169、シャロのゆくえ
7階層は迷路のような造りとなっていた。
細い通路が永遠と続く為、方向感覚がマヒしてくる。
ただ俺にとって幸いなのは指輪の効果によってリーリアの位置が分かることだ。これによって自分の進みたい方角に行くことができた。
今までの流れから行くと、深くなるたびに階層ごとのフロアの大きさは広がっているので、7階層は相当な広さなのは間違いない。
迷路のような壁が邪魔なのだが、この壁はダンジョンの一部のようで破壊が出来ない。なので面倒なのだが壁に沿って進むしかなかった。
しばらく進むと目の前に一体のゴーレムが現れた。
俺はスピードを緩めることなく突撃する。
「邪魔だ!」
目にも止まらぬ速さでゴーレムに殴り掛かると一撃で粉砕する。
こんなやつに時間を割いてる余裕はないんだ。
俺は常に指輪に魔力を送りつつ移動しているため他の皆の行動は把握していた。
どうやら二人目がリーリアに合流したようだ。
しばらくその場に留まっていたようだが、合流した者が俺とは反対方向に動き出した。
「さすが俺の娘」
リーリアが迅速に状況を説明し、合流した者に指示を出してくれたのだろう。
だがまだ安心はできない。
幾度目かのゴーレムを破壊しながらも、嫌な考えを頭から取っ払うことができなかった。
その時、たった今、壁を曲がった人影が見えた。
「シャロか!?」
俺は声を張り上げそう叫んだ。
曲がるときに見えた服がシャロのものだった気がしたのだ。
この時ばかりは直線がやたらと長く感じた。
やっとの思いで壁を曲がるとそこには誰もいなかった。
「……どういうことだ!?」
俺は確かに見た。
あれは確かにシャロの冒険者服だった。
今までずっと冒険を共にしてきたのだから間違えるはずはない。
それにもし違ったとしても俺のスピードより速く進めるはずがないのだ。
「罠か……?」
咄嗟にそんな考えが浮かぶ。
幻惑かなにかの類いだろうか?
もしくは初心者ダンジョンの時のような仕掛けがあるのか?
俺は慎重に辺りを探った。
特に壁を念入りに調べた。
すると叩くと軽い音がする場所を見つけた。
「これか?」
一か所だけ少し出っ張っている石のようなものを押してみる。
すると一瞬にして壁は消え、新たな道が現れた。
「……これは絶対に罠だ」
もし俺が見たのがシャロであればこんなところに誘う意味が分からない。
となればこれは確実に罠と言うことになる。
だが……。
「行くしかないな」
遠目から見ただけだが、あれは確実にシャロの服だった。
だとしたら、ここで見過ごしてしまえばもう二度とシャロには会えないような気がしたのだ。
「望むところだ」
嫁にすると決めたからにはどんな罠があろうが、どんな困難が待ち受けようが俺はシャロを必ず救い出す。
俺は先に進む通路へと一歩足を踏み入れた。
そこはただただ真っすぐな道が続いていた。
何があるか分からないので慎重に進んでいく。
だが予想に反して何もなく、数分進んだのち、大きな扉が前に表れた。
7階層に来てから初めての扉だった。
「よし、いくぞ!」
覚悟を決め扉を押し開く。
するとそこは迷路のようなダンジョンには似つかわしくない一般的な部屋があった。
家具がひとしきりそろっておりベッドもあった。
「……なんだここは」
俺が呆気に取られていると、奥のキッチンのような場所からひょっこりとシャロが現れた。
「あ、べーさんおかえりなさい」
ニコッと嬉しそうに笑うシャロがそこにいた。
「ど、どういうことだこれは」
俺は珍しく動揺した。
本当に意味が分からなかったのだ。
「まあまあいいから座ってよ。お料理もできてるんだからさ」
シャロは俺に近づくと手を掴んでテーブルへと行き椅子に座らせられた。
俺はなすが儘にされ、混乱しながら椅子で待っていると、キッチンらしき場所から料理を運んでくる。
「僕の得意料理のスープだよ~野菜とキノコがいっぱいでおいしいんだ~」
目の前に置かれたのは確かにスープであった。
大きめに切られた野菜とキノコがゴロゴロと入っておりとても美味しそうである。
「あとはパンと~チーズね」
相変わらずニコニコとしながらせっせとテーブルに料理を運ぶシャロ。
俺は唖然としながらそれを見つめていた。
「よし、準備終わり~じゃあ食べよっか?」
俺は相変わらず無言でシャロの顔を見ていた。
目の前にいるのは完全にシャロである。
喋り方も動作も何もかもがシャロそのものだ。
呆然とシャロを見つめていたら、シャロが不思議そうに首を傾げる。
「えっと~もしかして……料理じゃなくて僕が食べたかったとか? わー! べーさんのエッチ~!」
くねくねとしながらいつものようにふざけているシャロ。
ここが7階層にあった部屋という事実がなければ完全に受け入れてしまいそうなほど日常的な風景であった。
だがここはダンジョンである。
あまりに非現実的すぎてシャロのおふざけについていけなかった。
「シャロ……お前はシャロなんだよな?」
「えー、愛する妻のことを忘れちゃったの~? べーさんさっきからぼーっとして変だよ? あ、もしかしてそういうプレイってわけ~?」
「いや、ふざけてるわけじゃないんだ! お前は俺の知ってるシャロなのかってことを聞きたいんだ」
俺があまりに必死だったせいか、シャロの表情は訝し気なものへと変わっていった。
「うーん……そうは言っても……僕はべーさんとずっと二人で旅をしてきて、つい先日お嫁さんになったばかりの新婚アツアツな夫婦って感じなだけだよ?」
……違和感しかない。
本当にこれはシャロなのだろうか?
俺はもっと深く切り込んでみることにした。
「そうか……ところでお前の親友の名前はなんだっけか?」
俺がそう言うと、シャロは首を傾げながらこう言った。
「え? 僕にはそんな存在はいないけど?」




