200、不完全燃焼
俺は再びゴッドインフェルノを体に纏い、フェニックスモードを発動させ空中に飛び出した。
少しでも離れなければ仲間たちを溶かしてしまうからだ。
迫ってくる俺に対して麒麟は真っ向勝負とばかりに突撃をしてきた。
顔から生えてる角を前面に押し出す。角には雷雲とは比べにならないほどの神力が込められた雷撃が宿っていた。
俺はそれを飛び越えるようにして躱すが、麒麟は空を優雅に飛ぶ鳥の如く旋回すると再び突進してきた。
それはまるで誘導されているかのように、当たるまで止まらない弓矢のようだ。
「ならばこれでどうだ──ゴッドストーンウォール!」
真っ黒な岩が麒麟の前に姿を現す。それはこの世ならざる物。金属なんかよりもずっと硬くそして重い超密度の神の岩。
そんな岩だったのだが──
ドゴオォォォォッォン!
神相手にはただの岩と同じである。
麒麟は岩を軽々と粉砕し、その勢いは止まらない。
「ちぃ!」
俺は再び寸前で躱した。だが。
近くを通り過ぎただけで体に強烈な電撃が走る。
そのせいで一瞬だけ体の制御を失ってしまった。
致命的な間かと思われたが、麒麟も麒麟でダメージを受けていた。
ゴッドインフェルノの効果により体半分が灼熱により皮膚がただれ落ちていたのだ。
「ふははは! 痛み分けだな!」
麒麟はドラゴンの頭を上下に激しく振りながら体を揺らす。かなりいきり立ってるようだ。火傷の傷も瞬く間に治っているのだから頑丈である。
(いいぞ……それでいい!)
かつてリヴァイアサンと戦っていたころを思い出す。
どんだけ魔法を撃っても何度も立ち上がってくる。
日常では決して満たされない喉の渇きを潤してくれる。そんな戦いがここにはあるのだ。
「ふははは! まだまだいくぞ!!」
どっちが悪役だか分からぬ笑い声を上げ、俺は麒麟に殴り掛かった。
超高速で繰り出すパンチは麒麟の顔面を捉える。
顔に風穴があくことはなかったが、骨が折れる手ごたえはあった。
同時に俺の中を強烈な電撃が走り抜けるが今度は対策済みである。自身の体内に避雷針の役割をもつゴッドストーンボールを数万個に渡り生成してあった。
実はさっきのゴッドストーンウォールは実験で、麒麟の電撃を吸収してくれるか見たかったのである。結果は見事、麒麟が神の岩を粉砕した瞬間、一時的に角にたまっていた電撃は消えた。まあでも、そのあとすぐに電撃を発生したおかげで俺にダメージが入ったのだが。
俺は麒麟を何度も殴りつける。
麒麟は必死に電撃で対抗するが無駄である。
さらに瞬間再生で傷は修復されてしまうが構わずに殴りつけた。
「はああぁぁぁぁ!!!」
仕上げとばかりに気合ののった蹴りを胴体に直撃させると、麒麟は大きく後方へ吹き飛んでいく。
俺はすかさず超高速で移動してまた同じことを繰り返した。
徐々に徐々にと9階層の端っこへと追い詰めていく。
何度も繰り返しているうちに仲間たちとは大分遠くまで離れた。
俺の狙いは超強力な魔法を麒麟にぶつけること。
そのためには仲間たちから離れる必要があったのだ。
十分に離れたことを確認した俺は麒麟から一定の距離をとった。
すると麒麟も攻撃から解放された喜びなのか、いななきながら前足を大きく振り上げ棒立ちとなった。
「さあ、次はどんな魔法を──」
それは突然現れた。
俺と麒麟の間。
空間に赤い亀裂がビキビキと入っていく。
──刹那。
切れ目から漆黒の光があふれ出す。
その切れ目が左右にゆっくりと分かれていくと、先には漆黒の闇があった。
吸い込まれるような漆黒の闇の中から、突如としてぬらりと何者かが顔を出した。
背筋が凍る。
それはもはや生物ではない。
だが人の顔をした何かがいた。
それは黒い空間からゆっくりと這い出して来る。
ゆっくりゆっくりと。
俺は何もできずにそれを只々見つめていた。
それは女の外見をしていた。
不気味なほど美しい女の姿だ。
もちろんただの人ではない。
その器に入りきらないほどの神力をたずさえている。
女は漆黒の空間から全身を出すと、ゆっくりと立ち上がった。
麒麟はすり寄るようにして女の元へと近寄る。
女はそんな麒麟を愛おしそうに撫でていた。
そして女はこちらを振り返り──眼が合った。
「……いないと思ったらこんなところで遊んでいたのねベルベリアル。探したのよ」
女は親しみを含んだ声でそう言った。
(ベルベリアル? 誰だそれは。こいつは俺の事を知っているのか?)
女はふふふと笑う。
「そうよベルベリアル。あなたの事は今のあなたより私の方が知ってるわ」
「──心の声を!?」
「うふふ。ええそうよ……それにしても……ああ、なるほど。この世界があなたの言ってた……」
女は一人で納得すると、柔らかい笑みを浮かべた。
「まあ多少のお遊びならいいわ。数万年程度なら待ちましょう」
「お前は何をいっているんだ?」
「それはきっと10階層で分かると思うわ。それじゃそろそろ帰ろうかしら……この姿でここにいたら世界が歪んでしまうものね」
「…………」
実際に女が存在するだけで、この世のすべてがねじ曲がってしまうほどの力を感じていた。それは神力が高いとかそんな次元の話ではなかった。言い換えるなら世界の理が書き換えられてしまう。そんな存在。
「あ、そうそう。この子はあなたと戦いたくないみたいだから直してあげるわね」
女はそう言うと麒麟に不思議な力をかざした。
すると一瞬のうちに元の武器へと変わってしまった。
「じゃあまたね。ベアル」
「!?」
俺の名前を呼ぶと笑顔で手を振って漆黒の空間へと帰っていった。
空間は女が入ると同時に何事もなかったかのように消えてしまった。
「くそっ……いいところだったのに」
女の正体よりも、勝負を邪魔された苛立ちの方が勝った。
もやもやした気持ちのまま、雷星アックスを回収しようとして、ふとあることを思い出して手を引っ込める。
「そういえば所有者以外は触れられないんだっけか」
認められた所有者以外は触れられない宝具。所有者がいなくなった今も触れられないのだろうか。
恐る恐る手を伸ばしてみると。
「あれ、大丈夫だな」
どうやら所有者が死んだ場合は大丈夫なようだ。
「でも俺は使えなさそうだな」
どうにも力を引き出せそうにない。
そもそも斧は専門外だしな。
ジェラなら使えるだろうか?
「まあそんなことよりもだ……ああっ! この渇きはどうしたらいいんだよくそぉぉぉぉ!!!」
これからという時に邪魔をされた。
麒麟のやる気があまりなかったようだったが、俺はやる気満々だった。
事の発端となった女も早々と引き上げてしまった。
後に残ったのは大きく振り上げた拳だけ。
「…………今夜はレヴィアだったか」
気の毒だがレヴィアにはこのもやもやとした感情を晴らしてもらおう。
もちろんただの八つ当たりではない。消滅の魔力のこともあって、レヴィアには神力があることがわかったしな。明日は休みにして夜の特訓にいそしむとしよう。
……うむ、名案である。
実際これを受け止められるのはレヴィアしかいないと思っている。そしてレヴィアもそれを喜ぶということも知っているのだ。




