206、アイナノアのイメージ
フォレストエッジへの飛行中、ナルリースが俺の服に顔を埋めてきた。
かすかに肩を震わせていてすすり泣く声が聞こえた。
「……母を思い出したか?」
「…………はい」
エルサリオスに会うのは辛かったよな。
それに本当は殺したかったはずだ。
……でもナルリースは我慢した。
俺もその判断は正しいと思った。
実際、エルサリオスが嘘をついているのかもしれない。
本当だったとしても、俺達が持ってる魔石は欠けているため発動しないかもしれない。
もしそうなったとき、修理できるのか、それとも何か条件があれば魔石を使えるのか。細かいことを聞くことがあるかもしれないのだ。
殺すのはいつでもできる。それは今じゃなくてもいい。
──だが。
「すまない……お前を連れてくるべきではなかったな」
ナルリースを傷つけてしまった。過去の記憶も掘り起こされ、エルサリオスに罵倒され、さらには泣かせてしまった。
もしかしたらエルフの神力は直接受け渡すような能力なのではないかと思ったのだ。だからナルリースを連れてきた。結果は魔石からだったのだが。
……いや、俺が最初にエルサリオスの元にいき事情を聞いてから戻ってナルリースを連れてくれば良かったのだ。その手間を惜しんだために傷付けてしまった。
今日の出来事も最悪な記憶として残ってしまうだろう。
相変わらず俺はどうしようもないやつだ。
だが、ナルリースは額をこするようにして首を振った。
「そんなことないです! 今だってこんなに優しくしてくれて……エルサリオスのことは思い出したくもないですけど……私、ベアルさんに愛されてるって分かったから嬉しいんです」
「当たり前だろ」
俺はナルリースを細い体をギュッと抱きしめた。
金髪で美しい髪を包むように触れるとそのつややかな髪を優しく触れる。
とても綺麗な髪だ。ダンジョンに通ってるとは思えないほど手入れがされている。
鼻腔をくすぐるこの香りはリーリアのものと同じだ。もとはナルリースがリーリアに渡したものなのだが俺はこの香りが好きだった。
以前、この香りを褒めたことからずっと愛用してくれているのだ。
「べ、ベアルさん……少し苦しいです」
「ああ……すまない。お前の香りを嗅いでいたんだ」
「えっ!? あ、あの……臭くないですか?」
「いや、いい香りだ……もっと嗅いでいていいか?」
「……その台詞だけだと変態みたいです……」
「ふっ……そんなの今更だろ?」
「ふふっ……そうかもしれません」
そうしてしばらく、俺たちはその場で抱き合っていたのだった
─
フォレストエッジに着いた俺たちは早速借家へと向かった。
「ありました! これですね!」
「ああ、早速やってみよう」
ナルリースは魔石に触れる。目を閉じて力が欲しいと願った。
すると──
「魔石が──」
「──光りました!!」
内側から光るように発行し、表面に何やら文字が浮かび出してきた。
──認証確認……クリア
──前提条件……クリア
──データ読み込み……エラー
────管理者モード移行
次々と文字が流れ、最後の文字が消えると魔石の光が弱まっていき、パッと一瞬画面が消えたあとに、女のエルフのバストアップ姿が映し出された。
そして驚いたことに、そのエルフの女は魔石の中から語りだしたのだ。
『初めまして子孫ちゃん! あたしはアイナノアって言うのよろしくね!』
なんだか妙に軽い女だった。
っていうかアイナノアってまさか……。
「カオスを封印したっていうあの妖精女王アイナノア様ですか!!」
ナルリースが噛り付くくらい近くで興奮していた。
『あ、今驚いてたでしょ~? いえーい! 大成功ピースピース!」
魔石の中のアイナノアは嬉しそうにダブルピースしている。
……うん、この女……かなりやばい。
「え、なんでわかったんですか? ベアルさんすごいです! 私、伝説の人と会話しています」
「いや……多分それは……」
俺が否定する前にアイナノアが割り込んできた。
『そうそう、これは記録映像だからね~! あたしと会話はできないよ~ん! きゃははは、残念でした~!!』
「………………」
ナルリースの表情が無機質なものとなり眼から光を失ってしまっている。
失望に変わるのは一瞬だった。
『あはは! そんなツッコミしないでよ! ……え? お茶目で可愛くて、そんなところも尊敬してるって? いや~照れちゃうなぁ』
もう完全にピエロである。
一人で勝手にノリツッコミをしてはしゃいでいるのだ。
しばらくこんな映像が無言の空間に流され続けた。
『──アイナノアの愛なのあ~ってことでお後がよろしいようで……あ、やばいもう10秒しかない! ってことで力をさずけまーす! あたしの手に重なるように手を合わせてね……カウントダウン! 5・4・3……』
「あっはい!!!」
『1・ゼロウゥゥゥ! てやあああ!!!』
慌てて手を添えるナルリースと魔石の中から発光しているアイナノア。
二人の手が重なるようにして合わさると、突然ナルリースが光を放った。
「ああぁぁ!! す、すごい! なにか力が溢れてきます!!」
『はぁはぁはぁ……あれ? あと85秒あるじゃん! 10秒と100秒見間違えてたぁぁぁ!!!』
そう言って魔石は音もなく粉々に砕け散った。
「「………………」」
なんともしまらないオチであった。
だがナルリースの様子が明らかに変わった。
何が変わったかと言われれば姿形はそのままだ。しかし内から溢れるようにでている神力は隠し切れないほどだ。
「す、すごいですベアルさん……こんな力が……世界があったのですね」
「ああ、とんでもない力を手にしたな」
「今なら私も10階層に……」
足手まといにならないのがよほど嬉しいのだろう。
今にでもダンジョンに行きたいという感じでうずうずとしている。
「まあまて、何をするにもまずは練習が必要だ。今日はもう遅いし久しぶりにフォレストエッジまできたんだ。夜のデートでもしようじゃないか」
「っ! い、いいんですか!」
「当たり前だ。お前は俺の妻だぞ?」
「はいっ!」
借家にしまってあった普段着を取り出して町へと繰り出す。
本来ならディランや知り合いに近況や報告などをするべきだろうが……まあたまにはいいだろう。それは明日の自分に任せるということで目一杯デートを楽しんだ。
借家に戻り、就寝する前に“髪の束”を掴みリーリアと連絡を取る。
本来ならセレアに触れてないとビジョンが使えないのだが、この旅に出る前にセレアにそのことを説明するとこのアイテムを渡してくれた。
それが“セレアの髪の毛”であった。
セレアが言うには、体の一部であればセレアと同じ扱いになるため魔法が使えるとのこと。
これは便利ということで常にリーリアと会話をしようと思ったがそれは無理だと言われてしまった。髪に込められている魔力分しかビジョンを使えないので数時間が限界ということだ。
俺はその数時間のうち一時間を使ってリーリアと会話を楽しんだ。
ダンジョンで何を倒したとか、ジェラとレヴィアが試合してすごい戦いをしたとかそういう内容だ。
その間ナルリースはベッドの上で遠巻きにじっと見つめてくるだけだった。
リーリアとの通話が終わり、ベッドに近づくと急にナルリースが抱きついてきた。
どうやらデートの途中なのにリーリアに会話したのが不服だったようで、ジェラシーを感じてしまったようだ。
大丈夫、ここからはお前の時間だと言うとナルリースは激しく求めてきた。
──そして眠れぬ夜が明けた。
朝から先延ばしにしていた近況報告とフォレストエッジの現状をディランに聞きに行った。魔獣が活発化進んでいるらしく、冒険者の手が足りなくなってきているらしい。
北のパイロは特に顕著で、毎日のようにAランク魔獣が出没しているとか。
大丈夫なのかと聞いたら、なんとか大丈夫だと答えた。
「今はケルヴィとプリマが頑張ってくれてのう……あの二人には頭が上がらんぞ」
なんと300年前にパーティーを組んでいた破壊のケルヴィがドラゴン領で出会ったプリマとコンビを組んでいるということだった。
「今やあの二人は先生と教え子コンビとしてこの辺りでは有名じゃぞ?」
なんで先生と教え子なんだと聞いたら、「リーリアが師匠だから」と言っていたそうだ。なんと律儀でよい子なのだろう。
プリマは既にAランク冒険者となっているらしくかなり強いとのこと。まあ先生がケルヴィならば強くなるだろう。同じ拳で戦う戦法だし、性格も合いそうだしな。
「プリマさんって胸が大きいですよね……」
ナルリースが自身の胸を見ながらしょんぼりと呟いた。
「いきなりどうしたんだ?」
「……いえ別に」
ナルリースはそう言ったっきりプイと横を向いてしまった。
……いや、比較するのはよくないぞ?
小さいのは小さいなりに夢や希望が詰まってるんだからな!
「俺は胸なんて気にしない。ナルリース……お前という存在が一番大事なんだよ」
「ほ、本当ですか?」
「もちろんだ。昨夜もそう言っただろ?」
「何度でもその言葉をききたいんです」
「わかったよ……ナルリース、お前の事を愛してる」
「ああっベアルさん!」
俺とナルリースはその場でガシっと抱き合った。
「なんじゃこのバカ夫婦は……もう仕事の邪魔じゃからでていってくれ」
ディランにギルドから追い出された。
まあそれはそうだな。俺だって目の前で同じことをされたら追い出すわ。
……さて、本来の目的の場所に行くとするか。
俺がその意向をナルリースに伝えると、笑顔で了承してくれた。
「ところでどこにいくんですか?」
「それはもちろんカオスを見に行くんだ」
「えっ!?」




