198、奥の手
「クケケケ……やっぱり分かってたか」
ザッザッザッザッザッザッザッザ。
傾斜をゆっくりと上がってくる何者かがいる。それもかなりの数だ。
10……20……いや、30はいるか。
≪クカカカカカカカカカカカ!!!≫
嫌な笑い声があちらこちらから聞こえ、それがさらに共鳴し合って耳障りな雑音と化す。
≪いいねえ! 最高じゃねえか! やはりお前は強ェェワ!!≫
山の急勾配に直角に立っている明らかに不自然なケツァル達がいた。
そいつらが笑いながらゆっくりと歩いてくるものだから見る人が見れば恐怖で失神してしまうだろう。
実際に仲間たち──特にシャロは恐怖でアナスタシアに張り付いている。
「ひっぇぇ~アナちゃん助けて~」
「おい! 張り付くな! 動きづらいだろ!」
そういうアナスタシアも顔が引きつっている。
同格以上の相手がこんなにもいたら怖ろしくなってしまうのは仕方のないことだ。
「数だけ多くしても俺には勝てんぞ」
≪クカカカカ! そうだろうなァ! でも他の奴はどうかな?≫
「私たちが目的なの!?」
「あんな人数相手にできません!!」
サリサとナルリースは背中合わせとなり両脇の斜面を警戒する。だがその表情は狼狽していて汗が頬をつたう。
「安心しろ。お前たちは俺が守る」
≪クカカ! その威勢いつまでもつかなァ!?≫
ケツァルは一斉に急勾配を走り出し、四方八方から飛び掛かかってくる。
≪シネェェェ!!!≫
「かかったな」
≪クカッ!?≫
「ゴッドウインドシールド!」
仲間たちを中心にして円形状の風盾が張り巡らされた。
神の力を持った風盾は暴風をまき散らしながら回転し、近づいてくるケツァルをことごとく切り刻む。
≪ウゲゲゲゲゲゲェェェェェ!!!!≫
まるで場外はミンチ会場にでもなったかのような凄惨な絵面が出来上がった。
中から見ているとまるで真っ赤な花が咲いては消えを繰り返し行うショーのようであった。
それでもなお光に寄ってくる虫のように一切の躊躇なく突っ込んでくるケツァル。死など全く恐れていない戦い方に仲間たちは動揺し戦慄する。
最後の一人になるまで突っ込み続けるとようやく場は静けさを取り戻した。
「グケェ……本当に鉄壁なガードだなァ」
最後に残ったケツァルがそんなことを口走る。
「それはそうだ。もし中に一滴でも体の断片を入れてしまったら誰かの体を乗っ取る気だっただろう?」
オルトロスが竜王にした戦法だ。
あの時は傷口から入り込んだが、今度は毛穴からも入ってしまうかも知れない。
最新の注意を払って鉄壁の風盾を張った。何事も用心に越したことはないのだ。
「クカカカ! バレてたか!」
「一体一体に神力が殆ど込められてなかった。つまり最初から倒すことが目的ではなく、誰かに付着することを目的としていたってわけだ」
「……さすがベアルだなァ! お前の女を乗っ取っちまえば勝率は上がると思ったんだが……クカカカカ、仕方ねえ、成功法で行くとするか」
そう言うとケツァルはスッと肩の力を抜いたかのように見えた。
だが次の瞬間、体はボコボコと内側から何かが暴れてるかの如く突起ができ始めると、頭のてっぺんから綺麗に二つに割れ始める。
ぱっくりと割れた中から蛇の頭が飛び出すと、脱皮するかのようににゅるにゅると蛇の体が出始める。
尻尾まで姿を見せたかと思ったら、さらにボコボコと体がふくれ始める異様な光景と共に、一瞬にして数倍の大きさまで巨大化した。
その姿は平らな頭部と太くて長い体。背中には毒々しい羽と尻尾には鋭いギザギザの棘があった。少しでも触れたら病や毒に侵されてしまいそうなドロドロした液体を滴らせている。
「以前の姿とは違うな」
俺は素直な感想を述べた。
「クカカカ! これは究極に究極を重ねた進化の結晶よォ! この毒に触れればたちまちお前たちの体は機能を停止する……クカカカ! 安心しろォ? 意識だけはしっかりと残ってるからなァ! クカカカカカ!!! ベアル、お前だけは簡単に死なせない……たっぷりといたぶってから殺してやるよ!!」
ケツァルはそう言いながら尻尾を一振りすると、先から飛び散った毒が通りかかったモンスターに当たった。そのモンスターは一瞬にしてバタリと倒れると小刻みに痙攣し始めた。
「みんな仲良くこうしてやるからよォ! クカカカカカカ!」
明らかに普通の毒ではない。神経毒の一種だろうか。
どちらにせよ解毒方法は今のところないので厄介そうだ。
(神のエリクサーがあればな……)
帰ったら量産をしようと心に誓うが、その為にもこいつを倒さなくては帰れない。無いものをねだっても仕方ないので戦いに集中することにした。
……油断はできない。一瞬で決めてやる。
「……アナスタシア、一分間だけ全力で神力ガードしていられるか?」
「そ、それくらいならいけるぞ!」
「頼んだぞ」
そう言った次の瞬間、空気が変わった。
俺の体から青い炎がゆらゆらと湯気のように立ち昇り、体全体を覆っていく。
一見、人体発火のように見えるが、もちろん燃えているわけではない。
炎のゆらめきが収まっていき、体全体を覆う青い薄い膜が出来上がった。
「あ──熱い」
近くにいる仲間たちはその熱量で服が燃え上がりそうになる。実際に燃えないのはアナスタシアの神力ガードのおかげだ。
その場の温度は急激に上がっていて鉄をも溶かすほどになっていた。
「グケェ……インフェルノを体にまとったとでもいうのかァ!?」
一目見ただけでケツァルは正解を導き出す。
そう、これはゴッドインフェルノを集束して体の表面上を覆ったのだ。
これで毒は体につく前に蒸発してしまうだろう。
「時間が無い。いくぞ」
「──ッ!」
その刹那、俺はケツァルの頭をぶん殴っていた。
醜悪な顔が歪み、青い炎で包まれる。
「グエェェェェ!!」
もがき苦しみ、ささやかな抵抗とばかりに尻尾を叩きつけてくる。
俺はそれを躱しつつ先端にある棘を根元から切断すると、棘は地面を転がり青い炎が点火し、じゅうじゅうと音をならして毒は蒸発した。
「くそがぁぁぁぁあ!!!!」
顔面の炎をどうにか消したケツァルは、朽ち果てそうな顔を治すことなく、魔法を発動させた。
大地を揺るがし山が分裂するように地割れを起こす。
丁度足元が無くなった俺は落下し、山の中核へと落ちていった。
「クカカカカ! 戻れ!」
合図と共に山は元通りの形にピッタリとくっついた。
当然ながら俺は山の中に閉じ込められる形となった。
…………だからなんだ?
一瞬にして山が溶岩のようにして溶けていく。
無論、俺が上部をすべてゴッドインフェルノで燃やし尽くしたからだ。
山の一部にぽっかりとした穴が開き、渕はどろどろになった溶岩が残る。
俺は高速でその穴から飛び出すと、ケツァルの目の前へすとんと着地した。
「そんなちんけな魔法で俺を倒せると思ってるのか?」
「クソガァァァァァア!!!」
巨体に物を言わせて押しつぶそうとのしかかってくる。
だがその巨体が俺に触れる前に炎の膜がケツァルを襲った。
「グゲゲエエエ熱いいぃぃ! 何故だ! 俺も神力ガードをしてるのにぃぃ!!」
体が溶け、ドロドロとしたものが地面にしたたり落ちる。
周辺には何とも言えない嫌な臭いが立ち込めた。
「お前の神力ガードは俺の神力ガードで相殺した。お前はノーガードで炎の膜に触れたんだよ」
「に、二重にしてあっただとォ!?」
「俺とお前ではまだまだ魔力操作のレベルが違うんだ」
「な、なんだとォォォ! グゲエエエエエ!」
さらに内部に炎を送り込む。
胴体から下半身にかけて、ドロドロに溶けて消滅した。
──だが、体の中に何かがあった。
何か棒のようなものが突き出ている。
「なんだこれは?」
俺はそれに触れようとしたが、電流が走り弾かれた。
……この感覚は!?
「クカカカ……お前でもそれは触れないようだなァ……」
「まさかこれは!?」
バチンッ!
激しい電流がガードを突き抜け、俺の全身を駆け巡った。
「ぐっ!」
痛み。
まさか俺の神力ガードを貫いただと!?
「クカカカカカ! 奥の手は最後までとっとくものよォ!」
ケツァルの体から棒がゆっくりと抜き出される。
空中に浮かぶケツァルの頭部からその存在が明らかとなっていく。抜き出されたそれは斧の姿をしていた。
さっきまでのダメージが嘘のようにケツァルも体を再生させると、その斧を尻尾でからめとった。
「これがなんだかわかるか?」
ケツァルがいやらしそうに笑いながらそう尋ねてきた。
俺はそれが何なのか分かってしまった。
「宝具……か?」
「ピンポーン! 大正解だァ!!」
宝具は選ばれた者しか装備できない。
なのでこの斧に選ばれたのはケツァルということだ。
斧の見た目はポールアックスと言われるような物で斬、突、打をすべてこなせる万能斧である。
「クカカカ! これはこの階層に眠ってたお宝よォ!」
「それは青宝箱に入っていたということか?」
「クカ? ああ、そういえばそんなのに入っていた気がするなァ……ついでに変なモンスターも出たけど殺してやったわ! クカカカ!」
なるほど、ちゃっかりと試練を乗り越えて順当な手段で手に入れたというわけか。
そんなことを考えていたら、後方から叫ぶ声が聞こえた。
「お父様! あれは宝具『雷星アックス』です! 持ってるだけで雷雲を呼び起こす武器です」
「この階層の雷雲はあれのせいだったか」
持ってるだけであの効果を生み出せるのは反則的である。まあ、だからこそ宝具と呼ばれる武器なのだが。
「クカカ! これでお前もお終いよォ!」
「……まさかそれを使って攻撃するってわけじゃないだろ?」
「もちろん……こうするのよォ!!!」
ケツァルは雷星アックスに神力を込めた。すると斧はぶくぶくと膨れ上がっていく。
「クカカカカカカ! こうなってしまっては俺も止めることはできないぞ! お前たちは全員死んじまうのだァ!」
どうやらその言葉は真実味を帯びてきていた。
雷星アックスはみるみるうちに変化していき、ある形を作り上げていく。
──それは四本足の獣。
青白い体に黄色のたてがみ。
馬の体とドラゴンのような顔。
「あ、あれは!! 麒麟です!」
セレアが叫ぶ。
「幻のモンスターと言われているやつです。本来ならば気性は穏やかで、出会ってもすぐに逃げてしまうモンスターなのです……でも、もし攻撃してくるようなことがあれば──」
麒麟と呼ばれたモンスターは赤い瞳を光らせ蹄を蹴っている。
神力の吐息を吐きつつ、睨んでくる圧力はケツァルの比ではない。
「どうやらやる気満々らしいな」
「……そのようですね」




