21、露店
階段を下りたら受付嬢がこちらに気がつき手招きした。
「お買い物ですか?」
「うん」
「ならば中央広場から東の港方面にいくといいですよ! 露店がいっぱいならんでますから!」
「ろてん?」
「ええ! 中央大陸の物ももちろん、他の大陸の食べ物、武具、おみやげなどなど、たーくさんの店が並んでますから!」
「食べ物!!」
じゅるりとよだれを啜る音がした。
そうだな、食べ物も食べような! 今日は贅沢をしていいぞ!
「あはは! 楽しんでくださいね! あっ、あまりメイン通り以外はいかないでくださいね。治安が悪いところもあるので」
「うんわかった」
『リーリア、リヴァイアサンの鱗を売れる場所を聞いて見てくれないか?』
『そっか、本来の目的だったね!』
「ところで素材ってどこで売れる?」
「素材ですか?」
「うん。 ……海岸で拾った珍しい魔獣の鱗があるんだけどそれを売りたくて」
「なるほど。魔獣の素材でしたら冒険者ギルドで買い取ってますよ」
冒険者ギルドの受付があるところから横の廊下を行けば突き当たりに魔獣の素材の買取所があるとか。だが……
「う、わかった……明日もっていく……」
「? わかりました。待ってますね!」
受付嬢に別れを告げ宿を出る。
『お父さんごめん。明日って言っちゃった』
『いや、まあいいが。どうした?』
『うん……ナルリースと出会っちゃっても何て言えばいいのかわからないから……気まずい』
『そうか、気にする事はないと思うが……まあ報酬でもらった3万ゴールドがあるから今日は大丈夫だな』
『うん』
東の方に歩いていけば露店が並ぶ通りに出るだろう。
まずは腹ごしらえでもしよう。
今日は朝、海岸で朝食を取ってから何も食べていない。リーリアもお腹ぺこぺこのはずだ。
そのタイミングよく「ぐー」と可愛くお腹の虫がなった。
『お腹すいたー』
『ああ、贅沢していいからな』
『いいの!?』
『うむ、好きなものを買って食べるといい』
『やったー!!』
今日くらいは贅沢していいだろう。それにお金を稼いだのはリーリアだしな。
中央広場に近づくにつれ、リーリアはきょどきょどと落ち着かない様子になる。周りが気になって仕方がないようだ。
先ほどはギルドに向かった際は端っこを通過しただけだったから分からなかったが、中央に寄ると甘いにおいを漂わせ、なにやら焼いている菓子のような物を、男女のカップルが手にもち食べていた。
横を通過するその人々──正確には手に持っている焼き菓子に視線が釘付けだ。
『お父さん』
『分かっている。買ってみなさい』
『お父さん大好き!!!!』
疾風のような動きで焼き菓子の露店の前に移動した。
「お譲ちゃんいらっしゃい」
「一つください!!!」
「あいよ! 100ゴールドだよ」
「はいっ!」
一寸も無駄のない動きで銀貨を渡す。
「はいよ、熱いから気をつけてな」
「わあぁ!」
まだできたてのパンみたいな生地の焼き菓子は湯気がたっていた。
「いただきます!」
もう待ちきれないのかその場でかぶりつく。
「うまあぁぁぁぁあ!!! こんな食べ物はじめて! 甘くて美味しい!!!」
はふはふはふ! もぐもぐもぐ! はふはふはふ! もぐもぐもぐ!
一心不乱に食べ続けるリーリア。そしてあっという間に食べ終わってしまう。
そんなリーリアを見て露店のおっちゃんが、
「ははっ! そんなに美味そうに食べてもらえておっちゃんも嬉しいよ。どれこれもサービスしてあげよう」
「いいのっ!!?」
いいの? と聞きながら手を伸ばすと、返事が帰ってくる前にもう食べはじめた。
はふはふはふ! もぐもぐもぐ! はふはふはふ! もぐもぐもぐ!
「うまあぁぁぁ!!!! ふわふわカリカリですごいよぉ!!!」
その一つもあっという間に完食してしまった。
「おっちゃん美味しかった! ありがとう!」
「はは、いいってことよ。それにほら」
客がちらほらと露店へと向かってきてるのがわかる。
リーリアが本当に美味しそうに食べて、さらにリアクションが良かったのだろう。
こちらを見たおっちゃんがウインクをした。
うーん、商売上手だな。
『じゃあ行くか?』
『……もう一個食べたい』
『…………他のものが食べられなくなるぞ』
『! そうだった!』
はは、まったく食いしん坊さんめ。
美味しいものを食べれば自然と気分は上がる。スキップをしながら進んでいく。少し沈んでいた気持ちも晴れていき、広場を抜ける頃には素直に買い物を楽しもうという気分になっていた。
露店通りは本当にたくさんの露店が並んでいた。
身長が低い事もあり、大量の人によって先が見えない状態だ。
アクセサリー屋、小物屋、そして食べ物屋。
食べ物屋では絶対に立ち止まるリーリア。
じーっと眺めてはどれを食べようか厳選しているようだった。
『どうせなら食べながら歩けるようなものがいいな』
『うん、露店もみたいねぇ……あれ美味しそう!』
ダッ!
人を綺麗に避け露店の前へとたどり着く。そして見つめる。
うん、とりあえずお腹いっぱいにさせたほうがいいな。
満足いくまで食べさせる事にした。
さて、結局両手いっぱいに食べ物を抱えてしまったので広場に戻り食べる事になった。
『お父さんこれは?』
『これはオークの肉ひき肉にし、それを羊の腸に詰めたやつだな。油がのっててうまいぞ』
『もぐもぐ! うまああぁぁぁ!!! なにこれ! 魚と全然違うよ!』
『そっちのパンに野菜と肉が挟まってるのも美味いぞ』
『……あむ。もぐもぐ。う……野菜ってやつはあまり美味しくない?』
そう言って野菜をどけようとする。
『……リーリア。食べなさい』
『う……でもお父さん……』
『食べないのなら今後買い食いはなしだぞ』
『……はい』
うむむ、と唸りながらも一生懸命に完食した。
今まで野菜を取らない生活をしていたので拒絶反応がでてしまうのかもしれないが、これからは改善していきたいと思っている。
『お肉が美味しいから大丈夫だったかも』
『徐々になれていこうな』
『……ふぁい』
時間は掛かりそうだ。
でもまあ気長にな。
『満足したな? じゃあ改めて見に行くぞ』
『うん! お腹いっぱい!』
まずは調味料を見ることにした。
その露店はすぐに見つかったのだが、種類が多すぎる。
俺も詳しいわけじゃないから、とりあえず店主のお勧めを聞いてみた。
「魚料理にはこれとこれとこれよ! 入れ物はあるかい? 無ければ入れ物も一緒に購入してもらうけどいいよね! よしじゃあ3000ゴールドだよ!」
……めっちゃ強引だった。
何がなにやら分からぬまま購入する事になった。
まあこれは知識の無かった俺の落ち度だが、今回買った調味料が当たりかハズレか分からないが、あとは島に帰ってからのお楽しみである。
ちなみに黒い液体みたいなやつも購入した。あの味であればいいが……。
続いては服である。
服は素材によって値段が変わる。
麻だったり布だったり、魔獣の素材だったり。基本的に後者の方が高くなっているが、どの素材もピンからキリまである。俺が求めているのは普段着なので肌触りなどを考慮して布がいいかな。
なので布の一般的な服を購入してもらう事にした。値段はまあそこそこで、8000ゴールドした。多少割高な気もしたがデザインがかっこよく、深緑と黒の色のバランスがいい服で、リーリアも「カッコいいからこれにしよ!」と言ってくれたのでそれにした。
一方リーリアの服はというと、現状のローブが気に入ってるとはいえ、色落ちなどが目立つために、普通の服も一着買っておこうということになった。
ただ露店にはいいものが無かったのでこれは一旦保留にした。
次は武具だが、残念ながら値段が高かった。普通に数万するのが普通で現状のお金では足らなかった。
とりあえずよさそうなものを眺めるだけに留め明日に持ち越しすることになった。欲しいのはリーリアが精霊を見ることができる武器だ。
精霊が宿っていることがわかれば、その武器の技が使えるようになる。
魔法と原理は同じである。
そうして露店を眺めていたら、一振りの剣に目が留まった。
『これ、なんかすごいかも』
『なにか感じるか?』
『うん、かすかに精霊の力を感じる。それに剣自体もすごいし、私に吸い付くように剣が手になじむよ』
ほう、完全に剣に選ばれているのかもしれない。
精霊が宿る武器は使用者を選ぶといわれている。
この剣ももしかしたらリーリアを使用者として選んだのかもしれない。
「お譲ちゃん御目が高いねぇ」
じっくり見ていたからだろうか。声がかかった。
「これは?」
「ああ、それはバゼラードといってドワーフが鍛えた剣さ。その中でも業物の一振りだ」
「……すごい力を感じる」
「そうかい。でもそれは値が張るよ」
「いくら?」
「40万ゴールドってところかな」
「!?」
『ううむ、手が届かないな』
40万か……まあ業物というからにはそれくらいはするだろう。
しかしお金は足りない。
でもリーリアにはどうしても武器の技を使えるようになってほしいのだが……。
「高いから無理」
「キミみたいな子供が買える物ではないよ」
「…………」
完全に冷やかしだと思われているな。
悔しいがお金がないので仕方がない。
『ここは出直すか。リヴァイアサンの鱗がもしかしたら高く売れるかもしれない』
『……うん』
リーリアは名残惜しそうにその剣をあった場所に返した。
露店を一通り見ていたらあっという間に夕方となる。
今晩の夕飯はスープを買った。これには麺が入っていて、それを食べるとスープと良く絡み、その出汁と麺の甘みが極上のハーモニーとなってリーリアの舌を襲った。
夢中で胃袋へと納めると、露店へと引き替えし今度は違う味を試した。
そんなことを3回繰り返しようやく満足したのか宿へと帰るのだった。
その道中、リーリアがぽつりと呟いた。
『お父さん、私、ここに住みたい……』
がーん
なんとなくそういう雰囲気なのは感じたけど、実際に言われるとかなりショックだった。
俺がへこんでいると。
『だから絶対に封印を解いて、ここで一緒に暮らそう!』
ああ、やはり俺の天使だった。
『ああ、一緒に冒険者をやるのもいいかもな』
『うん!』
宿へと帰ると、そのままベッドに飛び込んだ。
リーリアが寝てビジョンが解けたあと、俺は島で壮大に腹の虫をならすのだった。
そういや俺は飯くってなかったわ。




