18、冒険者ギルド
港町フォレストエッジは活気があった。
ここは魔族大陸や人間大陸との海の玄関口となっており貿易が盛んだ。武器や防具も最先端の物が取りそろっており種類も豊富でしかも安い。総じて食材も同じであり、俺がこの港町を選んだのもそれが理由だ。
そんな町を先ほどからキョロキョロとどこか落ち着かない雰囲気で見ている者がいる。
……まあ、リーリアなんだけどな。
人々の行きかう声、量、種族。
何から何まで始めての経験で、視線が忙しかった。
そんなリーリアを妖精の輪舞曲の面々は微笑ましく見ている。
町の入り口は三箇所あり、ギルドがあるのは西口の入り口近くのようだ。ちなみに俺達が来たのは北口である。
しばらく歩かなくてはいけなかったが、ナルリースが町の説明をしてくれた。それをきいてジェラやシャーロットが補足をしてくれていた。
そんな感じであっという間にギルドまで来てしまった。
妖精の輪舞曲に続きギルドの中に入る。
中には強そうな者から弱そうな者。種族も多種多様にいて、中々にぎわっているようだった。
その中を妖精の輪舞曲が堂々と進んでいく。
それを見た者達は尊敬、畏怖、好意などさまざまな視線を向けていた。そしてその後ろについて歩くリーリア見て、一人の大男がちょっかいを出してきた。
「おいおい、ジェラ。お前達は子守りの依頼でも受けたのか? それとも……シャロ! お前の子供かぁ?」
そう言ってシャーロットにイヤらしい視線を投げた。
「ちがうよ~それに僕はまだ処女だし」
「ちょっとシャロ! 無視してよね!」
恥ずかしげもなくそう言ってのけるシャーロットに何故か顔を赤くしているナルリース。そして少しイラついた様子のジェラ。
「お前みたいな雑魚が口出しすんにゃ。あたしにぼろ負けしたカスにゃのに」
ビックリするほど辛らつである。
「あんだと!? ジェラてめえ! あのときは油断しただけだ! もう一度やれば俺が勝つ!」
「……はあ、マジで無能なやつほど口だけは達者だにゃ。いいから黙っていろにゃ。お前には用がないにゃ」
ふんっとそっぽを向いてカウンターへ向かう。リーリアもおどおどと見ていたがそれに続いた。
そんな一連の流れがあった所為か、ギルド内が静まり返ってしまった。
なので、高く透き通った声のナルリースと元気いっぱいのギルド受付嬢の会話のやり取りが筒抜けになる。
「依頼を達成しました……ですが、今回は報酬だけ受け取りに来ました」
「ナルリースさんっ! 疲れ様です!! ……えっと、どういうことですか?」
「魔獣は倒しました。でも倒したのは後ろにいるリーリアという子供です」
「えっ!?」
「なので報酬は欲しいのですが、ポイントはいらないのです」
なるほど、馬鹿正直なやつだ。
わざわざ面倒くさい方法を選ぶとは。
自分達が倒したってことにしておけばギルドへの貢献ポイントが溜まるというのに……プライドが高いエルフらしいな。
報告しないのもダメだし、倒してないと虚偽の報告もできない。そうしたらまた依頼が貼られてしまうし、違約金もかかるだろう。
だから倒したというしかない。でも自分達は逃がしてしまった負い目があるので、お金もポイントも受け取れない。だからリーリアにお金だけ渡して欲しいというわけか。
俺だったら倒したと言って報酬もポイントももらった上で、お金だけ渡すだろう。
それをしないのは完全にナルリースの性格だ。
ジェラもシャーロットもそれに異論はないようなので、それがこの妖精の輪舞曲というパーティーの方針なのだろう。
「えっと……え? あの"黒いかまいたち"の依頼ですよね? え? そこの子供が倒したっていうんですか?」
「ええ、そうよ」
「あはは……ナルリースさんも冗談をいうんですね」
「本当よ」
「…………」
受付嬢はジェラとシャーロットにも視線を向けた。嘘ですよね? といった風に。
「本当にゃ」
「本当だよ~」
「ええええぇぇぇぇぇぇええええええ!!!!!!」
ギルド内に受付嬢の声が響き渡った。
「なんだ騒がしいのう」
受付の裏の階段から降りてきたのは白髪の年老いた魔族だった。だがその肉体は鍛えられていてぴっちりとした服の上から筋肉が盛り上がっているのがわかる。
『む、あいつは』
『え? お父さん知ってるの?』
『ああ、白髪になってるが、あのセンスの無い服は多分古い知り合いだ』
『ふえーすごい筋肉』
「あ、ギルド長! すみません大きな声をだしてしまって!!」
「本当だわ、耳がキーンってしちゃったじゃないの」
ナルリースはいつもキーンってしてるな。
「ふぉふぉふぉ、なんだか良くわからぬがまたお前さん達か」
「こんにちは」
「いえーい」
「今日はあたし達がメインじゃないにゃ、この子だにゃ」
ずいっとリーリアは前にだされる。
ギルド長がリーリアの顔をじっくりと眺めた。
「ほう、不思議な魔力をしておるな。なるほど、そしてこの子がどうかしたのかの?」
「あの……信じられないのですが、Bランクの依頼、"街道にでた黒いかまいたちの討伐"の魔獣を倒したみたいなんです」
「ほっほっほ、それはすごい才能だのう」
ギルド長のジジイは楽しそうに笑った。
周りの人は何笑ってんだこのジジイはといった風にシーンとしている。
みんな「そんなわけないだろ」とリーリアが魔獣を倒した事実を認めていない。
「依頼は達成されたのじゃろ?」
「あ、はい。耳も確認しましたので間違いなく倒されています」
「ならいいじゃろ。万事おっけーじゃ」
「まあ……そうなんですけどね」
どうやら無事に騒動は収束しそうである。
……と思ったら、
「いやいや、倒せるわけないだろうが! 妖精の輪舞曲の方々よおぉ。もしかしてそのガキの冒険者ランクを不正して上げようってんじゃないだろうなあ!?」
先ほど難癖をつけてきた大男のつれの細い男がそう声を上げる。
するとギルド内がざわめき立った
嫌な空気になってきたな。
そもそもリーリアは冒険者登録をしていないから不正もなにもないんだが。
妖精の輪舞曲の面々もそう感じたようで、この空気をどうにかしようとナルリースが声を上げようとしたその時────
ズガッシャァァッァン!!!!
ジェラの斧が床をぶち抜いた。
「お前らうるさいにゃあ」
シーン
その一言でまたもやギルド内は静かになる。
するとふんっと斧を引き上げると、リーリアの肩を抱き寄せ、
「この子、リーリアはあたしに勝った女の子にゃ!!!」
高らかにそう断言した。
ギルド内にいる者は信じられないといった顔をするが、ジェラが嘘を言わないという事も知っている。
「ほう、なるほどのう」
その中でギルド長だけは目を光らせているのだった。
なんだか妙な感じになりすぎて、このままお金をもらって去るのも今後に響きそうでどうしようかと思案していたところ、ギルド長が、
「リーリアとやら……冒険者に興味はないかの?」
「冒険者?」
リーリアも気まずいからかその言葉にすぐに反応する。
「そうじゃ。実は今な、魔獣が何故か活発になっておる。なので討伐の依頼が頻繁にあって人手がまったく足らん状態じゃ。だから強い者は一人でも多いほうがいいのじゃ」
「そうなんだね、でも……」
「でも……なんじゃね?」
「私ここに住んでないから、たまにしかこれないと思うよ?」
「はは、大丈夫じゃ。冒険者登録さえしておけば、来た時だけでも魔獣退治をしてくれると助かる」
『お父さん、どうしよう』
『俺はいいと思うぞ、金を稼ぐ方法がなかったから丁度いいしな』
『わかった』
リーリアにお金を稼いでもらうというのはかっこ悪いのだが、俺が島からでられない以上それしか方法がない。何をするにせよリーリアに頼るしかないのだ。
「わかった。私冒険者になる」
「ほっほっほ、そうかそうか助かるのう」
リーリアとギルド長は笑顔で握手をする。
それを見ていた大男達は、
「いやいや! ダメだろ!! まずは試験をしないとだろ!? ていうか試験に受かると思えねえ! お前は冒険者になれねえよ!」
「そうだそうだ! 不正で冒険者になろうなんて妖精の輪舞曲! お前らも見損なったぞ! やっぱりグルだったんだな!」
頭の悪い連中が騒ぎ出した。
ジェラの頭の血管が切れそうである。
「安心せい! ちゃんと試験はする! そうだな、そこまで言うならお前が試験官をするのじゃ」
「へっ! いいのかい俺で? 怪我させちまってもいいんだよな?」
指名されたのは大男である。
嬉しそうに舌なめずりをするとリーリアを見た。
汚らわしい目で俺の可愛いリーリアを見るな!!!
「それじゃ裏の試験会場まで移動じゃ」
ギルド長の一言でぞろぞろと移動する。
関係ない者たちも野次馬根性よろしくでほぼ全員移動した。
移動の途中で会話が聞こえる。
「最悪なやつに目をつけられちゃったなあの女の子……」
「可哀想に……あんなんでも実力はあるからでかい顔しているんだが、本当に嫌なやつだよな」
「女の子に怪我がなければいいな」
「大丈夫だろ、なにかあれば妖精の輪舞曲が止めるさ」
「でも本当に黒いかまいたちを倒したのかなあ」
「それは何かの勘違いじゃないか?」
などなど、好き勝手話してるんだが聞こえてるんだよなあ。
ギルドの裏口からでるとそこは広場があった。ここが試験会場か。
『まあ、馬鹿はぶっとばしても治らないというが黙らせることはできる。思う存分やっていいぞ』
『うん! 私もむかついてるからぶん殴る!!』
そして試験会場の真ん中で向き合う二人。
「謝って土下座するなら今のうちだぜぇ? 可愛い顔に傷がつかないうちになぁ!」
「はあ……お父さんの言ったとおりだ」
「…………あ?」
「馬鹿って本当にいるんだね」
「ぶちころす!」
大男は走る。
「あっ! まだ開始っていってないですよ!!!」
受付嬢が叫ぶが、大男は聞く耳を持たない。
「……はあ」
ため息をつきたい気持ちはわかる。
こいつすごい遅い。
大剣を持って走っているのだが、こいつの力量にあっている剣だとは思えない。
「ふはは! 怖くて動けないようだなぁ!!! くらえ!!!」
大剣を振り下ろす。
だがリーリアには当たらない……いや、手でその大剣を受け止めていた。
「なんだとっ!!!!」
「……弱すぎ」
リーリアはあいた方の手で、思いっきり腹を殴った。
「ぐげええぇぇぇぇ!!!!!!」
大男はよろめき倒れる。
口からは白い泡を吹いて白目をむいていた。
「うおおぉぉぉぉぉっぉお!!!! 女の子が勝った!!!!」
「ズンダーーーー!!!」
色めき立つ観衆と細い男の悲鳴。
どうやらズンダという名前らしい。どうでもいいから3秒で忘れるだろう。
「さすがリーリアにゃ。ていうか弱すぎて実力も測れないにゃ」
「そうね、さすがに酷すぎるわ」
「ゴミだねぇ」
三人共、ゴミを見るような目で大男を見下ろしていた。
もし大男がMだったら喜びそうだ。
「ううむ、さすがにこれじゃ試験にもならないのう」
ギルド長も頭を悩ませてしまう。
だがすぐに何かを閃いたようで、
「あ、じゃったらわしと戦うか?」
静寂。
騒がしかった観衆もその一言で静まり返る。
妖精の輪舞曲の面々も汗をにじませ、苦虫を噛み潰したような顔をした。
『みんなどうしちゃったのかな?』
『……あいつは物凄く強いぞ』
『え? そうなの?』
『俺が以前言った、リヴァイアサンを倒せる人物の一人だ』
『えっ!?』
リーリアにも緊張が走る。
だがギルド長もその空気には耐えられなかったようで、
「……嘘じゃよ嘘! さすがにまだ戦うにはちょっとな、あと5年もすれば楽しくなりそうなんじゃがなあ……はぁ、ベアルがいれば楽しいバトルもできるのじゃが」
「!!!!! お父さんを知ってるの!?」
「!? 何じゃと? 今なんといった?」
「ベアルは私のお父さんだよ!」
「なんとそうだったのか! ていうか生きておったのか! ふぉふぉふぉ! しぶといやつだとは思っていたが……そうかそうか!」
ギルド長──ディランは昔の仲間だったやつだ。




