146、ピンチ
帰還魔法陣からダンジョンを出る。
そこは何もないまっさらな部屋でサリサは慣れた風で出口へと向かった。
部屋から出るとそこはダンジョンの入り口ある部屋だった。
ドアの前にはアナスタシアとリーリアが待っていた。
「おと──」
俺は一瞬の間にリーリアの前に立つとその口を封じた。
「──もごもご」
「やあ、ただいまリーリア」
危なかった。
お父さんと言われればとても面倒くさいことになるのは明白だ。
「何をしているんだベアル? 新たな遊びか?」
「ま、まあそんなものだ」
「ふうん」
訝し気な視線で見られるも、アナスタシアはそれ以上何も言わなかった。
「もごもごもごもご」
リーリアが何か言いたそうに口を動かしていた。
なんでこんなことをしているんだと聞かれている気がしたので、俺は人差し指を口にあて、内緒にしてくれとアピールした。
リーリアは何かを察したようで、ジト目になりながらもコクリと頷いた。
すまんリーリアと謝るジェスチャーをしながら手を離した。
「ぷはあ! ……それでベアルさん。そちらの方が南の魔王さん?」
「ああそうだ! 紹介しようこちらが南の魔王で名はサリサという」
サリサは優雅に一例すると微笑んだ。
「私が南デルパシロ王国で魔王をやっているサリサです。よろしくね」
「私はベアルさんの仲間のリーリアと言います。よろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀をするリーリア。
サリサのような優雅さはないが、子供らしい素直な礼だ。
「ふふふ、可愛らしい子ね。それにベアルの仲間というだけあって実力はかなりあるわね……すごい才能だわ」
「ベアルさんに鍛えていただいたので」
「あらそう、それは強くなるわね」
サリサもリーリアが子供なので余計な警戒はせずに素直な対応だ。
今度はアナスタシアの番だな。
「それでこっちがアナスタシアだ」
「私はアナスタシアだ。勇者をしている」
アナスタシアがそう名乗ると、サリサは少し目を細めた。
「へえ……人間の勇者が変わったとは聞いていたけど……ふうん。まあまあ秘めた力を持ってそうじゃない。ベアルの仲間になるだけの力はあるようね」
「そういうサリサこそかなり強そうだ。魔王を名乗ってるだけはあるな」
「ふふふ、あなた面白いわね」
「そうか? 私としては自覚がないのだが」
リーリアの時と違って、敵対心が丸出しである。
アナスタシアがそのことに気付いていないのが唯一の救いか。
「じゃあ自己紹介は終わりだな。それでどうだ? …………このダンジョンに入っても大丈夫そうだろ?」
俺としては手っ取り早く許可をもらいたかった。
このまま長引けば絶対にボロがでる。
サリサには悪いが今は一刻も早く皆を鍛えたかった。
……俺達には時間がない。
だが無情にもサリサの返答は予想していた物とは違った。
「いいえ、まだ無理ね。明日一緒にダンジョンに入ってみてから決めるわ」
「明日か……今日はダメか?」
「何言ってるのよ! もう夕方よ!? 私は朝からダンジョンに潜っててクタクタなの。それにシャワーだって浴びたいし……体力だって残しておかないといけないじゃないの……」
俺をちらちらとみて顔を赤くして俯いてしまった。
なるほど……どうやら期待をされているらしい。
ふとリーリアとアナスタシアの顔を見た。
リーリアは相変わらずジト目で俺を見ているし、アナスタシアは何のことだろうとぽかんと聞いている。
俺はコホンと咳ばらいをした。
「すまん、俺たちは街の入り口の宿をとっているんだ。サリサはこの施設の中の宿だろ? 明日ここで集合でいいよな?」
「別にキャンセルするわよ。お金を払えば問題ないんだし、私もそっちの宿にするわ」
「いや! 俺達で満室になったから空きはないぞ」
「部屋は二つ取ってるんでしょ? 私がベアルと寝るから大丈夫よ」
ダメだ! まったく引きそうにない。
助けをもとめようとリーリアとアナスタシアを見るが、今度は二人ともジト目であった。さすがのアナスタシアも察したようだ。
「いや……部屋は一つだけしか取れなかったんだよ。だから俺は床で寝るんだ。そう! だから大事なお前を床で寝させるわけにはいかないんだよ」
「だ、大事だなんて……うふふ、分かったわ。今日は別々だけど明日から一緒だものね! 一緒にダンジョンに行くのを楽しみにしてるわ」
「ああ、そうしてくれ」
「うん!」
サリサの笑顔がまぶしい。
俺はもう怖くてリーリアとアナスタシアの顔を見れなかった。
そのまま、「じゃあまた明日な」といってサリサと別れる。
歩いてその場を離れるが、一度だけ振り返ってみた。
そこには笑顔で手をふるサリサがいた。
俺はぎこちない笑いで手を上げると、サリサはさらに勢いよくぶんぶんと手を振ってきた。
それを見届け足早にその場を去るのだった。
施設を出たとき、ふいに俺の手が掴まれた。
この感触はリーリアだ。
振り返るとそこには無表情の我が子がいた。
この顔は一度見たことがある……確かレヴィアが初めて発情したときの──
「ねえ、ベアルさん。どういうことか説明してくれるんですよね?」
恐ろしかった。
はっきり言って少しちびりそうになった。
威圧感だけで人を殺せそうだ。
「…………すまなかった!!! 事情はたっぷり説明するから許してくれ!!!」
反抗する意識などない。
神に懺悔するという気持ちはこういうことなのだろうか?
俺は洗いざらい話すことにした。




