163、6階層
「さて、次は6階層だな」
階層魔法陣は無造作に地面に描かれていて、その隣には帰還魔法陣があった。
「このままいくのですか?」
不安そうにそう尋ねてくるのはナルリースだ。
「ああ、モンスターの強さはそこまで変わらないはずだ。それに皆も全然魔力を消耗していないだろ? ならば先に進めるだけ進もうと思う」
俺の発言に反対するものはいなかった。
正直暴れたりないという気持ちが表情に表れていたからだ。
「じゃあ覚悟はいいな? いくぞ」
6階層は見渡す限りマグマの海だった。
ちょっとでも足を踏み外すとマグマにダイブしてしまいそうな細い足場が先へと続いている。
だが問題なのはマグマではなく、この焼けるような暑さだ。
立っているだけで皮膚がちりちりと焼けてくる。この場にいるだけで体力が奪われてしまうので、自身の周りに氷魔法で氷球を作り暑さをしのぐしかなかった。
「うぅ~あたしにも氷魔法を張ってくれにゃー」
氷魔法が使えないジェラが早くも音を上げる。
仕方がないから俺がジェラの周りに大量の氷を浮かせてやった。
「助かったにゃ~」
汗をだらだらと流しながら俺の作った氷に頬ずりをするジェラ。
……そういえば魔法が使えないやつがもう一人いたな。
俺はそいつの方に目をやった。
アナスタシアは全く汗をかいておらず平然とした表情で立っていた。
「アナスタシアは暑くないのか?」
「ああ、私にはこれがあるからな」
そう言って鎧の中にしまっていたネックレスと取り出した。それはフェニックスとの戦いの後で手に入れたネックレスだった。
「そういえば火耐性が付いていたんだっけか」
「ああ、少し暑さは感じるが体力を奪われるほどではない。さすがにマグマに入ることはできないがな」
「なるほどな」
しかし耐性か……前の階層でウンディーネではなくサラマンダーであったらこの階層は楽できそうだったな。エンチャントで火耐性を付ければ皆普通に歩けたはずである。
……ん? 耐性……まてよ。
俺は閃いた。
むしろここで活躍させなくていつ活躍させるというのだ。
「レヴィア、ウンディーネを召喚してくれないか?」
「ん? わかったのだ」
言われた通りにウンディーネを召喚するレヴィア。
すると開口一番、ウンディーネは嫌そうな顔をしてこう叫んだ。
「暑すぎーーーーー!!!! 実家に帰ります!」
「おい待て」
「うっ」
消えようとするディーネの肩をがしりと掴む。
「俺達は仲間だったよな?」
「えっと……そうだっけ?」
「な・か・ま・だ・よ・な?」
「……はいぃぃ~~~」
観念したのか、「どうにでもして」と言わんばかりに両手を上げて降参のポーズをしていた。
「じゃあ頼みがあるんだが、皆が暑さでやられないように氷魔法でサポートするんだ」
「えー全員分?」
「ああ、ついでに戦闘時はマグマの上に溶けないように氷を張って足場を作るんだ。絶対溶かしたらダメだぞ? 理由はわかるな? あとは皆の武器に水属性付与のエンチャントを頼む」
「…………ちょ……ちょっと多くない?」
明らかに嫌そうな顔をしている。
だがこちらとしてもかなりの魔力を消費し続けての召喚なんだからこれくらいは頼みたいところだ。
「俺がやってもいいんだがそうするとさすがに全力で戦うことができなくなるからな。それにエンチャントはできないからディーネに頼みたいんだ」
「う……そこまで頼まれちゃあ仕方ないよね……ちなみに足場の氷はどれくらいの範囲がいいの?」
「そうだな……じゃあこれくらいで」
俺はそう言って見渡せる範囲のマグマを氷で覆った。これならば安心して戦えるだろう。
「ってちょっと範囲広すぎいぃぃ!!!! 無理無理無理! そんなの無理だからっ! しかも溶かさないでこれだけの範囲を維持し続けるってどんだけしんどいと思ってるの!!」
「そうか……じゃあ半分くらいでもいいかな」
「……そのさらに半分じゃダメ?」
「わかった。じゃあそれでいこう」
「あ……しまった」
交渉の基本は大きな数字から始めることだ。これくらいならできますよというのを引き出せれば交渉成立だ。
「じゃあ頼むぞディーネ。頼りにしている」
「うぅぅぅ……ガンバリマス」
結果的に魔力を消費し続けるのはディーネを召喚しているレヴィアだけになった。
だがこのおかげで他の皆は普段通りに戦える。
「ウォータースラッシュ!!!」
「水流大伐採!」
リーリアとジェラが氷の床に陣取りながら、通路奥から次々と襲い掛かってくる『火炎犬』を切り伏せる。
「次! 氷の下のマグマから!」
「了解よ! ──ウォーターアローレイン!」
まるで雨のように凄まじい数の矢が降り注ぐ。
氷の床を砕きマグマから顔を出した『岩石ナマズ』をぼろぼろに砕く。
「ナイス!」
「ええ! しかし本当にエンチャントは強いわ」
ナルリースが言うようにエンチャントの効果はすさまじかった。
本来ナルリースが倒すにはウォーターボールを当ててから攻撃という二つの手順を踏まなければいけないところを、エンチャントのおかげで一撃で倒せてしまうからだ。。
これによって逃げられることなく確実に仕留めることができた。
ちなみに俺は武器を持っていないのでウォーターボールとストーンランスを時差で放ち同じような効果を演出していた。
「しかしいつまで湧き続けるんだ?」
5階層と同じように一体のモンスターと戦ったら次から次へとモンスターが現れた。
一度に3体以上現れることはなかったが、途切れることなくモンスターはやってきた。
かれこれ30分は戦っているのではないだろうか。
「さすがに疲れてきたよ~」
そう泣き言を上げるのは精霊であるディーネだった。
「精霊に魔力切れという概念はないんだろう?」
「そうだけど前にいったでしょ! 人と一緒でずっとパンチしてるようなものだって! 30分もシュッシュシュッシュしてたら疲れるよ!」
そう言いながら俺の腹筋にパシパシとパンチを当てるディーネ。
せめてもの八つ当たりなんだろう。結構痛い。
「まだ元気そうだな」
「うわあぁぁぁ人でなしいぃぃぃぃ」
それから30分ほど戦いは続いた。
明らかに5階層よりもモンスターの数は多い。
この階層もリンクをしているようでモンスターがどんどん集まってきていた。
俺は魔力探知も欠かさずやっているので、かなり遠くから集まってきているのかは把握していた。どうやらこの階層は5階層よりもさらに広いらしい。その為モンスターも数も半端じゃないのだ。
唯一の救いなのが『火炎犬』と『岩石ナマズ』しか出て来ないということだろう。
戦えば戦うほど最適化していき倒すのに余裕ができる。後半疲れてきているのに対処できたのはそのおかげでもあった。
だがそれでも限度はあったようだ。
「199…………………200! あーもう僕はダメ~疲れたぁ~! 少し休憩しま~す!」
最初に音を上げたのはシャロだった。
氷の床にへたり込んで荒い息を上げている。
200体も倒したのならシャロにしては上出来だろう。むしろよく頑張ったと褒めてあげたいところだ。
「あああぁぁぁ私ももうダメー! ダメダメー! 疲れた死んじゃうー!」
張りつめた声を上げるのは精霊のディーネである。
どうやら本当に疲れたようで表情に余裕はなかった。
「わかった。ならば俺の出来ないエンチャントだけを頼む。その他の事は俺がやろう」
「──えっ! ……本当?」
「なんだその意外そうな顔は……俺がそんなに鬼畜だとでも思ったか?」
「え……あー……うん」
「じゃあそのまま続けようか」
「あ! 嘘嘘! 嘘です! やったー! ありがとう!」
「ったく……」
役割をすぐに交代する。
俺はさらに広い範囲まで氷の床を伸ばした。
「………………」
するとしばらくの間、『岩石ナマズ』が顔を出さなくなる。
前方からやってくる『火炎犬』の鳴き声だけがこの場に轟いた。
「…………あのーベアルさん」
ナルリースが遠慮がちに俺の袖を引っ張った。
「ん? どうした」
「えっと……私もどうしたらいいか迷ってるんですけど……どうやら岩石ナマズが氷の床を突破できないようで……」
ナルリースが指をさした先には確かに氷の床に頭突きをしている『岩石ナマズ』がいた。
頑張って頭突きをしているものの全く歯が立たずにしばらくすると諦めていた。
よく見るよ全体的にそのような光景が見受けられる。
「ベアルさんが魔力を弱めてくれれば突破してこれそうですけど……えっと、どうしましょうか?」
これによって現在半数が手持無沙汰となっている。
……だが丁度いい休憩の時間であるともいえた。
「そうだな……せっかくだし半々に分かれて休憩の時間とするか」
俺はそう宣言した。
「わ、私の苦労は一体……」
シャロの横で精霊ディーネも同じようにへたり込むのだった。




