158、サリサと……2
「明日は5階層に行く」
その日の夕飯時、いつも通り楽しく談笑しながら血の滴るような厚切りの肉をほおばっている皆にそう告げた、
「ほぉんふぉうに!?」
「ああ、本当だ。リーリアがしっかりと俺の出した課題をクリアできたからな。偉かったぞ」
「やっふぁー」
「……口の中のものを飲み込んでから喜びなさい」
「ふぁーい」
この一か月、リーリアには課題を出していた。
それは何かというと丸一日戦っても魔力が尽きないようにするということだ。
一見無謀のように思えるができないこともない。
モンスターを必要最小限の魔力で倒し、無駄のない動きを心掛ける。そうすることで自然に回復する魔力と消費する魔力が釣り合って戦い続けることができるのだ。
「九星剣も使いこなせるようになってきたし魔力も増えた。これならばこの先何があっても対処できるだろう」
「うん! ……でも5階層ってそんなにやばいの?」
「5の理論ですよね?」
「5の理論?」
博識のナルリースがそう言うとリーリアは疑問で首を傾げる。
「ええ、一般的なダンジョンは5階層ごとに何かの変化が訪れるのよ。それはモンスターの強さだったり、部屋の構造だったりするらしいわ」
「つまり一気にモンスターが強くなったり、初心者ダンジョンみたいな構造になったりするかもってこと?」
「そうよ」
「ちなみに初心者ダンジョンでもモンスターの強さがかなり変わっていたんだが……まあ、俺達にとって雑魚は雑魚だからな。わからなかったのも無理はない」
「そうだったんだ!」
はっきりいって戦力的には全く不安はないのだが、問題視しているのはダンジョンの仕様やら構造が変わることである。
罠が増えたりしてパーティーが分散されてしまった時、一人で戦える力が無いと生き残ることは難しくなるからだ。
この一か月はそのための訓練だ。
かくいう俺もこの一か月は複合魔法の特訓をしていた。
ダンジョンは地上と違って壊れるものがないので実験場所に向いていた。そしてその努力の結果がつい先ほど実った。
その時サリサも一緒にいたのだが、その魔法を見て、「絶対に地上では使わないでよね……絶対に絶対よ!」と念を押されてしまうのであった。
「さあ、明日に向けて今日はゆっくり休むとしようか」
食事を終えた俺たちはそれぞれ部屋に戻っていった。
─
ベッドの上ではサリサが待っていた。
薄い布が体を覆ってはいるが、その美しいラインを隠すことはできない。
俺は横に腰かけるとサリサの肩を抱き寄せようとした。だがサリサは俺の手を掴んで拒むように力を込める。
「その前にちょっと聞いてほしいことがあるの」
「なんだ?」
顔まで少しの距離で互いに見つめ合う。
間近で見るサリサの瞳は綺麗だった。それは今まさに真摯に何かを伝えようとしている澄んだ瞳だ。
「この一か月間ひたすら戦って私は強くなったわ。でもね……多分だけど北の魔王には勝てないと思うの」
いつも自信に満ち溢れているサリサには相応しくない言葉だった。
何か言葉を挟もうかと思ったがサリサの発言は続く。
「あなたは知らないと思うけど、北の魔王『オメガ』は私たちが昔攻略したダンジョンを一人で攻略した英雄なのよ。今やこの大陸で一番強いって言われているの」
確かにそれはすごい。
俺たちが昔パーティーで攻略したダンジョンはこの大陸で二番目に難しいダンジョンだ。Sランクのモンスターもうじゃうじゃ出てくるし階層も深い。今の俺なら余裕だが昔の俺で攻略できたかどうかはわからない。
「あなたも知っていると思うけど戦争は作物の育たないウンディーネの季節に行われることになっているわ」
今はノーム季節後期だった。
「……つまりそろそろということか」
戦争の舞台となるのはこの町の北側、つまり国境の辺りとなる。
ここいら一帯は穀物が育ちやすく、魔族大陸随一の収穫量を誇っている。
この土地を確保できるかどうかで食糧事情がだいぶ変わってしまうのだ。
実際にこの土地を確保できていない北デルパシロ王国は人間大陸からなどの輸入で食糧をまかなっている部分があるのだ。
「でも何故今年戦争が起こるんだ? 今は輸入などで食糧はなんとかなっているのではないのか?」
「最近人間大陸で小麦が出回りにくくなっているの。大会もあったから部下を派遣させたんだけど、あなたの話と合わせてそのケツァルという人魔獣のせいだということがわかったわ」
「なるほどな……そこに繋がってきているのか」
そういえば俺が一回戦で戦った相手が南魔族大陸の代表だった気がする。名前は憶えていないが。
「まあ、それだけが原因でもないのだけどそれが決定打となったわね。今、北デルパシロ王国は食料難になっていて民がこちらへと流れてきているわ。可哀そうだけど私たちも自国の民を守らなくてはいけないから……」
この国境の街エルガントの入国審査が厳しかったのはそう言う理由もあったわけか。
「そういうことだったか……理解した。どちらにせよ負けるわけにはいかないな」
「……ええ、そうなの」
サリサは俺の手をギュッと握り、真摯な眼差しをじっと向けてくる。
この瞳は何かを訴えかけている……それが俺にはわかった。
「…………つまり俺に鍛えてほしいってことだな?」
「うふふ、話が早くて助かるわ。シャロの話……実は結構本気にしてるのよ?」
「眉唾だがな」
実際本当にそうなのかは俺もわからない。
だがサリサがそれで満足できるというのであれば協力はしたかった。
「今夜は徹夜になるぞ?」
「望むところよ」
そう言ってサリサは掴んでいた手を緩めた。
──ちなみに次の日の朝だが、疲れ果てて俺がおぶっていくことになり皆に呆れられた。その時のサリサは顔が真っ赤になっていて可愛かったのはいうまでもない。




