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170、幸せな世界



 俺は目の前にいたシャロのような存在に手を伸ばす。

 胸倉を掴み持ち上げた。


「お前は偽物だな」


 きっとドッペルゲンガーに違いない。

 奥には扉があるからそこに本物のシャロがいるのだろう。


「ぅ……く、くるし……」


 苦しそうに顔を歪めるドッペルゲンガーに一瞬手が緩みそうになる。


(くそっ! シャロの顔で苦しそうにするな!)


 俺は極力顔を見ないように持ち上げたまま奥の扉の前へと移動した。


「ここに本物がいるんだろ?」

「ぅ……なに……?」


 全く意味が分からないといった風な表情でドッペルゲンガーは涙を浮かべていた。


(何故だ……何故さっさと正体を現さないんだ! ……その顔で泣かないでくれ! くそっ!)


 俺はさっさと正体を暴くためにその扉を開けた。


「こ、ここは!?」


 俺は目の前の光景に愕然とする。

 咄嗟に掴んでいた手が緩んだ。

 下の方でドサッと音がしたが俺は目の前の光景に目を離せなかった。


「な、何故……いったい何が……」


 扉の先にあったものは浜辺だった。

 目の前に大海原が広がっており、後ろを振り返ると木々があった。

 扉の後ろには何もなく、ただ扉だけが一枚そこにある。

 そして、俺は信じられないものをみた。

 

「あれは……俺が建てた小屋!!?」


 走って近づいてみる。

 間違いない……これは俺が建てた小屋だ。

 中に入ってみるが細部までも全く同じだった。

 小屋の外にでて改めて周りを見渡した。

 間違いない……ここは俺が封印されていた島だ。

 

 呆然としているとシャロが歩いてきた。


「べーさん酷いよ! いきなり胸元を掴んで持ち上げるなんて!」


 シャロは怒っていた。

 だが俺は悪いという気持ちよりも意味が分からないという考えで頭がいっぱいだった。

 

「もう~! 聞いてるの!?」


 むすっとした表情をして顔を近づけてくる。

 シャロの吐息で俺は少し正気に戻った。そして冷静に考えると胸倉を掴むのはやり過ぎた思ったので謝罪をすることにした。


「す、すまないシャロ……苦しかったよな」

「本当に苦しかったんだよ~! 首絞めプレイは嫌いなの!」


 こんな時でもシャロはシャロだった。

 同時に本物のシャロなのではと思った。

 すると急に目の前のシャロが愛おしくなり抱きしめると何度も「すまない」と謝った。


「分かってくれればいいの……えへへ、なんか一瞬怖いと思ったけど、やっぱりべーさんはべーさんだったよ~しかもこんなに優しいのは初めてかも」

「ああ……シャロも間違いなくシャロだ……」

「べーさん変なのぉ~」


 しばらく抱きしめ合い互いに温もりを感じていた。

 心臓の音がトクンと鼓動するように共鳴する。

 俺たちは自然と顔を見合わせるとキスをしていた。


 ……もしもこれが偽物だとしても俺には倒すことなどできない。

 ならば違う可能性……この状況はどういったことなのかを今一度考える必要があった。

 そして、俺がドッペルゲンガーじゃないかと疑った先ほどの言動を改めて考える。

 ドッペルゲンガーじゃないとしたら別の……最悪の考えが浮かんだ。

 長いキスを終えると虚ろな視線となっているシャロに問いかけた。

 

「なあシャロ……お前、ナルリースとジェラって知ってるか?」


 俺は声が震えていたかもしれない。

 シャロは俺のそんな覚悟も気にも留めないでさらっと言い放った。


「えっと……誰?」


 俺は頭が真っ白になる。

 最悪の事態だと思った。

 シャロが本物だとするならば……これは記憶喪失ということになる。

 だがそう考えると不思議な点があった。


 まず、何故俺の事は覚えているのかということ。

 ナルリースやジェラはいわば俺よりも付き合いが長い親友だ。

 その親友の存在を忘れて俺の事は覚えているのがよくわからない。


 次に、俺が偽物だと疑うことになった一番の要因が、俺を誘うようにここに誘導してきたこと。

 この場所はあまりに不自然だし、丁度タイミングよく俺にこの場所を教えるように姿を現したのは納得がいかない。

 

「ねえ~どうしたの? はっ……もしかして浮気!?」


 考え込んでいたらそんなことをシャロが言い出した。

 まあ実際他に3人も嫁がいるので、記憶を失っているのだとしたらショックを受けることになるだろう。

 ……むしろあいつらに合わせることで何かが変わるかもしれないな。

 俺にはどうすればいいのか分からないが、あいつらならいい案を出してくれるのかもしれない。


「そうかもしれないぞ」

「がーん……新婚二日目にしてもう……」


 シャロはかなりショックを受けているようだが仕方ない。

 ごまかしたとしても嫁たちに会わせたらすぐにばれるのだ。


「今からお前を外に連れ出すぞ」

「えー帰ってきたばかりなのに~? でも頑張って作った料理だけは食べてよね?」

「あ、ああ仕方ないな」


 さっきの罪悪感が残っているので料理は平らげることにした。

 これ以上シャロを悲しませるわけにはいかないからな。

 二人仲良く手をつないで歩きながら扉へと戻る。

 テーブルにシャロと向かい合う形で座った。


「ではいただきます~」

「ああ、いただきます」


 深皿に入ったスープを一口飲み込んだ。

 

「美味い!」

「本当~? えへへよかった~」


 とても不思議な味だが脳に刺激を与えるようなガツンとした味付けであった。

 俺はスープをかき込むように一気にたいらげ、パンとチーズもがぶりと頬張った。


「べーさんがっつきすぎだよ~でも嬉しいな」

「うふぁいぞ」

「ちゃんと飲み込んでから喋ってよね~」


 口の中のものを嚥下えんげしたが、腹は物足りないと催促を促す音を鳴らした。


「まだおかわりあるからね~よそってきてあげる」

「ああ、ありがとう」


 シャロの後姿を見ながら俺は思う。

 ああ、なんて素晴らしい嫁をもらったのだろうと。


「べーさんお待たせ! いっぱいあるからまだまだ食べてね」

「はは、それは嬉しいな」


 俺たちは食事と会話を楽しんだ。

 あまりに幸せ過ぎて時間の経過を忘れるほどだった。


「さてと……」


 俺は椅子から立ち上がる。


「べーさんどうしたの?」

「……ん?」


 あれ?

 俺は何をしようとしていたんだっけか?

 確かどこかに──


「──あっ! もしかしてお風呂入りたかったとか? 今お湯を準備するから待ってて」

「ん……? ああ……そうだったかな……」


 まあいいか。

 思い出さないということは大した用事でもないだろう。

 

「なら一緒に入ろうか」

「え~……もう仕方ないな~」


 言葉では渋々といった感じを出しているが顔はにやけている。

 まったく素直じゃないやつだ。

 

「お湯いれたよ~」

「ああ」



 俺たちは風呂を堪能した。

 いちゃいちゃしすぎたせいでシャロがのぼせてしまったのは反省しなくてはいけない。

 シャロをベッドに運び風魔法で体を冷やしてやる。


「ありがと~べーさんは優しいね」

「まあ俺のせいでもあるからな」

「ふふふ~」

「どうした?」

「二人で島生活していた時期もこんなことがあったね」

「そんなことあったか?」

「もー! あったよ~忘れたの~? 僕を訓練してくれていた時に派手にやられちゃった僕を介抱してくれたでしょ」

「ああ、そんなこともあったな」

 

 シャロは島で封印されていた俺とずっと一緒に生活をしてくれた。

 ゾンビのように生きていた俺に希望を与えてくれた命の恩人でもある。

 そんなシャロに恩返しがしたくて悩んだ結果、シャロをAランク冒険者にしようと訓練を始めたのだった。

 4年にも渡る訓練の結果、無事シャロはAランクになることができた。

 その間に培った信頼と愛情により俺たちは愛し合うようになったのだ。

 今ではいい想い出である。

  

「べーさんもう大丈夫だよ」


 考え込んでいる間にシャロは元気になったようだ。

 

「そうか……じゃあそろそろ寝るか?」

「うん、といっても……寝かせてくれないんでしょ?」

「ああ、早く俺たちの子供が欲しいからな」

「もー! べーさんのエッチ~!」


 もう考えるのはよそう。

 今はこの幸せな一時を堪能するんだ。

 

 俺は思考を停止した。




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