175、機嫌は最悪
ダンジョンを出てすぐに宿へと向かう。
ああ、早くリーリアに会いたい!
「ちょっとべーさん待ってってば~」
はやる気持ちが抑えきれずに早歩きとなる。
相変わらずこの場所は人々で行き交い活気がある。だが今はそれが邪魔に思えた。
「俺の手に捕まれ」
「えっ……わっ!」
「舌を噛むなよ」
天井すれすれをジャンプして移動する。
シャロをお姫様抱っこしているものだからやけに注目された。
「よし到着だ」
「はわわあ~」
ものの数秒で宿に到着すると、シャロを地面におろし、玄関の扉を開け放つ。
「帰った! リーリアはいるか?」
「あら? ベアルさん久しぶりじゃないの」
すっかり顔なじみとなった宿の女将と視線が合う。
「女将よ久しぶりだな。それよりもリーリアは?」
「いや、みかけていないねえ……そういえば最近は外にも出てないんじゃな──」
「──そうかわかった」
女将の台詞をさえぎるように部屋へと急ぐ。
俺たちは4つの部屋を借りているので順番に開けていくことにした。
「リーリア!」
最初の部屋には誰もいなかった。
次だ。
「リーリア!!」
次の部屋の扉を開け放つ。
するとベッドに横になっているリーリアと椅子に座って驚いたようにこちらを見ているジェラがいた。
「ダンナ! 戻ったにゃか!」
「ジェラ! リーリアはどうかしたのか!?」
「大丈夫、寝てるだけにゃ」
俺たちが五月蠅かったせいかベッドで寝ていたリーリアがもぞもぞと動き出す。
「んぁ……お父さんの声が聞こえた気がする……」
「リーリア! ダンナが戻ってきたにゃ!」
「ジェラ……お父さん? ──お父さん!!!」
バッとベッドから飛び起きると俺に向かって飛びついてきた。
「お父さん! お父さん!!」
「リーリア! すまない今帰ったぞ!」
胸に顔を埋めてぐりぐりとおでこを擦り付けてくる。
俺はリーリアの頭を優しく撫でた。
「お父さん……」
リーリアの動きがピタリと止まる。
「どうした?」
俺がそう言うとリーリアは顔をゆっくりと上げる。
「──あの女の匂いがするね」
リーリアの目は死んでいた。
上目遣いに見上げているが睨んでいるようにも思える。
「……あの女とずっと一緒にいたんだ。でも帰ってきたってことはあの女の人格が死んでシャロが戻ってきたってことだよね?」
俺は何も言えなかった。
シャロの中にシャーリがまだ残っているなんて今のリーリアには伝えられない。
「ああ、臭い……臭いよお父さん。せっかくの再会なのにお父さんからは悪臭しかしない……」
「……リ、リーリア」
リーリアは俺の上着をひっぱり前をはだけさせると、上着と肌を交互に匂いを嗅いだ。
「うん、やっぱりお父さんの肌に臭いが染みついちゃってる」
「そうなのか? お父さんには分からないんだが……」
リーリアはひとしきり匂いを嗅ぐと、閃いたとばかりにニコッと笑顔を向けた。
「そうだ! お風呂に入ろ? 一片たりともあの女の痕跡を残さないように綺麗に洗い流そ? うん、そうしよ! じゃあ私女将にお風呂借りるって伝えてくるね」
リーリアはそう言って部屋を出て行った。
ここの宿はそれなりにいい宿なのでお風呂専用の部屋というものがある。そこはお金を払えば泊り客なら誰でも使えるっていうやつだ。
まあ、そんなことよりも……
「ジェラ……リーリアはずっとあんな感じだったのか?」
「そうにゃ……この4日間、リーリアはずっとこの部屋であの女のことを────言ってたにゃ」
ジェラは声を詰まらせ言葉を選びながらそう言った。
「そうか……ジェラがリーリアを見ててくれたのか?」
「交代で見てたにゃ。今は出かけてるけどレヴィアやナルリース、それにアナスタシアも心配してたにゃ」
「そうだったか……すまなかったな」
「気にするにゃ。リーリアはあたしたちの妹にゃし」
本当に皆がいてくれてよかった。
俺は改めて皆に感謝をする。
「あの~……僕、リーリアに無視されたんだけど……」
泣きそうな顔で部屋に入って来るシャロ。
廊下ですれ違った時にどうやらスルーされてしまったようだ。
「今はリーリアも感情が追いついていないにゃ。落ち着いたら元に戻るにゃよ」
「うぅ~そうだといいなぁ」
そんなことを話していたらリーリアが戻ってきた。
「お父さん! 入れるって!」
「あ、ああ分かった」
ジェラとシャロに目配せをして、リーリアの後に続いた。
風呂部屋につくと、リーリアも早速脱ぎだした。
「リーリアも入るのか?」
「うん、もちろん! そういえばここ数日お風呂に入るの忘れてたから」
部屋から出なかったというのはジェラから聞いていたが風呂にも入らなかったのか。
だが突然どうしたのだろう。
普段は恥ずかしがって一緒には入らないのだが。
……まあいいか。
俺が服を脱ぎだすとリーリアはじっと睨みつけるように見つめていた。
「どうかしたか?」
「………………がついてるから本当に綺麗にしないとね」
「ん? なんだって?」
「ううん、なんでもないよ!」
今何か呟いていたような気がした。
あまりにボソッというものだから聞き取れなかった。
「じゃあ背中流してあげるね」
「~~~~~~ッ!!!」
リーリアに全力で体をこすられた。
正直死ぬほど痛かったが、リーリアの表情がかなり怖かったので必死に我慢した。
風呂から出るといたるところに血がにじんでいた。
まあ、リーリアは上機嫌となったので良しとしよう。
いてて。




