214、殺す理由
今なんて言った?
俺はサリサの言葉が理解できなかった。
「……なんだって?」
俺が動揺を隠せずにそう言うと、サリサは続けてこういった。
「私を殺してほしいって言ったの。これは比喩とかじゃなくて本当に殺してほしいのよ」
「理由がわからん。ちゃんと説明してくれるか?」
「……ええ、順を追って説明するわ」
「ああ」
息と息が触れ合いそうな距離で深刻な話をしている。
はたから見ればとてもいいムードなのだが、俺の心は違う意味でバクバクと脈打っていた。
「ベアルに秘密にしていたことがあるの……それは私の種族に関する事よ」
「サリサの種族だと……? 魔族ではないということか?」
「一応魔族というくくりにはなると思うわ……ただ世間には知られてない種族なのよ」
一般的に竜族、人間族、魔族の3つのくくりしかない。例えるなら魔族の中の獣人族に当たるのがジェラである。サリサの言ってるのはこの獣人族に当たる部分が世間一般では知られてないやつなのだろう。
「それは興味があるな。教えてくれるんだろ?」
「ええ……でも、今から言うことは誰にも言ってはダメよ? もちろんリーリアにも」
「…………」
リーリアにも言ってはダメとなると話は変わってしまう。
他の妻たちだったらなんとか頷けるが、リーリアにだけは絶対に秘密を持ちたくないのだ。
「すまん……それだけは約束できない」
俺は正直に言った。
「そう、そうよね……ごめんなさい……ちょっと意地悪をしてしまったわね。あなたがリーリアに秘密を持つことなんてできるわけがないわよね。昔の貴方だったらちょっと信用できなかったけど、今のあなたならむやみやたらと言ったりはしないわよね」
「ぐ……昔はそんなに信用なかったんだな」
「それはそうよ! すぐ浮気するような奴だし」
「…………今は大人になったから大丈夫だ」
「ふふっそうね」
サリサは軽く笑うと、俺の手にサリサの手が重なった。
「覚悟を決めて話すことにするわ。これから殺してもらおうとしてるのだもの……すべてをさらけ出さないとね」
「殺すかどうかはわからないけどな」
「あらそう? でも既に私の心はあなたに殺されてるわよ」
「そっちは得意だからな」
「本当にね」
サリサと肩と肩が触れ合う。
俺はそのままサリサの顔を引き寄せ──叩かれた。
「まだダメよ。これから真面目な話をするんだからね」
「大人しく聞くのは得意じゃないんだ」
「ふふ、知ってるわ。でもそれは後でね?」
相変わらずサリサは俺の扱いが上手い。
殺してほしいというものだからどんな物騒な事かと思ったが、サリサのトーク運びによって多少空気が和らいできた。
さらには話の後もお楽しみがあるよと示唆してくれているから俺は大人しく話を聞くことができる。
……いや、俺ってお預けをくらってる犬みたいじゃないか?
「そうだわ。今から話すことだけど……アナスタシアには言わないでくれるかしら」
「何故アナスタシアなんだ?」
「それは聞けばわかるわ」
ゆっくりと深呼吸したあと語りだした。
サリサの祖先はもともとこの世界の住人じゃなかった。
元の世界が闇の王と呼ばれる存在によって支配され、人々は次々と不死者となっていった。
サリサの祖先は最後の生き残りのだった。もはやなすすべなく、仲間だった不死者から逃れるためダンジョンへと入ると、いつの間にかこっちの世界に来ていたとか。
目の前に広がるこっちの世界はこの世のものとは思えないほど美しく、自分たちの世界とは何もかもが違ったが、とても良い環境で簡単に順応できたらしい。
まずは魔獣がとても弱かったこと。元の世界では怖ろしく強い不死者に世界が汚染されて絶滅するのは時間の問題だった。それに比べればこの世界は平和なんだそうだ。
さらにはこの世界の大半を占める人という存在に近い姿だったこと。違和感なく世界に溶け込めて、さらには子孫も残すことができたとか。
「こうして私の祖先はこの世界に溶け込んでいったの」
「なるほどな……やはりダンジョンで世界の行き来ができるということか。これは面白い。しかし、どこかで聞いたことがある話のような」
闇の王……不死者……どこかで?
──あっ!
「フェニックスか!!!」
アナスタシアが融合したフェニックス。
その世界が確か闇の王に支配されたと言っていた。
「そう、私は不死鳥族のサリサ。フェニックスを崇拝する一族の末裔よ。そして元の世界の最後の生き残りなのよ」
「なるほどな……そういうことか」
フェニックスの願いは闇の王を倒して平和な世界を取り戻すこと。
しかしたとえ闇の王を倒したとしても誰もいない世界ができるだけだ。そんな辛い現実をフェニックスに突きつけるのは酷というもの。
わざわざそれを伝えるのは……確かにキツイな。
だから不死鳥族というのは内緒にしてほしいのか。
「それで本題なのだけど……不死鳥族には代々受け継がれてきた能力と特性があるの。それが今回殺してほしいと願った理由なのよ」
「能力と特性だと……!?」
「ええ、不死鳥族は3回死んでも蘇ることができる……そしてここが重要なのだけど、死んだ原因となった能力を会得できるのよ」
「なんだと!?」
そんな強力な種族聞いたことがない。
いや……だからこそ代々秘密にしてきたのか。
もしバレたら何をされるか分かったものではない。研究されるか戦争に利用されるか……どちらにしろ良いことはないだろう。
「だから秘密にしてほしいのか」
「ええ……もちろんアナスタシアに伝えるのは酷というのもあるのだけど、不死鳥族の存在を世間に広めたくないの」
「わかった。秘密は守るし、リーリアにも守らせる」
「ありがとう。助かるわ」
秘密にすることは当然だとしても、死んだ原因となった能力も会得できるか……。
「だから俺に神力で殺してほしいということか……」
「ええ……私が強くなるためには神力がどうしても必要なのよ!」
他にも神力を使えるやつはいっぱいいる。だが俺に頼んできた。
もちろん分かっている。俺も他のやつにやらせたいとは思わない。もしやるなら俺の手でだ。
しかし……分かってはいる。分かってはいるのだが……心がそれを拒否する。
愛している女を殺すなんてことが出来るはずがないのだ。
「本当にやらないとダメなのか?」
「このままじゃ私だけ神力を使えない……足手まといになるのは嫌なの」
「それはそうだが……」
「私にはこの方法しか残ってないの! お願い……無茶なお願いだとは重々承知よ。だからこそあなたにお願いしたいのよ」
追いすがるように俺の肩に掴まり懇願するサリサ。
生き返るとは分かっていても好きな奴を殺すことなんて……。
俺の心がこれ以上にないほど揺れ動かされる。
「とりあえず気になることを質問をしていいか?」
「ええ、いくらでも聞いて頂戴」
先延ばしにするわけではないが、決定するにしてもまだ早い。
疑問はすべて取っ払うべきだろう。
「何故、不死鳥族の能力と特性が本物だと確信できる? サリサは親から聞かされただけなんだろ?」
「そうね……これは話しても分かってもらえないだろうけど、私には潜在的にあることが分かるの。こればかりは説明しようもないわね」
サリサは目をそらしながら、なんてことない感じでそう言った。
「……嘘だな」
「えっ! きゃっ!」
俺は無理やりサリサをベッドに押し倒した。
腕を押さえつけるようにして馬乗りになる。
「今、腕をかいただろ。お前は嘘をつくとき必ずそうするからな」
「…………」
サリサは俺と目を合わせない。この行動によってさらに確信へと変わった。
「ちゃんと話さないとこの話はなかったことにするぞ」
「……はぁ……ベアルにはかなわないわね」
観念したようなので俺は押さえつけていた腕を離そうとした。
「──待って! ……そのまま私を抱いてくれないかしら」
「いいのか?」
「ええ……話をする前に愛されたいの」
「わかった」
拒めるほど俺は聖人ではない。
結局、俺とサリサは数時間の間愛し合っていた。
─
「それじゃあ話してくれるか?」
「はぁ、ここまで長くなるとは思わなかったけど……でも嬉しかったわ」
サリサは俺にくっつきながら、ぽつりぽつりと語りだした。
──それは、俺の知らない壮絶なサリサの過去だった。
サリサは魔族大陸の南東部にある山脈を超えた先にある小さな村で生まれた。
そこはとても貧しい村で、日々の食事にも困るような有様だったらしい。ただ、その村は人々が互いに助け合いながらなんとか生活をしていたようだ。
ただ小さい頃のサリサはそれが当たり前だったので特に気にもしていなかった。子供の自分が働くのも当たり前だし、近所のおばあさんの手伝いに行ったりするのも当然のことだと思っていた。
村には同じような子供たちがいっぱいいたし、同じような生活をしていたので何も疑問に思うことなく暮らしていたのだ。
そんな生活をしていた5歳の頃、村に行商人がやってきたとか。
行商人は見たこともないようなものを一杯積んだ馬車で村にきて宣伝をしてまわった。さらには他の村の情報、服や食べ物などいろいろことを話した。
その話によるとこの村はとても酷いありさまだとか。まるで奴隷のようだと酷評した。
行商人はそれはそれはとてもいい人で馬車にある物を村の皆に配給していったのだ。それはそれは村人から感謝され、行商人は村人の信頼を勝ち取っていった。
そして、「こんなひどい生活をしているのなら子供を奴隷として売ればいい」と言ったのだ。
もちろん奴隷とは言っても裕福な商人などに売られるのでここよりは良い生活ができる。毎日贅沢三昧だと言った。この行商人はとても口がうまかった。
そしてさらには、「この子を売れば、今配給した物を今後50年間は毎年届けさせよう」とサリサを指差して言ったのだ。
サリサはその時の村人の視線を一生忘れないと震えながら語っていた。
だがサリサの両親は反対した。娘をそんな訳の分からないやつに渡してなるものかと反論を続けたのだ。
しかし……村人は、「皆の為だ」「お前たちだけ幸せを独り占めする気だな」「裏切者」など、今までの優しい村人とは違う、とても怖ろしく醜い表情をしていたという。
人は甘い蜜を一度啜ってしまえば、それを忘れることができない。
自分たちが幸福を得られるのなら、誰かを蹴落とすことなんて躊躇なくしてしまう生き物なのだ。さらには行商人の言葉があるからなおさらだ。自分たちの行いはサリサを幸せにするものだという詭弁が立つ。
サリサの定められた運命は一つしかなくなってしまったのだ。
次の日、サリサは行商人と一緒に馬車で村を立つことになった。
サリサはこの時のことをよく覚えてないという。記憶は曖昧となっており気付いたら馬車に乗っていたとか。ただ、両親の姿はそれ以降見ることはなかった。
馬車の旅は長かった。
それは数か月にも及んだ旅路だった。
行商人は一人ではなくごろつきのような用心棒が二人いた。
常にジロジロと見られ気持ち悪い笑みをずっと浮かべていたとか。
その笑いは本当に精神的に無理で馬車の端っこで丸まって過ごすことが多かった。
時折聞こえてくる不快な話も耳を塞いで何とか乗り切った。
それ以外はいたって普通の旅路だった。
一日二食、むしろ食事は村にいたときより豪勢だった。パンとスープが食べられたのだから。
4か月ほど馬車で移動するとオストという町についた。
この街は南デルパシロ王国とも近く、南魔族大陸では第二の都市とも呼ばれるほどかなり大きい街だ。
住宅街というよりかは露店や店舗が多く、南魔族大陸中の全ての商品はここにいけば揃うと言われているほど商売が盛んである。
そんな商売の街には闇の部分も深く根付いており、地下では奴隷市場も開催されていた。
当然の如くサリサもそこに売りに出された。
サリサは可愛かったし頭も良かったため、かなりの高額で取引された。当時は金銭感覚など分からなかったのだが、数百万ゴールドで売れたという。
サリサを買ったのはデルパシロでは名の知れた商人だった。気立てがよく、誠実で真っすぐ。さらには困った人を見過ごせないといった人格者だった。
……表ではだが。
裏の顔はとてつもなく酷い奴だった。
ムカついたことがあれば奴隷に当たり散らし、殴る蹴るの暴力は当たり前。酷い時には奴隷を殺す時もあったそうだ。
当然の如くサリサもその被害にあってしまった。
その商人は戦闘にも秀でており、戦闘には鞭を愛用していた。その鞭でサリサは暴力を受けていたという。
他の奴隷は心が折られてしまっている中、サリサだけはずっと抵抗し続けた。
商人はそれが気に入らなかったのかサリサを徹底的にいたぶり始めた。
ついには力尽きて倒れたサリサに何度も何度も何度も──
……俺はここまで聞いてサリサをギュッと抱きしめた。
「分かったからもう思い出さなくていい……サリサは既に一回死んでしまったんだな」
「……ええ、そうよ」
俺の殺意がふつふつと湧いてくる。
今すぐにでもその商人を殺してやりたい。
サリサを抱きしめる腕に自然と力が入った。
「ふふ、私のために怒ってくれてありがとうベアル。でも大丈夫よ。その商人は私が殺したもの」
「それじゃあお前を村から連れ出した商人と用心棒も──」
「そいつらも殺したわ」
「……そうか」
既に復讐は終わっていた。
……いや、そんなこと、今は望んではいまい。
サリサが今望んでいることは──
「サリサ」
「うん」
「俺がお前を殺そう」
「うん」
「ただ……俺はそいつらとは違う」
「うん」
「お前を愛して愛して……愛しながら殺そう」
「……うん、ありがとうベアル……大好きよ」
「俺も大好きだ」
再び、愛し合う。
せめて、幸せなときに──
痛みを感じぬように──
俺の眼から涙があふれ出す。
サリサも同じように涙を流していた。
同じ気持ちだった。
「サリサ……愛してる」
次の瞬間、ベッドが真っ赤に染まった。
─
「ありがとうベアル」
「ああ……もうダメだ」
あれから数時間が経過している。
俺は血まみれのベッドで力尽きていた。
一体何があったのかというと、あの後、傷は一瞬で塞がりすぐにサリサは蘇った。
蘇ったかと思うと、サリサは物凄く元気になり俺を執拗に求めだしたのだ。
さすがに激しいので理由を聞くと、復活した直後は力が溢れすぎて自分でも制御できなくなるとか。
対象が俺しかいない為、とても頑張るしかなかった。
結果、俺が疲れ果ててダウンするという今までとは真逆の事が起こってしまったのだ。
「ふふふ、あなたが先にへばるなんて初めてよね」
「……屈辱だ」
「でもこれで私にも子供ができるかもしれないわ」
「ああ、そうか」
「そうよ。神力を手に入れればあなたとの子供もできるのよ。ふふ、楽しみね?」
サリサはそう言うと幸せそうに笑った。
その笑顔を見ていたら、俺の心のわだかまりが少しだけ解けたのを感じた。
過程はどうにせよ、結果は良かったのかもしれないな。
そう思って少しだけ気が抜けた時だった。
ドアがノックされた。
「お父さん帰ってきてるの? 開けるよ?」




