151、リーリアvs巨人兵1
皆にはナルリースがこの部屋の罠によって捉えられたと端的に伝えると、ナルリースが無事だったことに歓喜しそれ以上の細かい理由は聞かなかった。
ナルリースに外傷などは見受けられなかったし魔力も減っていないとの事なので探索を続けることにした。ちなみに俺も闇黒のオーラがなくなるとすぐに魔力は元に戻っていた。
2階層を隅々まで探索しマッピングを終わらせると何となくダンジョンの構造が分かってきた。
「これは……階層より広くなっているな」
セレアが一生懸命描いてくれたマップを比べてみると、部屋が一つ分外側に広がっていた。
俺もチェックしていたので間違いはないはずだ。
「ということは3階層もさらに広くなるということだな」
「骨が折れるな」
「でも修行だと思えば悪くはない」
横からマップを覗き見ていたレヴィアは嬉しそうにそう答える。
「それはそうだな。3階層となればさらにモンスターは強くなるだろう」
「数も増えるし我に一体まるごと任せてくれてもいいのだぞ」
「まあ、慌てるな……そのうち絶対にそうなるからな」
「それは楽しみだ!」
2階層最後の部屋へと辿り着く。そこは3階層への階層魔法陣と帰還魔法陣があった。
「ここから帰還することもできるが……」
「まだ時間はあるだろう。それに我は物足りん」
「まあいざとなれば俺もお前もいるから大丈夫だな」
「そういうことだ」
ダンジョンの深さがどれくらいなのか全く見当がつかない為、少しでも探索をしておきたかった。時間的にはまだまだ余裕がありそうなので探索を続けることにする。
ちなみにここまでの道のりで宝箱は1回でたので十分な収穫となった。出たのは腕輪だったので帰還した後に鑑定することになるだろう。
──ダンジョンで出る宝箱は2種類ある。
一つはモンスターと同じように出現する赤宝箱。
扉に触れると出現することが稀にあり中身は基本的にアクセサリーが多い。
もう一つはダンジョンに固定で置いてある青宝箱。
開けたらもう二度と出現しない一回きりの宝箱で、当然中身もレアな物が多く一般的に装備や道具が入っている。それらの物は一点もので俺たちの世界では作れない物が殆どであるため大変高額で取引される。
まあ、ダンジョンなんて新しく生まれることもここ数百年間は無かったので青宝箱なんて見たことないんだけどな。
もしあるとしたらこの先の3階層からだろう。
「じゃあ皆、3階層へ行くぞ!」
─
「リーリア! 今だ!」
「はあぁぁぁぁぁ!!!!」
最後の一体を仕留める。
3階層は敵の強さは変わらないものの3体同時に現れるためにチームを3つに分けた。
レヴィアはソロ。
リーリアと三人娘。
アナスタシアとサリサ。
といった感じだ。
殆どがソロで倒せるやつらばかりなので3階層もつつがなく進んでいく。
しかし相変わらず代り映えのしない部屋だ。
本当にマップを作らなければ迷って一生出て来れないかもしれない。
俺たちは丹念に道を探っていく。
扉がない面の壁でもたまに何らかの装置があり、出現することがあるからだ。
基本的にそういうところには宝箱があり、今まさに青宝箱と遭遇したところだった。
「これが伝説の青宝箱か!」
「すごい! 本当にあったんだね!」
「早く開けてみましょうよ!!」
皆ワクワクと目を輝かせ、俺が宝箱を開けるのを待っているのだ。
「じゃあ……開けるぞ」
正直俺もワクワクしていた。
振るえそうになる手を必死に我慢して宝箱に手をかける。
ギィィ
古くなった金属の音がなり、宝箱の中身があらわとなった。
「……これは!」
中に入っていたのは剣だった。
なんてことのない普通の皮の鞘に収まっていて、見た目はとてもシンプルな剣であった。
ちょっと珍しいところと言えば鍔の部分だろうか。丸い無色透明な宝石のようなものが埋め込んであった。
「なんだ……パッとしない剣だねぇ」
宝箱を覗き込み金目の物ではなさそうだとガッカリするシャロ。
「でもすごい剣かもしれないにゃ」
「そうよ。こんなところにあるんだもの! きっとすごい能力に違いないわ」
ジェラとナルリースは興味があるみたいだ。
「ねえお父さん、早く取り出してみてよ!」
「そうだな! ベアル! 早く剣身を見せてくれ!」
リーリアとアナスタシアが早くしろと急かしてくる。
情調などこの二人には関係がないようだ
俺は剣を宝箱から拾い上げた。
すると部屋中にモンスターの気配が漂ってきた。
「ちいっ! どうやらこの宝箱はトラップのようだな! みんな戦闘準備だ!!」
出現したのは全身鎧の巨人兵だった。
鎧の隙間からは黒い湯気のようなものが漂っていて、明らかに生きているモンスターではなさそうだった。
そして初めて見るモンスターであった。
「初見だ! 不用意に飛び込むなよ!!」
モンスターは一体だが油断はできない。
アナスタシアが戦闘に立ち盾を構える。
巨人兵はまったく動こうとはせずに、赤く光る眼をゆっくりと動かし俺たちを観察する。
赤い目止まり、誰かを捉える。
その瞬間──巨人兵が吠えた。
ウボオオオォォォォッォォォォォッォ!!!!
吠えた声だけで全身を揺るがすほどのプレッシャーを感じた。
チッ!
3人娘を横目で見たが、完全に固まってしまって動けなくなっていた。
急激に大量の魔力を浴びたせいで意識と関係なく体が動かなくなってしまったのだ。
「くはぁ! やりおるな!!!」
楽しそうに笑っているのはレヴィアだ。
ゆっくりと剣を上段に構える巨人兵を見上げ、手をポキポキと鳴らしていた。
「今の咆哮で麻痺したやつは前へ出るな! やられるぞ!」
「大丈夫!」
「いけるわ!」
「私ももちろん戦うぞ!」
「我はもういくぞ!!!」
リーリア、サリサ、アナスタシアが戦闘態勢を取る。レヴィアはすでに走り出していた。
巨人兵は剣を上段に構えたまま動かない。
レヴィアは何の疑いもなくその間合いに飛び込む。
「うぐぅ!!!」
激しい突風が俺たちを襲う。
いや、これは副産物に過ぎない。
巨人兵は剣を横に振ったのだ。
剣はレヴィアを捉え、壁へ叩きつけた。
「レヴィア!!!」
激しい衝撃だったが、レヴィアの体は無事だった。
剣と壁の間で両手で剣を掴みこらえていた。
「はああぁぁぁぁ!!!」
レヴィアは綺麗に整った歯を見せながら力を込めると、剣が徐々に後退していった。少しの隙間ができるとジャンプして抜け出し俺達の元へと帰ってきた。。
「思ったよりかなり速いぞ!」
「そのようだな」
巨人兵は剣を再び構えなおすとじっとこちらの様子を窺っていた。
「しかも見かけによらず剣の達人のようだな」
「私も思った……マスタークラスかもしれない」
リーリアも認めるほどの剣使いだ。
あんな巨体なのに剣を振るスピードは一枚も二枚も上手のようだ。
そしてなにより力が強い。
あのレヴィアでさえもギリギリ押し返せたほどだ。
間合いも長ければ、スピードもある。懐に入れさえすれば何とかなるが、それが大変だということを皆は分かっていた。
「魔法で倒してしまえば楽だが……さて」
俺がどうしようか思案していると、リーリアが一歩前にでた。
「お父さん私にやらせて!」
リーリアの視線は既に巨人兵へと向けられている。
これほどまでに真剣な表情は稀なことだ。
「……わかった。ここはリーリアに任せよう……皆もそれでいいか?」
アナスタシアとサリサが頷く。
レヴィアは何か言いたさげだったが、リーリアの真剣な表情をみて、はぁとため息をつくと、「仕方ないの」と頷いた。
「ありがとう! 行ってくるね」
リーリアはバゼラードを抜くと真正面に構えた。
巨人兵の剣の届く範囲一歩手前まで行くとそこで止まった。
これ以上は鎬を削る戦いとなるだろう。
それを考えた上での戦略をリーリアは練らなくてはならなかった。
だが、リーリアは覚悟を決めて一歩を踏み出す。
それと同時にガキンと剣と剣がぶつかる音が聞こえた。
簡単に吹き飛ばされるリーリア。
レヴィアとは違いリーリアの体は軽すぎた。
壁に激突する直前に体を反転させ足で衝撃を和らげた。
そのまま突撃するかと思いきや、一度俺達の方へと戻ってくる。どうやら仕切り直しのようだ。
リーリアの眼は真剣そのもの。
あれは俺との訓練時に時折見せていた集中モード状態のリーリアである。
そういう時は必ず俺に物凄い一撃を見せてくれたものだ。
リーリアはもう一度巨人兵の間合いへと足を踏み入れる。
カッ!
先ほどとは違う剣戟音が聞こえる。
今度は見事巨人兵の一撃を受け流し、さらに一歩踏み込んだ。
カッカッカッガキン!!
何度か受け流すことに成功したが、ついに受けきれなくなり強烈な一撃をまともに受け止めてしまった。
何とか壁に激突することは防げたがバランスを崩してしまう。そこに巨人兵の追撃が始まった。
カッカッカッカッカッカ!
流れるような巨人兵の剣乱舞に応えるリーリア。
不利な体勢だったのにも関わらず、すべてを受け流していた。
すると今度は受け流しながら体勢を元に戻すと今度は押し返していく。
「おおぉぉぉ! すごいぞリーリア!!」
これにはアナスタシアも興奮した様子で拳を挙げて応援していた。
アナスタシアほどではなかったがサリサも目を丸くして驚いている様子だった。
俺は二人の姿をみてウンウンと頷く。
だが次の瞬間、想定外の事が起こった。
ガギンと変な音がしたと思うと、リーリアの体に巨人兵の剣がめり込んでいた。
リーリアの剣、バゼラードが折れてしまったのだ。
「リーリア!!!」
「噓でしょ!!」
さっきまでの余裕の状況が一変し、悲鳴へと変わる。
リーリアはそのまま壁へと叩きつけられた。
「くそっ!!」
アナスタシアはそう悪態をつくと盾を構え走り出そうとした。
俺はアナスタシアの肩を掴みグイっと引き寄せそれを押しとどめる。
「──ッ! べ、ベアル!? 何をするんだ!!!」
「よく見ろ! リーリアは無事だ!!」
壁へと叩きつけられたと思われていたリーリアだったが、直前で回避したのだろう。空中へ飛び上がっている。
巨人兵もそれは分かっていた。
赤い目がぎょろりと空中を捉える。
リーリアの手に剣はない。完全に無防備状態だった。
「無事だが危険な状態なんだぞ!!! 助けてやらなければ!!」
アナスタシアは俺の手を振り払おうとしたが、俺は手を離さなかった。
いら立ち俺を睨むアナスタシア。俺は首を横に振る。
「リーリアを信じろ」
もう助け出す時間はない。
アナスタシアもそれは分かっているのだが納得ができずにもう一度俺を睨み返すとリーリアの方に顔を向けた。
宙を舞うリーリアに巨人兵の剣が襲い掛かる。
さすがのリーリアも空中では俊敏には動けない。
襲い掛かる剣を真正面に見据えた。
「はああぁぁぁぁぁ!!!」
気合の掛け声と共に手に魔力を集める。
そして集中!
その一瞬を見定めることにすべての真剣を研ぎ澄ませる。
バチン!
剣はリーリアの目前で止まった。
いや、リーリアが両手で剣を抑えつけたのだ。
力で負けるリーリアが、しかもマスターランクである剣の使い手の一撃を……その一瞬を見極めて止めることなど普通はできることではない。
だがリーリアはやってのけた。
この瞬間、リーリアは確実に巨人兵を超えて見せたのだ。
しかし巨人兵もここで終わるような相手ではない。
赤い目を揺らし始めると段々と黄色く変わっていった。
それと同時に鎧の隙間からあふれ出していた黒い湯気は黄色いオーラへと変わっていく。
──瞬間、眩い光が部屋を照らした。
……ゆっくりと目を開ける。
そこにいたのはなんと黄金に輝く巨人兵であった。




