179、水の中での戦いは
海中は幻想的な空間が広がっていた。
サンゴがいたるところに群生し、カラフルな魚が泳ぎまわっている。
まるで誰かがそう作ったかのように完成された絵画の如く、俺はこの風景に魅了されていた。
「美しいな」
そう何気なくつぶやいた言葉は水にかき消えることなく海中に響いた。
あれ、呼吸できてる?
眼前の明媚に見惚れていたから忘れていたのだが、しっかりと呼吸ができていて、なんなら言葉も地上と同じように届くようだ。
「本当に綺麗!! 私たちの島の周りじゃ見なかった風景だね」
いつの間にか隣には下着姿となったリーリアがいた。
……何故下着?
後ろを見て見ると皆下着姿となっていた。
「さすがに服を着てると泳ぐのに邪魔でしょ? アナスタシアなんて全身鎧だから沈んじゃうし」
言われて見ると、そこには鎧を脱いで顔を真っ赤にしているアナスタシアがいた。
「おいベアル! 何を見ているんだ! は、恥ずかしいから見るな!」
「いやお前……恥ずかしがっていたら戦えないぞ?」
「ベアルが見るから恥ずかしいんだ! 目を瞑っていろ!」
「それは無理な相談だ」
「く~~~~ッ!」
別に何とも思わないのだが恥ずかしがるアナスタシアが面白くてついついじっと見つめてしまった。
内股にして腕を交差して隠そうとしている姿はとてもいじらしい。
「お父さん」
やばい。
リーリアの声に抑揚がない。
いい加減アナスタシアをからかうのはやめて作戦を考えよう。
……8階層は全体が海である。そしてモンスターは今のところ襲ってくる様子はない。今までの経験上リンクするモンスターのはずなので、ここで手を出せばすべてのモンスターと戦うことになるのは明白だ。
……手を出さずに一通り回るか?
いや……もし急に襲ってくるアクティブなモンスターがいれば、その時点ですべてのモンスターと戦うことになり不利な状態となる。
ならば……。
「ここを拠点としてモンスターと戦うのがいいかもしれないな」
そう判断した。
「うん、私もそれがいいと思う」
リーリアもすぐに賛成する。
「ねえベアル」
その時、不安そうなサリサが声をかけてきた。
「どうしたサリサ?」
「私……水中戦闘は初めてなのよ」
「……まじか?」
「…………ええ」
意外……でもないか。
魔族大陸は湖はあまりない。
海近くの町はあるが戦ったとしても船の上でだ。
そもそもサリサの武器は鞭であるため水の中での戦闘には不向きだった。
「あなた達は水中での戦いは慣れているの?」
「私たちは島でベアルさんに特訓してもらったときに水中での戦いも経験しています」
「むしろ積極的に海に入ってたよね~?」
「いつも海に放り込まれてたにゃ」
三人娘は感慨深く頷いた。
「ということはリーリアもよね?」
「うん、小さいころから入ってたからむしろ得意かな?」
「そう……レヴィアは言わずもがなよね」
「う、うむまあな」
レヴィアは人の姿のまま海で戦うのは慣れていないだろう。むしろ溺れかけていたのを俺は知っている。まあ、あれから練習して克服したようだが。
「アナスタシアはどうなの?」
「わ、私は……だ、大丈夫だぞ!」
アナスタシアは目をそらしている。
これは絶対に苦手だな。
どうやらサリサとアナスタシアは戦力外になりそうだ。
「わかった。ならば二人は自分を守ることだけに注力してくれ」
「ごめんなさい……でもすぐ水中戦闘になれてみせるわ!」
「ああ、無理はしないようにな。もし疲れたら島に上陸して休むんだ」
「わかったわ」
さて、戦力が分かったところで作戦を考えようとしたとき、俺の方をじっと見ているシャロと目が合った。
「どうしたシャロ?」
「う~ん……っていうか……べーさんがウルトラノヴァで海ごと吹き飛ばしちゃえば早いんじゃないかな~?」
確かにシャロの言う通り、それが一番手っ取り早い。
だがそれをやらないのには理由がある。
「そんなことをしたらお前たちの修行にならないだろ? 最終的には一人でこのダンジョンを回れるようになって欲しいと思ってるんだからな」
「へ?」
シャロは目が点になった。
「ここを一人で? ……いや、無理無理無理! そんなの無理だよ~!」
「今はな」
「今も昔も未来も無理だってば!」
「無理ではないぞ」
話に割り込んできたのはレヴィアだ。
「今は確かに無理かも知れないが、ベアルによる魔素増強により我々は無限に強くなれることがわかった。ならばいずれは攻略できるようになれるのではないか?」
その通りだ。
今は無理でも6、7か月後にはどうなっているかはわからない。
「にゃ~……そうなるとあたしとアナスタシアはダンナの魔素増強を受けられないから無理ってことになるにゃ……」
「わ、わたしはそんなのなくても強くなれるぞ!」
ジェラの発言に何故か顔を真っ赤にして焦っているアナスタシア。
「それについては俺に考えがある。お前たちも強くしてやれると思うぞ」
俺がそう言うと妻たちの視線が厳しく突き刺さる。
どうやら勘違いをされているようだ。
「いや……もちろんお前たちとは違う方法でだぞ!? 神力の仕組みが分かってきたから何とかなりそうなんだ」
俺の体液の中に微量の神力が常に流れている。
例えばシャーリからもらったキノコ。あれは食べた人に一時的に神力を宿すものだという。それはつまり物に神力を入れることが可能ということになる。であるならば食事で取り入れることによって魔素増強させることができるはずなのだ。
俺はダンジョンから帰還したさいにそれをやってみようと思っている。
それまでに神力の扱いをマスターしなければならない。
「まあ、とりあえずそれは後だ! 今はこの階層の攻略に集中しよう」




