210、戦いの後、酒場にて
その後は祭りのような騒ぎだった。
町を上げてのどんちゃん騒ぎが続く中、俺と仲間たちは酒場にきていた。
この酒場にはギルドが貸し切っており、外壁にいた殆どの人が騒ぎながら飲み語り明かしている。
その中でもひときわ大きな8人用のテーブルを囲んでいるのが俺達だ。
左から順にナルリース、俺、リーリア、アナスタシア。対面には左から順にプリマ、ケルヴィ、ランド、ミュルミアの順で座っていた。
同席しているケルヴィは若干ふてくされていた。どうやら俺が届かぬ存在になったのが悔しいらしい。
プリマが、「まあまあ先生、町が無事でよかったじゃないですか」とお酌をしてあげていたら若干機嫌が直ってきた。
「でもよぉ~……この300年間さぼってたわけじゃねーけど、ここまで実力の差が出ちまったのは悔しすぎるだろぉ」
話が振り出しに戻ってしまった。
ケルヴィがこんなに酔ってしまうのは珍しいことだ。それだけ俺の力が衝撃的だったのだろう。
「で、でもこれで町は魔獣の脅威から解放されることになったのですよね?」
リンゴ酒を飲んでいたナルリースが空気を察して話題を変えようとしてくれている。
「まあ、そうだな」
「?」
歯切れの悪い俺の返事に皆の視線が集まった。
「どういうことだベアル。なにか問題でもあるのか?」
リンゴジュースを飲んでいたアナスタシアはグラスを置いてそう聞いてきた。ちなみにリーリアも同じくリンゴジュースである。
「ああ、今回の事で冒険者としての仕事は確実に減るだろうな。そもそもここはエルフ領土の国境であり最北端の防衛ラインでもある。北の魔獣区域から強力な魔獣が南下してこないように冒険者が守っていた。その心配が必要なくなった今、多くの冒険者は仕事がなくなってしまったんだ」
そもそもパイロの町に冒険者が集まり過ぎていた。世界各地から応援を頼んだことで集中していたものがまた元に戻るだけである。
周りの者たちの話にもそう言った話題は出ていた。
明日にはフォレストエッジに向かう冒険者も多そうだ。
俺の発言にランドはホッとしたような表情をした。
「正直今回のことは本当に助かった。Sランク魔獣なんざ殆どの冒険者じゃ太刀打ちできないからな。少なくなったとはいえ仕事はまだあるし、今後は海に活動の幅を伸ばすのもいいかもしれないな」
ランドはそう言いながら笑うとエールを豪快に飲んだ。本当に楽しそうである。重責から解放されてほっとしてるのかもしれない。
……この男は苦労人だからなあ。少しくらい手助けしてやってもいいかもな。
「原因は俺にあるわけだし、微力ではあるが何個か海の依頼について良いプランを提供しよう」
「おっ本当か!? それは非常に助かる。ベアルの案となれば乗っかる奴も多いだろう」
「ああ、ちょっと長くなるから明日また話そう」
「楽しみにしてるぜ」
互いにエールを持つと改めてグラスをかかげる。
うむ、やはりキンキンに冷やしたエールは美味い。
「──決めたッ! 俺はまた修行の旅にでるぞ」
突然そう言って拳を握りながら立ち上がるケルヴィ。
「えぇ先生!? 突然何を言ってるんですか!」
「プリマ……今の話を聞いてただろ? ベアルの言う通りもうここは俺がいなくても大丈夫だ。ならばさらに強くなるために俺は修行しなくちゃならねえ」
「そんな! あたしはどうなるんですか? まだまだ教わりたいこともいっぱいあるのに!」
「男にはやらなきゃいけねえ時もあるんだ。すまないが俺は魔族大陸にいってダンジョンに潜ろうと思う」
「それならあたしも連れて行ってくださいよ!」
「ああん……だってお前は……」
ケルヴィがちらりと俺を見る。
「なんだ? 俺がどうかしたのか?」
「いや、お前も今ダンジョンを攻略してるんだろ? プリマを連れて行ってくれないか?」
はっきり言ってしまえばプリマでは10階層には行けない。実力もそうだが、魔法が使えないと生き残れない階層だからだ。同じ理由でケルヴィもダメだ。
「俺たちはしばらく修行したのち最下層に挑む予定だ。すまないがお前たちでは足手まといになる」
俺の言葉にプリマだけでなくケルヴィも驚いた。
「なっ……俺もかよ!? そんなにやべえ場所なのか?」
「最低でも風魔法と火魔法も使えないと人には攻略できん」
「そうか…………そいつぁ悔しいな」
本当に悔しそうに眉間に皺をよせながら歯を食いしばっている。
ケルヴィは表情が素直である。そんなバカ正直でまっすぐなところがとても好感が持てるし、決して裏切らない性格をしているので信頼もできるのだ。
「……なあ、ダンジョンの詳しい話を聞きたいんだがいいか?」
「ああ、いいぞ。無理して死んでもらっても困るしな」
「おお! サンキュー!」
俺はSSS級ダンジョンの詳しい内容を話した。足りない部分は仲間たちが補足してくれた。
ランドとミュルミアも興味があるようで時折相槌を打ちながら真剣に聞いていた。
「ああぁ! あの時ベアル様が使っていたのが神力というやつだったのですね! ということは神ということなのでしょうか? ああぁぁ、素敵です」
神力の話をしたときにミュルミアが突然席を立ち、恍惚な表情をしてそう言った。瞳がキラキラと輝いており、両手を合わせて祈るような仕草をしている。
あまりに異常なほどの執心っぷりに若干引いている俺がいた。
「おい……その様っていうのはやめろ。あと何がお前をそこまでさせているんだ?」
鋭い視線でミュルミアを射貫く。ちょっとした威圧も込めているので普通の人なら怯えてしまうだろう……だが、ミュルミアは違った。
「はあぁぁぁん! そんな目で見られたら私は……ああ……ベアル様……好きです」
「いや……なぜそうなる……ていうか様はやめろっていっただろ? あと質問に答えろ」
「はい……ベアルさん。私は以前あなた様に助けられているのです。その時は子供がいるからって自分を言い聞かせて諦めましたけど……お嫁さんがたくさんいるって話を今聞いたので諦めなくてもいいんだと思いまして……」
正直おぼえてない。
そんなことがあったかと記憶を呼び起こしてみるが大して重要でないことは覚えないことにしてるのだ。
「うおっ!?」
突然脇腹を突かれた。リーリアだ。
ジト目になりながら、「おっぱいなの?」と呟いた。
……確かにミュルミアは胸が小さい……いや、小さいから覚えてない訳ではないぞ!!?
俺は違うと速攻で否定した。
するとさらに反対側から脇腹を突かれた。ナルリースだ。
こちらもジト目になりながら、「私のことは忘れませんよね?」と呟いた。
……確かにナルリースは無いと言っても過言ではない……ていうか忘れるわけないから!!
俺はナルリースの頭を撫でながら、「愛してるぞ」と囁いた。
ナルリースは予想外だったのか、顔を真っ赤にして下を向いてしまった。
ふははは! 俺にちょっかいを出すのは100年早いのだ!
「楽しそうだなお前たちは! ということだから副マスターは諦めた方がいいぜ。ベアルは興味のない人は覚えが悪いんだよ」
ケルヴィはそうフォローともいえないフォローをした。
だけど当の本人は、「では興味を持ってもらえるように頑張ります!」と張り切っている。 ……まあ、努力をする奴は嫌いではない。名前くらいは憶えといてやるか。
それからダンジョンの続きの話とここにきた経緯を話す。
「なるほど……そのカオスっていうのの封印が解けそうなのと魔獣の活発化が関係してるかもしれないのか……だとすると今回のようなことが頻繁に起きていた可能性があったのか!」
ランドの表情が青ざめる。それと同時に俺のやったことの意味を完全に理解したようだ。
「だとしたら本当に助かった。最初はやり過ぎなんじゃないかと思っていたが、海にしてくれなかったらフォレストエッジも滅んでしまっただろう。ベアルは英雄だよ」
「英雄は言いすぎだ。実際にやり過ぎた感は否めない」
「いやいや、それでもパイロの町を……いや、エルフ領を救ったのはベアルだよ。本当にありがとう」
ランドは立ち上がり綺麗なお辞儀をした。
その姿は酒場ではとても目立ったので注目の的となる。
しばらくの沈黙の後、湧き上がるような拍手がなった。
「ありがとうベアルさん!」
「ベアル様! 本当に素敵でした!」
「俺達の英雄だぜ!」
……俺は珍しく恥ずかしくなった。
顔が赤いのはきっと酒のせいだろう……うん。
「あははは、顔が赤いぞベアル! 珍しく照れているのか? お前も可愛い所があるのだな!」
空気を読まずにアナスタシアがそういった。
それに便乗するように酒場に笑いが沸き起こる。
うるさい、褒められることには慣れてないんだよ!!
よし、アナスタシアにはあとでお仕置きをしよう。これは決定事項だ。




