174、神の力
現実に意識を覚醒させると俺はベッドで眠っていた。
台所からは鼻歌を歌いながら料理をしているシャロがいる。
……いや、本当の名前はシャーリだったか。
ベッドから起き、無造作に投げ捨てられていた服をきた。
「あ、べーさん起きたの? 今作ってるから待っててね~」
……あれからどれくらいの時が過ぎたのだろう。
かなり生活感のある部屋となっているので少なくとも数日はたっていそうだった。
「料理はいらない。話があるからちょっと来てくれないか?」
「え……でも……」
「いいからこい」
俺がそういうと不安そうな表情をしたシャーリがやってきた。
「べーさんどうしたの?」
「もう全部思い出したから芝居はいいぞ」
シャーリは驚いたような顔をしたあとにはぁ~と深いため息をつく。
「随分と早かったですのね……一か月はいけると思っていたんですけど」
「まあな……で、何日経ってるんだ?」
「四日間ですわ」
「そうか」
記憶を辿るのに随分とかかってしまったな。
「それでお前は何がしたかったんだ?」
「お父様……シャーリと名前で呼んでくださいませんか?」
「それはお前の態度次第だ」
「むぅ~意地悪です!」
「いいからさっさと目的を答えろ!」
俺が本気で怒ったふうに口調を荒げるとシャーリは悲しそうな顔をした。
「……私はただ、お父様とちょっとの間だけでも愛し合いたかっただけなんです。それ以外の目的はありません」
「なぜ俺と?」
「それはお父様が妹のセレアばかり可愛がるからです。私だって可愛がって……愛して欲しいのに!」
シャーリは泣いていた。
その言葉には嘘が無いようにおもえる。
だとしても俺には自覚もないし、シャーリのやったことを許容できるほどお人よしでもない。
マイナス面が大きいが、だからと言ってどうにかしてやろうとも思えない複雑な感じだった。
それはきっとシャーリがセレアと同等の存在だということが関係しているだろう。
「シャロの体は返してもらえるんだろ?」
「……はい、ですが問題がありまして……」
「なんだ?」
「私もこの子の体に残ることにはなります」
「どういうことだ?」
「私の体は既にありません。お兄様に頼んでここ7階層に思念という形で住まわさせてもらっていたのです。そしてこの子が7階層に来て波長が合ったため融合してしまったのです」
「融合だと!?」
「はい、私のほうがすべてにおいて上回っていたために今は表面に立っていますが……」
「意識して引っ込むこともできるんだろう?」
「……はい」
つまりはアナスタシアとフェニックスのようなものだろう。
フェニックスも格上なのだが自我を殺してアナスタシアの力となっている。
ん……ということは……
「もしかしてお前の力はシャロも引き出せるのか?」
「はい」
それが本当ならばこれ以上ない戦力となるだろう。
パーティーの強さランキングがひっくり返ってしまうのではないだろうか。
シャロが強いだなんて違和感しかないのだが。
「お前が言ってた感謝されることになるっていうのはそれのことだったのか」
「……それもありますが、もっといいこともありますよ。うふふ」
「それはなんだ?」
「ところでお父様は子供ができにくいと思ったことはありませんか?」
突然話が切り替わった。
だがきっと関係のあることなんだろう。
俺は正直に答える。
「中々できないなとは思っている」
「実はお父様は人の持っていない特別な力があるので子供ができにくいのです」
「そ、そうだったのか?」
意外な真実を告げられる。
確かに今まで色々な女性と交わってきたが子供ができたことはない。だがそれは魔族の特性だと思っていた。
しかし特別な力とはなんだろう。
「はい。それは『神力』といって神々が使う力なのです」
「神力だと!?」
「お父様は何か人ができない技とかを持ってたりしませんか?」
「……あるな」
──魔力吸収。
確かにそんな能力があるのはおかしいと思っていた。だが神の力というくらいだから魔力吸収ができることの辻褄はあう。
それと俺の体液で魔素の限界値が上がるというのも神力が関係しているのならば理解できる。
「うふふ、実際に私も体で感じました。お父様には尋常ではない神力があるって……この数日間でこの子も成長しましたし……できましたからね」
シャーリはそういうとニコッと笑った。
……ん?
できたってまさか!?
「もしかして……子供か?」
「はい」
複雑な感情だった。
素直に子供ができたのは嬉しい。
だが俺とシャロのあずかり知らぬところでできてしまった。
それがどうしてももやもやするのだ。
「……しかし子供ができにくいのに何故突然できたんだ?」
「それは私も神力を持っているからですわ」
「そういうことか」
つまり神力を持っている者同士でしか子供が作れないのだ。
それは魔族と人間が子供を作れないのと一緒だ。
人はそれぞれ一つの力しか持っていない。
二つの力を持っているという方が稀であることなのだ。
「……ちょっと待ってくれ……ということは俺はシャロとしか子供を作れないってことか?」
「妻の中ではそうなりますね」
「妻の中では? まるで他にはいるみたいな言い方だな」
「いますよ。パーティー内に一人」
妻となっていない者はリーリアとセレアを除いて二人だけだ。
アナスタシアとジェラ……まさか。
「フェニックスと融合したアナスタシアも神力を持ってますわ」
やはりそうか。
とはいってもその為だけにアナスタシアと妻になるなんてことはできない。
そもそもリーリアの姉であると知った時から俺の中ではそういう対象ではなくなったのだ。
ならば今の妻たちとどうやったら子供が作れるようになるのかを考えた方が健全的だろう。
「いや、アナスタシアはありえない。今の妻と子供を作りたいのだか何か方法を知らないか?」
俺がそう聞くと、シャーリは意味深な笑いをした。
「お父様が私の事をシャーリと呼んでくれて、なおかつたまに夜の相手をしてくれるのであれば教えて差し上げます」
「取引という訳か」
「だってそうしないとお父様……一生表にでてくるなっていいそうですもの」
「はあ、わかったよシャーリ」
「あはっ! 嬉しいです!!」
シャーリは子供のような眩しい笑顔をして抱きついてきた。
こうした姿を見るとなんだか本当に父親なのかもしれないなという実感があった。
「実はここの裏庭にキノコが生えているのですが、そのキノコには私の力を少し込めてあるのです。それを食べれば一時的に神力が宿りますから子供もできるはずです」
「キノコは食べても大丈夫なんだよな?」
「お父様に食べてもらったのは私の力をかなり凝縮して込めたきつ~いキノコでしたから」
「……だからあの時精神がおかしくなったのか」
「はい、愛情たっぷりでしたからね」
「あほかっ! かなりヤバかったぞ」
「いたっ」
軽くデコピンをかましてシャーリを叱る。
だが当の本人はへらへらと笑っている。
「えへへ、お父様に構ってもらえて嬉しいです」
どうやら逆効果のようだ。
ていうかそこまで愛情に飢えていたのは俺のせいなのか?
お父様と呼ばれていた俺の知らない俺がシャーリを追い詰めてしまったのだろうか。
「……一つ聞きたいのだが、記憶の奥底に知らない膨大な記憶があった。そこを探ればシャーリたちとの関係が分かるんだよな?」
「……はい、ですが今はやめておいた方がいいと思います。10階層にたどり着けばおのずと分かるようになるでしょう」
10階層……どうやらそこがSSS級ダンジョンの終着点のようだ。
ならば記憶の断片は楽しみにとっておくことにしよう。
探るとしても時間がかかるからな。
今は帰ってリーリアを安心させることが先決だ。
「わかった。今回のシャーリの行動は大目に見よう。俺にも原因はあったようだからな。だがこれからは俺に協力してもらうぞ?」
「はい! もちろんですお父様!!」
「じゃあそろそろシャロに替わってもらってもいいか?」
「……寂しいですけど仕方がないですね。約束待ってますよ?」
「ああ」
その瞬間、フッとシャロの表情が変わった。
それはいつも通りのぼけーっとしている表情だった。
「あれ~? べーさんなんでここにいるのぉ?」
間の抜けたような声に俺は安堵する。これはシャロだ。
「まあ、いろいろあってな……話すと長くなるからとりあえず一旦町に帰ろうか」
「え? 皆はどこにいるの~?」
「それも含めて皆がいるところで話す」
「ぶー! べーさんのけち~! わかったよぉ」
何もわからなくて不安だろうがダンジョンはすぐに抜け出せる。
宿までは数十分もかからない。
俺とシャロは裏庭に行き、生えているキノコを採取するとすぐにダンジョンから帰還した。




