189、ジェラの変化
9階層の攻略は困難を極めた。
数秒ごとにサンダーの直撃を受けるため魔力の消費が激しく、すぐに魔力が尽きる者が続出したのだ。
そのたびに神のポーションを飲み干すのだが数には限りがある。
瞬く間に総量の半分を消費した。
稜線を大分歩いたがボスの姿は見えない。
見かけたものといえば雷をまとった山羊のモンスターと雷をまとった鳥のモンスターである。
いずれのモンスターもサンダーの直撃を受けると魔力が回復する厄介なモンスターだったが、レヴィアの消滅の魔力による圧倒的なパワーの前では赤子同然であった。
だが当然モンスターも一筋縄ではいかない。
人では到底歩けないような場所から山羊のモンスターが奇襲を仕掛けてきたり、鳥のモンスターに至ってはまとった雷を武器に体当たりをくらわせてくる。
視界も悪いのでダメージを受けながらも皆で応戦をして一体一体倒しながら、一歩一歩ゆっくりと歩を進めていった。
「んっ」
たまにサンダーが誰かに直撃するが、発声が落ち着いたものへと変わってきていた。
「んにゃにゃにゃ!」
「どうしたのジェラ?」
ジェラの後ろにいたサリサが声を上げる。
「にゃ……体が熱いにゃ」
「体に電流が走ってるわよ!?」
皆がジェラに注目すると、電流が体を走り続け、体が薄く光り出した。
「もしかして……これって獣人族の進化ってやつじゃないかしら?」
「始まったみたいだな」
獣人族は一定の条件で進化することがある。
その条件は不明なのだが一説によると精霊と同じで自然と一体化することが一番の有力説とされている。
進化は獣人族だけが行えるもので、何故か他の種族ではできない。
それも様々な説があるが有力なのは魔獣に近い存在だからと言われている。
「ベアルはこうなることを知っていたのかしら?」
「ああ、ジェラの才能は獣人族の中でも秀でていたから可能性はあると思っていた」
風魔法の使えないジェラが唯一生き延びる方法。それは進化をして新たな属性を手に入れることだ。
現状ジェラは炎の魔法しか使えない。だがここでもし雷属性を手にいれられれば風魔法も使えるようになるし、魔力も大幅に強化されるなどの一石二鳥で良いことずくめなのだ。
「……それでジェラ、どうだ? 進化はできそうか?」
「どうって言われてもにゃ~まだ特に変わったところはないにゃ」
「なるほど。まだ打たれたりないってことか」
「うげ! それはいやだにゃぁ」
「でも強くなるチャンスだろ?」
「……そう言われたらやるしかないにゃあ!」
ジェラは斧を天に掲げる。
「これで確率がふえ──にゃああぁ!」
さっそく雷に打たれるジェラ。
「どうだ?」
「にゃあ……だんだん気持ちよくなってきたにゃ……」
はあはあと息遣いが荒くなり、サリサに抱きつくジェラ。
「ちょっと!?」
「にゃぁ~体が敏感になってるにゃ~」
引きはがそうとするサリサに執拗にまとわりつくジェラ。
どうやら違う方向に進化しそうである。
「もうっ!」
「にゃはは~」
サリサも引きはがすのを諦めされるがままにされている。
「……とにかくジェラはそのまま雷に打たれ続けてくれ。サリサ……頑張れよ!」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!?」
俺はじゃれ合ってる二人を器用に避けると前に進むのであった。
─
どれくらい歩いたのか。
神のポーションも残りわずかである。
相変わらずモンスターが次々と襲ってきていた。
戦闘で変わったのはジェラだ。
雷をまとい体当たりをしてくる鳥を両手で受け止めていた。
「にゃああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
逆に鳥から雷を奪い取るようにして魔力を流し込むと、それが起爆剤となり蓄電していた鳥の雷がみるみるうちにジェラへと流れ込んでいく。
最終的に何もなくなった鳥モンスターを両手で引きちぎった。
「ごちそうさまにゃ!」
先ほどまでの雷酔いは醒め、雷によるダメージも殆どなくなっており、今では率先して避雷針係とて積極的に活躍をしていた。
まだ進化はしてないようだが、その道のりは着々と進んでいるようだ。
「さて……ボスはどこにいるかな」
既に尾根を渡り歩き5つの山を越えてきている。
いくら広いとはいえそろそろボスがいてもいいころだが……。
「痛っ!」
突然戦闘を歩いていたレヴィアが声を出した。
何もない所で止まり額を押さえている。
「どうした?」
「壁だ! 見えない壁があるのだ!」
まるでパントマイムをしているかのように見えない壁を触るレヴィア。
どうやら本当にダンジョンの端っこまで歩いてきてしまったようだ。
「ボスがいない? そんなことがあるのか?」
無論、ここまで魔力探知は欠かさず行ってきた。
だが普通のモンスターの反応しかなかった。
「そんな……ここまで来たのに……もう神のポーションも無いって言うのに」
落胆の声を上げるナルリース。
先ほど最後の一本を使ってしまった。
そして今現在も雷の脅威は続いているから、ここに留まっていては魔力を消費するだけなので、迅速に対策を考えなければならないだろう。
最終手段としてウルトラノヴァですべてを破壊すればいいのだが、これをすると地形まで破壊してしまうため階層魔法陣や帰還魔法陣を探すのが物凄く大変になってしまうのだが……。
……悠長なことは言っていられないか。
「仕方ない。ウルトラノヴァですべてを破壊する」
俺は魔力を高め準備を開始しようとした。
「む!?」
広範囲に張っていた魔力探知に反応があった。
それは超高速で突っ込んでくる。
「速──!!」
俺が列の最後方にいてよかったとこれほど思ったことはない。
俺が言葉を発するよりも早くそいつは突撃してきたのだ。
「ぐっ!」
目にも止まらぬ速さと高魔力での身体強化による突撃はこれまでに味わったことのない衝撃だった。
実際受け止めきれず、咄嗟に蹴りをいれ進行方向をずらしてなんとかやり過ごした。
そいつはそのままどこかに飛んで行ってしまったが、こちらの位置を把握された以上油断はできない。それにあの速さならマップの端から端まで一瞬にしてたどり着けてしまうのだから、どこにいても狙いの的というわけだ。
「なに~? 何が起きたの~?」
「速すぎて見えなかったわ!」
「あいつはなんなのだ!!」
それは1秒にも満たない攻防だったため、一部の仲間には何が起こったのか分かってなかったようだ。
「今のがボスだ! 今の攻防が見えた奴はどれだけいる?」
いつまたやって来るか分からないので警戒しつつ簡潔に尋ねた。
「我は見えたぞ!」
「お父さん! 私も見えた!」
自信をもってそう答えたのが、レヴィアとリーリアだ。
「かろうじて来ることはわかったけど対応はできなかったわ……」
「私も察知はできたが盾を構える余裕はなかった」
サリサとアナスタシアはまだ対応は難しいようだ。
「私は何がなんだかわかりませんでした……」
「僕も~」
「……にゃ」
3人娘は気配も感じ取れなかったからまだ無理だ。
「よし! リーリアとレヴィアでボスを倒してくるんだ! 他の皆は俺が守ってるから安心して戦え!」
「わかった!!」
「ふはは! 我に任せろ!」
ここはリーリアとレヴィアに任せよう。
そう思ってたら、
「待って欲しいにゃ! あたしも連れていって欲しいにゃ!!」
そう言ってジェラが何かを訴えるようなまなざしを俺に向ける。
だがレヴィアがすぐに反発した。
「ジェラでは無理だ! 今のが見えないのであれば足手まといになるだけだぞ!」
「でもあたしにとってこれはチャンスなんだにゃ!」
「別に今でなくてもいいだろう? 神のポーションもなくなったし、今回はこれで帰還するだろう。ならばこつこつと頑張ればいいのではないか?」
レヴィアが正論をいう。
だがジェラは首を横に振った。
「ダメだにゃ! きっとそれでは進化はできないにゃ! 昔いた獣人族の英雄ギンガバル様は勇猛果敢だったと聞いてるにゃ! なら、ここで逃げ出すようなものは進化などできないってことだにゃ」
これは理屈ではなく、ジェラの獣人族としての感覚なのだろう。
魔力や属性だけでなく、心の強さも進化に関係しているのだと。
すると、その会話を黙って聞いていたリーリアが口を開いた。
「わかった! 一緒に戦おうジェラ!」
「おい!? リーリア!!?」
「大丈夫だよレヴィア。きっとジェラなら……ううん、絶対にジェラなら進化できる」
「リーリア……ありがとうにゃ……」
レヴィアはしばらく沈黙した後、はぁと大きくため息をついた。
「……自分の身は自分で守るのだぞ?」
「レヴィア……! わかってるにゃ!!」
こうして3人はボス討伐に向かうのだった。




