178、カオスと神力
「皆さんにお話があります」
改めた口調でセレアがそう言った。
「カオスについてか?」
俺がそう言うとコクリと頷いた。
「皆さんは『神力』の存在を知りました。それを言ったのがシャーリお姉さまというのが残念なのですけどね……まあ、知ってしまったということは私も隠す必要がなくなったので気が楽になったという点では感謝いたしますわ」
後半は独り言のようになっている。表情からも複雑な思いがあるのが伝わった。
「それでカオスについての秘密とはなんだ?」
「……カオスの核についてです。単刀直入に言いますと、カオスの核は神力によって守られてますわ」
「そういうことだったか……なるほどな」
俺は納得した。
だが他の皆は呆然としていた。
「えっと……それってベアルさんしかダメージを与えられないってことですか?」
「あたしたちは無力ってことにゃ!?」
ナルリースとジェラの発言にセレアは首を振る。
「いえ、あくまでも神力に守られているのは核だけです。他の部分は打撃も魔法も通用しますわ。それに核にダメージを与えられるのはお父様だけではありません」
「セレアソードだよね?」
リーリアはそう言うとセレアの手を握った。
セレアはにこりと笑いかける。
「そうですわ。セレアソードはわたくし自身でもあるため神力を宿らせています。全力のセレアソードを核に叩きつけることができれば──」
「──カオスを倒せるんだね!」
「ええ、その為にリーリアとわたくしを核の所まで皆さんで導いてほしいのです」
カオスは巨大な体をもったスライムだという。
つまり俺たちの攻撃で穴を開けていって核までたどり着かなければいけないってことだ。
「なら最初の一撃は僕でも参加できるかもしれないね~」
「はい、ですからしっかりと修行して強烈な一撃を放てるようになってくださいね」
「うわ~セーちゃん言うようになったねぇ」
「うふふ」
開幕の一撃をまかされたシャロ。
少しげんなりしつつも顔はニヤついている。まったくやる気が無いというわけではなさそうだ。
「あたしも頑張るかにゃ」
「私も頑張ります!」
ジェラとナルリースの表情にもやる気が満ちている。
カオスについて現実味がわいたことで自分が何をすればいいのかがはっきりしたのだ。
「では先に進みましょう」
─
7階層にたどり着くとただの迷路のような道だけが続いていた。
どうやらシャーリがいなくなったことでゴーレムもいなくなったようだ。
一同はがらんどうとなった道を無言で突き進む。
「あっ」
誰かが声を上げた。
皆気にしないようにしていたのだが、ここは例の隠し通路がある場所だった。
「お、ここは例の隠し通路じゃないか。何か重要なアイテムがあるかもしれないし寄っていくか?」
アナスタシアがいつものように空気を読まずそう言った。
「いや、特に変わったものはなかった。先を急ごう」
俺がそういうと、「そうか?」と一言、それ以上は特に何も言わずアナスタシアは先を進む。
アナスタシアは気付いていないが後ろから伝わるリーリアの視線がかなりやばい。
アイテムがあるかどうかなんて分からないが、わざわざ蛇の道を歩くこともないだろう。
しばらく進んでいると階層魔法陣の前までやってきた。隣には帰還魔法陣もある。
ついに8階層へと行く時がやってきた。
「では準備はいいか?」
頷く皆を確認して、階層魔法陣の中へと入る。
3,2,1……。
視界がぼやけ、新しい場所へと転送されていく。
……。
そこは小さな島だった。
周りには大海が広がっている。
一周見渡してみるが海、海、海。
海以外は何もなかった。
自身が立っている場所はそんな大海にぽつんと浮いた島。
それも全員が転送されてきたらギュウギュウになってしまうほど小さな島だ。
次々に皆が転送されてくる。
そして一様に周りを見渡してから、「海しかないね」と呟くのだった。
全員が転送されてきてから数十秒。辺りを呆然と見渡すのに飽きた者からとある人物に視線が集まっていった。
「ふむ……皆は我になにかいいたいようであるな?」
レヴィアである。
かつて海王と呼ばれて恐れられていたリヴァイアサンにとってはこの階層はうってつけであると思ったからだ。
「私は見たことないのだけどリヴァイアサンであるならこの階層は楽なのではないかしら?」
誰も何も言わなかったのでサリサがそう言った。
その発言に対してレヴィアは首を振る。
「嫌なのだ」
「それはどうしてなのかしら?」
「我はもうリヴァイアサンの姿には戻らないって決めたからだ」
「どういうこと?」
サリサは俺の方に振り返ると、説明してと目で訴えてきた。
別に隠すことではないのだが、この話題には俺からは触れづらい。
「……俺はお前が元の姿に変身したとしても気にしないぞ」
俺は言葉を選んでそう言った。
だがレヴィアは納得がいかなかったのか頬を膨らませる。
「おぬしはそうかもしれないが我が気にするのだ! おぬしの前ではずっとかわいい姿でいたいって気持ちがわからぬのか!」
レヴィアはむすっと拗ねてしまい俺に背中を向けてしまった。
さすがにこんなストレートな言葉を浴びせられてしまっては俺は何も言えなくなってしまった。
「ごめんなさい。レヴィアの気持ちはよく分かったわ」
サリサもバツが悪そうにしていた。
……微妙な空気が辺りを包む。
俺はレヴィアの近くに寄ると、その小さい肩を抱いた。
レヴィアはそれを拒否せずに抱き寄せられた。
「悪かった……レヴィアのその気持ちは嬉しいよ」
「……うむ……分かればいいのだ」
きっとここが寝室ならこのままベッドへ倒れ込むだろう。
だがここは8階層。ダンジョンのど真ん中なのだ。
「じゃあウンディーネ作戦でいこうか」
「そうだな。我もそう思っていたのだ」
レヴィアは名残惜しそうに俺の腕から離れるとウンディーネを召喚した。
「やっほー! さっきぶりー! ってすごい海じゃんやったー!」
相変わらずハイテンションなディーネである。
召喚されるなり海に飛び込んで泳ぎまくっている。
「おいディーネ。俺達に水中呼吸をさせることはできるか?」
「え? うん水中呼吸のエンチャントね? できるけど……頭になにか装備してないと無理だよ?」
「む……水中呼吸は頭装備専用のエンチャントなのか?」
「そうだよ! まあタオルでもなんでも頭につけてくれればエンチャントできるよ!」
女性たちは皆、リボンやらなにやらを付けているので問題ない。何もつけてないのは俺だけであった。
「ベアルさん! いいものがありますよ」
ナルリースがそう言って手に持っているのは可愛らしいリボンだ。
……まさかこれを俺につけるとでもいうのだろうか?
「なにかあったかな……」
「だからこれがありますって!」
無視して何かつけるものを探していたのだが珍しくナルリースが強引にせまってくる。
「お父さん観念するしかないね」
「そうだよべーさん。素直になりなって」
俺の両腕をリーリアとシャロが掴む。
「いやだ放せ! 俺は水中呼吸などいらん風魔法で十分だ!!!」
もがく俺を二人はがっしりと掴んで離さない。
「ナルリース、もういいから着けちゃって」
「べーさん観念してね~」
「うわああああああああああ!!」
「……よし、ではいくぞ」
抑揚のない声で俺はそう発した。
後方にはクスクスと笑い声が聞こえる。
「……笑ったな? なら外すぞ!!」
「ごめんなさい! もう笑いませんから!!」
俺の頭には大きなピンク色のリボンが着いている。
はっきりいってかなり恥ずかしい。
街中ではとてもじゃないが歩けない。
「ベアル……とてもよく似合ってるわよ」
「サリサ……お前まで何を言うんだ……」
「いえ、本当よ。お化粧して女装したらなかなかいけるんじゃないかしら」
「そんなのまっぴらごめんだぞ……」
テンションがだだ下がりな俺でも、唯一の救いだったのはリーリアが、「やっぱりお父さんはカッコいいのが一番だね」と言ってくれたことだ。
俺はこの言葉を胸に刻み込み、足を奮い立たせたのだ。
「気を取り直していくぞ!!」
俺は皆の返事を待たぬまま海に飛び込んだ。




