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172、新たな存在



 レヴィアの怒りの声が響き渡った。

 驚いていた二人だったが、シャロは恥ずかしそうに布団を引き寄せその裸体を隠した。ベアルはすぐに通常の表情へと戻り、シャロに何かを呟くとベッドから降りた。

 もちろん裸であるため男の象徴が強調されているがベアルはそんなことは気にしていない様子だ。


「あ、あんなに大きいのか……」


 ぼそっとつぶやくアナスタシアの声が聞こえた。

 リーリアはちらっとそちらの方をみると、顔全体を手で覆い隠しながらも指の隙間からガン見して生唾を飲んでいるアナスタシアがいた。

 相変わらずだなとリーリアは思いながらも、ツッコミを入れる空気ではなかった。

 状況が状況だけに空気は張りつめており他の皆も言葉を発しなかったのだ。皆、ベアルの発言を待っている。 

 ところが当のベアルからの反応は、予想に反した最悪なものだった。


「……お前たちは誰だ? 人の家に勝手に入って来るとはいい度胸だな」


 リーリアは言われた意味が分からずに困惑した。

 そもそも、ベアルの視線には敵意が込められていた。

 これはリーリアにとって一度も向けられたことのない視線である。

 誰だという言葉も深く傷ついたが、リーリアにとってはこの視線の方がはるかに堪えたのだった。

 

 リーリアは皆の様子もチラリと見たが、同様に困惑している様子だった。

 ベアルはゆっくりと歩きながらこちらへと近づいてくる。

 その歩みにはスキがなく完全に警戒されているようであった。


「お前たちは何者かと聞いているんだ……女、子供といえど返答次第では容赦はしないぞ」


 もう一度はっきりとそう言った。

 改めてそう言われてやっと脳が追いついてくる。

 ……ベアルはここにいる者たちを知らないと言い放ったのだ。

 リーリアはあまりのショックのため、頭が真っ白になった。

 すると横で声を上げる者がいた。ナルリースだ。


「わ、私たちのことを忘れたっていうんですか!!? 私たちはあなたの妻なんですよ!」


 叫ぶようにそう告げたのだが、ベアルは眉間に皺を寄せた。


「何をふざけたことを……俺の妻はここにいるシャロただ一人だ!」

「いえっ! 私やレヴィア……サリサさんもあなたの妻なんですよ!」

「なんだと?」


 ベアルは足を止め、一人一人の顔をじっくりと眺めていた。

 そして最後にリーリアの顔を見たとき、ベアルの顔が歪んだ。


「ぐっ……頭が……」


 苦しそうに頭を押さえその場にうずくまる。


「ベアルさんっ!」


 ナルリースが走り出し近づこうとしたその時。


「べーさん大丈夫?」


 いつの間にかベアルの後ろにシャロが立っていた。

 誰もがその動きに気付けなかった。

 気がついたらそこにいたのだ。

 シャロはベアルの肩を優しく抱く。


「なにも気にしなくていいんだよ……べーさんは僕だけを見てればいいの」

「……シャロ……ああ、そうだな。ありがとう」


 シャロは優しくベアルの頭を撫でながらこちらに向かってゆっくりと顔を上げた。


 ────っ!


 シャロは笑っていた。

 いや、ニヤついていたというのだろうか。

 普段見せるふざけた笑いなどではない、とても陰湿な笑いであった。


 その笑いを見た皆は確信する。

 こいつはシャロではないと。


「あなたは誰なの!!? シャロとベアルさんを返して!!」

「……え? 僕はシャロだよ? ナルリースってば僕の顔を忘れちゃったの?」


 シャロは先ほどの陰湿な笑いから普段のようなやる気のなさそうな笑顔を見せた。

 

「だ、だってあなたさっきの動きも可笑しいわよ!? 急に移動したと思ったら変な笑いまで見せるし……」

「えっと……もしかして嫉妬してる? ごめんねべーさんはもう僕の事しか分からなくなっちゃったみたいなんだ。だから僕がここで一生面倒を見るから先に進んでいいよ?」

「嫉妬なんかしてないわ! そんなことよりも話をはぐらかさないで! あなたはシャロではないんでしょ!?」

「僕はシャロだよ? なんなら昔話でも聞かせてあげようか?」


 そう言ってシャロはジェラとの出会いから妖精の輪舞曲フェアリーロンド結成までを簡潔に話して見せた。


「……ほ、本物なの?」

「だから言ってるでしょ~」


 3人娘の間に記憶の齟齬そごはない。

 だからといって油断はできなかった。今のシャロの言動には不審な点が多すぎる。

 シャロが話している間、リーリアは感情の整理ができたおかげで冷静を取り戻すことができた。

 そしてある疑問をぶつけることにしたのだ。


「シャロは私からお父さんを奪おうとしているの?」


 単純だがとてつもなく深い意味が込められていた言葉だった。

 リーリアは冷静かつ静かな口調でそれを問いただす。

 シャロはしばらくの沈黙のあとこう答えた。


「うん、べーさんはもう僕のものだから」


 その瞬間、リーリアの魔力が爆発した。

 いや、正確に言えば弾けるように放出されたというのだろうか。

 綺麗な弧を描くように抜かれた九星剣がシャロに叩きつけられようとしていた。

 だがその九星剣はシャロの頭上でピタリと止まる。


「俺の嫁に手を出さないでもらえるか?」


 ベアルだった。

 軽々と受け止められた九星剣はそのままリーリアごと空中に持ち上げられた。

 それによってベアルとリーリアの顔が一時的に近くなる。

 

「……ぐ……」

「お父さん!」


 ベアルは再び苦悶の表情をすると手で顔を覆った。

 リーリアはたまらず大好きな父に抱きつこうとした。だが──


水球ウォーターボール


 脇腹に強烈な一撃を受け吹き飛ぶリーリア。

 いつの間にか服を着て杖を構えているシャロがいた。

 

「リーリアッ!」


 咄嗟にレヴィアが飛び出しキャッチしたおかげで壁への激突は間一髪免れた。

 だが油断したところに受けた攻撃だったのでかなりのダメージを受けていた。


「シャロ! あなた!! やっぱり偽物ね!!!」


 ナルリースが激怒する。

 

「何言ってるの~? 僕は僕だって言ってるのにぃ。今のだって最初にリーちゃんが攻撃してきたんだし正当防衛だよ?」

「もうだまされないんだから!! 

 

 即座に炎槍ファイアーランスを発動してシャロに向かって放った。

 だが、シャロは防ごうとはせずにニヤニヤとこちらを見ているだけだった。

 そして着弾する寸前、ベアルが手を出して炎槍ファイアーランスを受け止めた。


「ベアルさん!!? なんでっ!」

「だから言ってるじゃん。べーさんは僕の旦那さんなんだから!!」

「あなたは黙ってて!! ベアルさん正気に戻ってください!!」


 片方の手で顔を抑えながら苦悶の表情を浮かべているベアル。

 だが体はシャロをかばうように陣取っていた。


「シャロは俺の嫁だから守るんだ……」

「ベアルさん!!」

「ふふふふ、ああ、べーさんは本当に僕のことが好きなんだね」


 シャロは後ろからベアルに抱きつくと顔を強引に振り向かせてキスをした。

 それは愛を確かめ合うというよりは単純に見せつけるための行為にすぎないように思えるほど雑なものだった。

 その行為を何の抵抗もなく受け止めるベアル。その表情はすべての感情が無くなっているように思えた。


「そこまでですわシャーリお姉さま」


 今まで静観していたセレアがそう言いながら前にでてきた。

 視線は今までに見たことないほど険しく、まるで敵を見つめるような表情だ。


「あら……もしかしてあなた……セレア? はあぁ……つまらない展開になっちゃったわ」


 明らかにさっきのニヤニヤした表情とは違い、おもちゃを奪われたような落胆した表情を見せる。言葉遣いもさっきとは違って素が出ているようだ。


「セレアどういうことなの?」

「……こうなってしまっては多少は話さないといけないようですね」


 セレアはため息をつくと語りだした。


「私とシャーリお姉さま……いえ、私たちは9人兄妹なのです」

「どういうこと?」


 リーリアがむくりと何もなかったかのように立ち上がりセレアに近づく。


「やはり無事だったようですわね。よかったですわ」

「うん、へっちゃらだよ! それよりも兄妹って?」


 ダメージを受けてはいたのだが致命傷ってほどではなかった。油断させるつもりで気絶していたふりをしていたのだ。

 でも話の流れが変わったことで意味が無いと思い、リーリアも話に加わろうとおもったのだ。


「私はこの星の精霊……いえ星そのものだといいましたよね? この星の外には私の兄妹といえる星が8つあるのです。つまりシャーリお姉さまは私と同格……いえ、それ以上の存在なのです」


 とんでもない話だった。

 皆もその話を理解するのに多少の時間が必要だった。


「あらあら、その話をただの人に聞かせていいの? あとで怒られてもしらないわよ?」

「……お姉さまが誘惑しているその方、誰だか分かってますよね?」

「ふふふ、もちろんじゃない」

「そうですか、ならいいです……ちなみにシャロは生きてますよね?」

「私が殺すとでも?」

「思ってませんわ」


 セレアはそう言ってため息を深くついた。

 

「という訳で皆さん……絶対に敵いませんので先に進みましょう」

「え? なんで!」

「どういうことなの!?


 リーリアはもちろんナルリースも納得がいかなかった。


「お姉さまは性格は問題がありますけど、人をむやみに殺すようなことはいたしませんわ……私たちの目的も分かっているはずですので飽きたら解放してくれるはずです」

「あら……ちょっと見ない間に聞き分けのいい子になったじゃない」


 セレアとシャーリは勝手に話を進めていた。

 納得のできないリーリアとナルリースは二人の間をさえぎるようにして立つ。


「ちょっと待って! なんで? お父さんとシャロを取り返さないと!」

「そ、そうよ! それにシャーリって人が本当にベアルさんとシャロを返すだなんて保証もないじゃないの!」

「……では皆さんに聞きます。シャーリお姉さまとそれを守るお父様を力ずくでねじ伏せて言うことをきかせる自信がありますか?」

「うっ……それは……」


 セレアはリーリアとナルリースだけでなく周りを見渡した。

 レヴィアもサリサも険しい表情をするだけで何も言わなかった。

 

「それにシャーリお姉さまもこの世界が危険だってことは分かっています。そしてあまりやりすぎたらお父様に嫌われるってことも……ですよね?」

「……ふん」


 シャーリは面白くなさそうにそっぽを向いた。


「それで何日くらいでお父様を開放してくれますか?」

「…………はあ、面白くないけどきっとすぐに開放することになるわ……さすがはお父様っていったところかしら。あまり洗脳が続かなそうなの」

「あらそうですか。だそうです皆さん。ならとりあえず一旦町に帰りますか?」


 セレアはそう言うが、リーリアは納得していなかった。

 ちょっとの間でも父を意味の分からない女の元に置きたくなかった。

 でもセレアのいうようにリーリアでは実力が足らな過ぎてどうすることもできないのだ。

 

「本当にお父さんを返してくれるの?」

「近いうちにそうなるわ……それとあなた、私に感謝しなさいよ」

「え?」

「この体はシャロって子そのものなんだからね。あのとき切り倒してたらこの子も死んでいたんだから」

「え……本当に?」


 偽物だと思っていたのだが体だけは本物だったようだ。

 途端にリーリアの体の血の気が引いた。

 

「はあ、せっかく面白いところだったのに水を差されたわ……まあ、これからしばらくの間はお父様と楽しめるけどね」

「……シャーリお姉さま……あとで怒られてください」

「ふふふ、むしろ感謝されることになるとおもうけどね」

「?」


 シャーリはそれだけを言い終わると、こちらのことはもう気にしないといった風にベアルにくっつきいちゃいちゃとしだした。

 リーリアはそれが嫌で嫌で仕方なかった。

 

「帰りましょう……」


 セレアはくるりと回れ右をし、出口へと向かう。

 皆もぞろぞろとそれに続いた。

 リーリアは最後に振り返る。

 そこには無表情になった父と、シャロの姿をしたいやらしい女の姿があった。


 拳を強く強く握りしめる。

 したたる血が部屋の床を赤く染めた。

 この時のリーリアの表情を見たものはいないがいたらこう言うだろう。

 この世の終わりだと。




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