199、ベアルVS麒麟
麒麟がいななくと空気が振動し大地が揺れる。大きく跳躍し、もう一度いななくと今度は天空が裂け稲妻が走った。稲妻を体に受けるとそのまま天空を爆走し始める。
走り抜けた軌跡が神の雷となり大地に降り注ぐ。
「きゃあぁぁぁ!!」
神の雷が大地に広がり強烈な痛みが皆の体を襲った。
「直接当たったわけじゃないのにこの威力なの!?」
ナルリースが傷みに顔を歪めながらそう言った。
「なによこれ……これは本当にモンスターなの?」
サリサが信じられないと顔をふる。
魔力量も神力量も人智を超えた神の領域まで上がっている。
それはケツァルでさえも赤ん坊に見えるほど強大な力であった。
クイクイと俺の袖が引っ張られた。
「お父様……麒麟は雷属性神級のモンスターです。正直かなり危険な相手です」
「だろうな」
体に感じる重圧がそれを教えてくれている。
神力でいえば五分かそれ以上か……なんにせよ本気で戦わなければ勝てない相手のようだ。
「……ふふ、ふははは!」
「お父様?」
こんな時なのに笑いがこみ上げた。
血液が沸騰するかのように熱くなっている。
気分が高揚しとても心地が良かった。
──そう、俺はこの時を待っていたのだ。
「あとは俺に任せておけ」
「ベアルでもあれは無理よ! 次元が違いすぎるわ!」
俺は肩越しに後ろを振り返る。
「ベアル!? ああもう……ふふ、わかったわ」
サリサは何か言いたげな様子だったが、俺の表情をみて笑顔を見せると頷いた。
どんな表情をしているか自分ではわからないがきっと今までにないほど輝いていただろう。さっきから白い歯を見せ続けているからな。
サリサは大人しく引き下がると、胸に手を置いて自身の心音を確かめていた。
(もう! 可愛すぎるわよ!!)
ちなみに他の皆も俺の表情をみて驚いていた。
「サリサさん……ベアルさんは……どうしちゃったのですか?」
「ああなったらもう何を言っても無駄よ……ふふ、楽しくて仕方ないみたい」
「めっちゃ可愛い顔してたねぇ!」
「うふふ、お父様子供みたいで可愛いですわ!」
「ふんっ! 私はいつものカッコいいベアルが好きだ!」
一人を除いて、少年のような笑顔が女性のハートに突き刺さる。
サリサなんかはあからさまに顔が赤くなりほおけていた。
「クカカカ! やる気かァ!? 無駄無駄! おい麒麟!!!」
天を仰ぎその名を呼ぶと、麒麟は動きをさらに加速した。
縦横無尽に空を駆け雷雲を呼ぶ。
それは一つのどでかい雲海となり、空を雷雲で埋め尽くした。
「クカカカ!! 奴らを全員消滅させるのだァ!!」
ケツァルが俺を指さし号令をすると、雷雲がうねるように回転しながら迫ってきた。
「五月蠅いやつだ。お前にはもう興味が無いから黙ってろ」
「クカッ!?」
一瞬にして距離を詰めてケツァルを蹴り飛ばす。
狙いすましたおかげで雷雲に向かって一直線に飛んでいった。
「グゲエエエエ! くそがぁぁぁぁぁアアアア!!!」
世界が真っ白に染め上げられる。
空を埋め尽くした雷雲が一斉に光ったのだ。
遅れて鼓膜を破壊するような爆音。
それがケツァルの最後となった。
……俺はケツァルを高く評価していた。
高い神力を自在に操れることや武器をモンスターに変えられることなど、以前のケツァルからは信じられないほど進歩している。
だが……俺に負ける要素など一つもなかった。
一つを除いては。
最後の置き土産となった宝具『雷星アックス』とケツァルの技が重なった時、俺を殺すモノにそれは進化した。
それがこの高揚感と充実感を与えてくれたのだから、ケツァルには感謝しかないのだ。
だからこの言葉を贈ることにする。
「ケツァル……ありがとうな」
そんな俺の心中などどうでもいいとばかりに麒麟はいなないた。
「ベアル! くるわよ!!」
「ああ、分かってる」
雷雲は消えることなくその場にあり続けている。
それどころか一層厚みを増し、暗闇が世界を支配した。
雷雲を走る稲光のおかげで明かりを付けなくても互いの位置は確認できた。
麒麟はその巨大な雷雲に身を預けるようにして消えると、じわりじわりと雷雲が尾根へと向かってくる。
肌に伝わる静電気がより一層危険を感知させた。
……さすがの俺のあの雷撃を受けたらただではすまない。
──ならば!
「ゴッドストーム!!」
まるで山谷風の如く上空へ神風が吹き荒れる。
木々を打ち上げ、砂も石も水も、何もかも打ち上げていく。
竜巻のようにうねりを上げ、雷雲に激突する。
それでも雷雲はそこが天井であるかのようにピクリとも動かなかった。
神風は雷雲にはじかれ散り散りになっていく。
「ならばこれでどうだ!! ──ゴッドトルネード!!!」
神風は強烈な竜巻となり雷雲に直撃する。
徐々に穴をほるかのようにじわりじわりと雷雲をえぐる。
抵抗する雷雲もかなりしぶとく中々奥へと入り込めない。
「くっくっく! そうでないとなぁあああ!!! ゴッドサイクロン!!!」
トルネードは巨大な台風となり9階層すべてを巻き込んだ。
もちろん仲間たちを巻き込まないように上空のみだ。
渦のように高速回転するサイクロンがついに雷雲をはがし始めた。
端っこから徐々に削り取っていく。
みるみるうちに小さくなっていく雷雲。
その真ん中に残るは麒麟。
俺はぐっとその拳に力を込めると、サイクロンは集束していき麒麟を直撃する。
不規則な回転に麒麟の足がグギギと違う方向に曲がり始める。
だが麒麟も一筋縄ではない。ひとたびいななくと、つんざく稲妻が俺めがけて直撃した。
「ぐっ!?」
その一撃があまりに強力だったためガードに力を注ぐ羽目となった。
一瞬の隙。麒麟がサイクロンから抜け出すのに十分な時間。
曲がった足はいつの間にか治っており再度ふりだしへと戻る。
「くっくっく……なかなかやるじゃないか」
不敵に笑う俺のはるか後方で、仲間たちは団子のように寄り添い縮こまって怯えていた。
「ひ、ひぇぇぇ……次元が違いすぎるよぉ」
シャロが恐怖で怯える。
「もしかしなくても私たちって足手まといよね……」
ナルリースが落胆する。
「静かに見守っていましょう」
サリサは静観する。
「べ、ベアル……カッコいい」
アナスタシアはほおけて見惚れていた。




