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193、この時のための



「──っ!? え、生きてるの?」


 リーリアには思いもよらぬ言葉だった。

 だって確かにあの時、ジェラはオルトロスに殺されてしまったと思ったからだ。

 …………。

 そこでリーリアはハッとする。

 確かに叫び声は聞こえたけど死んだところを見たわけではない。


「ベアルがジェラを共にすることを許可したのだ! きっとなにか考えがあったはず! だから絶対に生きているはずだ!」

「ほ、本当に!?」


 リーリアにとってそれは希望の言葉だった。

 あのお父さんだったら何か考えがあるだろうというのは理解できた。


「絶対だ!」


 レヴィアはそう断言をするが、それをあざけわらう声がした。


「あははは! 生きてるわけないじゃない! あの生ごみは谷底に落ちていったわよ!」

「──えっ!?」


 それを聞いた瞬間、全身に血液が脈打つような激しい鼓動がした。

 体が痺れるように震え、足先から頭のてっぺんまで急激に腫れものが引くようなそんな感じだ。


 谷底に落ちていった?

 消滅の魔力で消えたわけじゃない?


 リーリアの意識はオルトロスから谷底へと移す。

 すべての意識を集中して魔力探知を行った。

 今まで生きていて一番精度の高い魔力探知だっただろう。

 もしかしたらベアルの魔力探知を超えていたかもしれない。

 山間の谷は複雑に入り組んでいたが、究極に完成された魔力探知は岩の隙間から小さな虫でさえも捉えられた。それほど細かく洗練されていた。

 


 ──────見つけた!!


 でもジェラの状態はそうとう不味い。

 魔力が殆ど残っていなかった。


「リーリア! ここは我に任せていくのだ!!」

「わかった!!!」


 リーリアは谷底に飛び降りた。

 

「だけど生きてる! かすかにだけど魔力の反応がある!! 急げ!!!」


 だが本当にかすかだ。

 放っておけば確実に死んでしまう。

 落ちてる間も魔力探知は欠かさない。

 少しでも近くに着地してすぐに回復魔法をかけて上げなければならないからだ。


「そろそろ!」


 反応は消えかけている。

 あとちょっと! あとちょっとだから!

 ジェラ頑張ってと心の中で何度も願った。


「いた!」


 断崖絶壁の途中のくぼみにジェラはいた。

 下は川となっており、万が一そこに落ちていたら万事休すだっただろう。

 リーリアはジェラのすぐ横に着地した。


「ジェラ!! ────ッ!??」


 ジェラは見るも無残な姿となっていた。

 皮膚はただれ、顔の造形は崩れ、手足はあらぬ方向へと曲がっている。

 体の下には真っ赤な血が水たまりのようになっており、生きているのが不思議なくらいだった。


「今治すから!!! エンシェントヒール!!!」


 回復魔法エンシェントヒール。

 体の欠損部分も治してしまう回復系最強の魔法である。

 

「えっ!? なんで治らないの!??」


 ジェラの体になんの変化もなかった。

 刻一刻と体内の生命エネルギーは消えかかっている。


「待って! 待ってよ!! エンシェントヒール! エンシェントヒール!!」


 何度も何度も試してみるが結果は変わらない。

 エンシェントヒールは死んでいる者には効かない。

 既にジェラの肉体は回復するほどの体力も魔力もなく、体は死を認識してしまっていたのであった。だから回復魔法では治らない。


「あああぁぁぁぁ!! そんなの嫌だよおぉぉぉぉ!!!」


 なすすべなく崩れ落ちるリーリア。

 何もできない自分に苛立ちを覚えながら、抱きすがるようにジェラに寄り添った。

 するとその時、ふと何かが見えた。

 血だまりに小さな小瓶が落ちていた。


「────これはっ!」


 お父さんがくれた小瓶だ。

 きっとポケットに入れていた小瓶が落ちたのだろう。

 その小瓶はまるで意思を持ったかのように光り輝いている。


「この時のためだったんだ!!」


 リーリアは急いで小瓶を拾いコルクを抜いた。


「ジェラこれを飲んで!!!」


 口に注ごうとするが、既に飲む力も残ってないのでドロリとした液体は口からこぼれそうになる。


「ああっ! ダメ! ──それなら!!」


 リーリアは液体を自分の口に含む。

 そしてジェラに口移しで一気に流し込んだ。

 

「ぷはぁっ! これで大丈夫だよね? ジェラ、ジェラ起きてよぉ!! ねえ!!」


 何の反応もなかった。

 ただこの時既にジェラの魔力反応は消えていた。


「噓……ジェラ……私が遅かったからいけないの……? うぅ……うわああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 リーリアはジェラにすがりつき大声で泣いた。

 そして後悔の懺悔を口にする。


「私が勝手に死んだと思い込んだから! 私が弱かったから! 私が鈍臭いから! 私が油断したから! 私が……私が──ッ!」


 後悔しても後悔しきれなかった。

 ジェラとの思い出が走馬灯のように脳内で流れる。

 リーリアは喉が枯れるほど泣き続けた。


 どれくらいたっただろうか。

 嗚咽のしすぎでえずき始めたころ、ジェラと体が触れ合っている所がかすかに温かくなっているのに気がついた。

 泣きすぎて感覚がおかしくなっているのだろうか。

 リーリアはゆっくりと顔を上げた。

 

「ジェラ!?」


 そこには元の姿に戻っているジェラがいた。

 胸に耳を当ててみるとしっかりと鼓動が聞こえる。


「よかった! 間に合ったんだ!!」


 リーリアは心底安堵した。

 改めてジェラを見ると、傷一つない綺麗な体となっている。

 それは古傷を含めたすべてが無くなっていて、肌艶もよくさっきまでボロボロだったようには全く見えなかった。

 ──ただ一つだけ違ったのは髪の色だ。

 真っ赤だった髪すっかり脱色され、真っ白な毛となってしまっていたのだ。


「綺麗な白……銀髪っていうのかな? ちょっと私に近くなったかも」


 リーリアも白に近い薄紫色なので少し嬉しくなった。


「ってそんなこと考えてる場合じゃなかった! ジェラ大丈夫!!?」


 あれほど大けがを負っていたのだから大丈夫ではないことはわかる。だが声をかけずにはいられなかった。

 それにすっかり体内には魔力が戻っている……いや、それどころか以前のジェラとは段違いに魔力量が上がっていた。


「え? これってどういうこと? お父さんの薬がすごいのかな?」


 確かにこんなに魔力量が上がるならお父さんが一つしか用意できなかった理由が分る。そしてこれを見越して私に渡してくれたのだ。

 リーリアが感心していると、ジェラがピクリと反応した。


「!! ジェラ! 起きれる?」


 声に反応したのか、またピクリと動いた。

 リーリアは本当に嬉しくなり、とうとう我慢できずにジェラの肩をゆすってみた。

 

「ジェラ! ジェラ!」

「…………ん……リーリア……にゃ」

「そうだよ! リーリアだよ!」

「にゃ……眠いにゃ」

「うん、今はゆっくり眠って!」

「にゃ~」


 気の抜けたような鳴き声を出すとジェラはいびきをかきながら寝てしまった。

 それを見たリーリアは嬉しさが爆発し、我慢できずにおもいっきりジェラを抱きしめた。

 ジェラは苦しかったのか再び目を覚ます。


「……にゃ。苦しくて死ぬにゃ~」

「あははっ! こんなんじゃ死なないよ~だっ! ぎゅーっ!!」

「にゃにゃ!? ぐ、ぐるちぃ! ほ、本当に死ぬにゃ~!」

「あはははは!」


 リーリアはジェラに、「マジでいい加減にするにゃ!」と怒られるまで抱きしめ続けるのだった。




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