向かってそのしなった一撃を叩き落とした。
「えっ!?」
強烈な一撃が地面を叩きつけた。爆発のような轟音と共に土が空高く舞い上がる。そこにリーリアの姿はなかった。
頭が付いていかずサリサの思考が停止した。
確実に捉えたと思ったのに。さっきまでそこにいたのに何でいないのか。頭がその疑問で埋め尽くされる。
「私の勝ちだねサリサ」
「──!」
サリサの喉元に九星剣が突き付けられる。
「……はぁ、参ったわ……私の負けよ」
サリサは降参とばかりに両手を上げた。
「でも最後どうやったの? 完全に捉えたと思ったのに」
「ああ、あれはね」
リーリアは得意げに、ふふふとドヤ顔をした。
「サリサの攻撃パターンを読んだんだ」
「わ、私のパターンですって……」
「うん、お父さんが言ってたよ。サリサは余裕がなくなってくると鞭の動きが単調になるって。だからそれを見極めれば反撃できるって」
「……ガーン」
少なくともサリサはランダムで攻撃の軌道を決めているつもりだった。
だが実際はリーリアの戦略にまんまとはまっていた。フレアドラゴンの鞭を弾かれた時点でこの結果に誘導させられていたのだった。
これは今後の課題だとサリサは肩を落としながら猛省した。
「でも分かっててもギリギリだった。あんなのもう一度やれって言われても成功するかどうか分からないよ」
「気を使わなくてもいいわよ」
「ううん本当だよ? 一か八かの捨て身の特攻だったんだから。ほんの少しずれただけで体弾け飛んだかも」
リーリアは攻撃を大きく弾いたと共に目的の場所まで一気に走ったのだ。それは防御もなにもかも捨て、ある意味サリサを信じた突貫だった。
肝が冷える思いだったからもう二度としたくないというのは本音だ。
「どちらにせよ私の負けよ……さすがねリーリア」
「うん! ありがとう!」
こうして一回戦はリーリアの勝利に終わったのだった。




