2、ベアル
ベアルという男がいた。
魔族大陸の南西にある小島で育った。そこは魔力が濃い島で強力な魔獣がたくさんいた。
島には一つだけ小さな村があり、そこには片腕が無い者、片目を失っている者、片足が義足の者、胸に大きな傷がある者など、一目見て訳ありの者達が多種多様に住んでいた。
その為だろうか島の正確な名前は知らないが皆は監獄島と呼び皮肉っていた。
ベアルはその村に住むオリアスという老人に育てられた。
生きていく上で必要な知識はオリアスから教わった。このベアルという名前もオリアスに名づけられた。
5歳になったころには言語の読み書き、四大精霊との契約、剣術などの基礎的なことは出来るようになっていた。
島は魔力濃度が高いため強力な魔獣が多く、倒すのにも一苦労だったが見返りは大きい。その強力な魔獣を食らうことによって自身の魔素が大幅に増えていく。
オリアス曰く、魔素は魔力を体内に溜め込める器官のことで、この世界の生物は人間を除いて魔素がある。魔獣を倒すだけでも魔素は大きくなるが、食らうことが一番とのこと。なのでここは修行場としては一等地らしい。
ベアルには才能があり、気がついたときには村の一番の実力者となっていた。齢10歳である。
その後も島の奥地まで足を運んでは強力な魔獣と戦って実力を伸ばしていった。
ベアルが12歳となった時、島の奥地にいた魔獣ベヒモスを追い詰め服従させ、ついに島の全て魔獣を屈服させたのだった。
実質上の島の覇者となり平和に暮らしていたのだが、すぐに退屈になった。
刺激を求め魔族の大陸へと渡り、ベアルは自由気ままに生きる事にした。
数年をかけ世界各地も回った。冒険者になりダンジョンを攻略したり、海王と戦ったり、武術大会にでたり、戦争に巻き込まれたり。
そして当時の魔王を倒し英雄として祭り上げられ、ついには魔王の座についてしまっていた。この時ベアルは16歳であった。
若い魔王を人々は称え賞賛したが、それを面白くないと感じる魔族も大勢いて、ベアルにあれやこれやと口出しをする物が多くなった。
ベアルは魔王としての座には興味が無かった。むしろ面倒くさく感じていた。
──結果、ベアルは世界に宣戦布告をした。
傍から見るとバカな行動ではあるのだが、当人は手っ取り早く強敵と戦いたい、面倒な政治から逃れたいという、欲望を叶える一石二鳥の妙案だと思っていたのだから怖ろしい。
もちろん魔族の民はやる気もない。むしろ断罪しようと躍起になる。
民からしたら迷惑な話しである。戦争が終わり、やっと平和が訪れると思った矢先にこれである。
しばらくした後、エルフの王から世界を代表して返答があり、その内容は誰もいない島で少数精鋭の決戦を行ないたいということだった。
ベアルはこれは好都合と一人で指定の決戦場に向かった。
決戦の地は人間の大陸の北、中央大陸のエルフ領の東の島で行なわれた。
魔王軍はベアルのみ。迎え撃つは竜王ニーズヘッグにエルフの王エルサリオス、そして人間の勇者アランであった。
────結果は散々。
伝説のドラゴンであるニーズヘッグだけでもきついのに、他の二人もいては勝負にならなかったのである。勇者アランの法術にニーズヘッグのブレス、仕舞いにはエルサリオスの魔法によって島に封印されてしまう。
殺されなかったのが謎だが、ベアルとしては自分の全力を出し切れて満足した……が、数日後には後悔することになった。
そう、なまじ生きているからこそ暇なのである。
ベアルはまず島の探検をした。
戦いの影響で半分は消し飛んでしまったので島はかなり小さくなっていた。
普通に歩いて1時間もすれば島を一周できた。そして封印とは言うものの、実際には島に結界が張ってある状態のようだった。結界の範囲は島の中心から円形状に張ってあり島から海に少しだけ出たところまでのようだ。
結界からでようと魔力を全力でぶっぱなしてみたが貫通してしまった。どうやら魔力は通すみたいだ。
次に物理で殴ってみたりしたが、衝撃は吸収されてしまった。肉体は通さないようだ。
海の中に潜ってみても結界は続いていた。仕舞いにはオシッコをかけたりしてみたが虚しくなっただけだった。
仕方ないので住むために家を作ることにした。島に残された限りある木を切り組み立てた。魔力は使えるのは助かった。労なく木を加工できた。そして木材を繋ぎ合わせただけの簡単な小屋が出来た。
お腹が空いたので魔獣がいないか探した。島には魔獣の類はいなかったが、海には魚の魔獣がいたため食べるものには事欠かなかった。
魔力は封印される前の状態なので、何をするにも手間取ることはないのだ。魔力があれば火も熾せるし、魔獣も簡単に倒せる。ゆえに時間が掛からない。つまり暇になるのだ。
今更ながらベアルは自分の無計画さに呆れた。
ベアルは長い時間の中、ひたすらに考えを巡らせた。今までの人生の事、魔王になった事、民の事、勇者の事、エルフの王の事、ニーズヘッグの事、そしてオリアスの事。
気が遠くなるような時間が過ぎた。ベアルはひたすらに考え生きた。
ベアルは後悔した。
自分のバカさ加減に。
…………そしてベアルは初めて涙を流した。
それからはひたすら生きた。生きることだけしかなかった。
もしも自分にもう一度チャンスが与えられるなら、次はもっと賢く生きよう。それだけを希望として生きた。
────そして300年が流れた。
それだけ時間が経てばもはや考える事はやめている。昔、賢く生きようと誓ったことだけはかろうじて覚えているか。
もはや浮浪者のように島を徘徊するようになっていた時、奇跡は起こる。
この島に赤子が! 俺の女神が現われたのだ!
死んでいた顔に生気が宿る。
ついに……ついに報われたのだ。
ベアルは赤子を育てたことなどもちろん無かったが、考えうる事を必死に出し切り、それはもう必死に育てた。寝る間も惜しみ、片時も目を離さず、出かけるときは背負っていき、何度も話しかけた。病気になれば心臓が止まるかと思うほどに心配し、元気に笑っていれば心のそこから幸せだった。
赤子にはリーリアと名づけた。女の子だ。
──そして3年が経った。