145、過去の話
サリサは芯が強く言いたいことははっきりと言う性格だった。
俺が馬鹿なことを言えば叱ってくるし、間違ってると思えば引っぱたいてでも制止する女だ。
だが好きな相手には母親のように愛情をたっぷりと注いで尽くす奴だった。
そんなサリサとの出会いは印象に残っている。
約300年前の当時、俺はかなり有名な冒険者だった。
開かれた武術大会では圧勝し、凶悪なSランク魔獣も倒し、Aランクダンジョンをソロで攻略するなど、南魔族大陸の冒険者で俺の名を知らないものはモグリと言われるほど有名になった。
そんな俺の前に現れたのがサリサだった。
サリサも俺ほどではないが名の知れた冒険者だった。
サリサは俺の行く手を塞いでこう言った。
「私、攻略したいダンジョンがあるの! だから私に手を貸してくれないかしら?」
当時の俺はひねくれていたので、その言葉を素直に受け取ることができなかった。後から奇襲をかけて襲い掛かって来るんじゃないかと疑っていたのだ。
だがそんな疑いも数日経つと杞憂だということがわかった。
サリサは裏表のない素直な性格だった。
人の言うことは信じるし、感情豊かですぐに笑ったり怒ったりする。俺に対して物怖じしないでハッキリと言うし、かと思えば信頼もしているようで一緒の部屋で寝ても熟睡していた。
最初抱いていた疑いはなくなり、頼れる相棒として俺もサリサを信頼するようになっていった。
しばらくは二人で旅をしていたのだが次第に仲間が増えていった。
不思議なことに一人で旅をしていた時はまったく喋らなかったのに、サリサと旅をするようになってからは人並みに会話をするようになっていたのだ。
一年が経つ頃、パーティーメンバーは6名となった。
鉄壁のディラン、破壊のケルヴィ、双鞭のサリサ、駿足のレイナ、神の子ファミル、そしてこの俺、黒炎のベアル。
今まで誰も攻略できなかったダンジョンを突破し、怒涛の勢いで次々とダンジョンを攻略していた。
誰も俺たちを止められるものはいないと思っていた。
ある日突然、レイナが俺に告白をしてきたのだ。
俺は驚いた。というのもサリサとはあいまいな関係ではあったのだが肉体関係は既にあったからだ。
当然それはレイナも知っていた。
それでも俺と付き合いたいとせまってきた。
俺もそれはさすがにできないと断ったが、なら一晩だけでもと引かなかった。
バカだった俺はじゃあ一晩だけと体の関係だけを持ってしまった。
次の日、寝ている俺たちの部屋にサリサがやってきた。
その顔は今思い出しても震えあがるほど恐ろしかった。
ひとしきり俺たちを睨むと、「許さない」と一言言って、拳を振りかざしてきた。
俺は素直に殴られた。
さすがに抵抗する気にもなれなかったし、この時初めて恐怖を味わったからだ。
ひとしきり俺を殴り終わると、今度はレイナに向かっていった。
だがレイナは引かなかった。
互いにキャットファイトのようにもつれ合いながらも力で勝っているサリサがマウントを取った。
馬乗りになって何度も殴る。それは鬼の形相だった。
レイナも負けじと、「五月蠅い! 私の方が最初に好きになってたのに!!」と言いながらサリサを跳ね返し殴り返していた。
そこからは大変だった。
あまりに酷い殴り合いだったのでさすがに止めようとしたのだが、今度は俺が二人から殴られた。しかもかなりボコボコに。
「元はと言えばあんたが断らなかったのが悪いんでしょ!!」
「ひどいよベアル! あたしずっと待ってたのに!! なんでサリサと!!!」
二人の意見は違ったが攻撃の連携はしっかりと取れていた。
負い目もあってか反撃もできず、顔がパンパンに腫れるまで殴られた続けた。
俺の記憶はそこでなくなった。
気がつくと俺はベッドに寝ていた。
顔を横に向けるとサリサが椅子に座ってうとうととしている。
俺はサリサに声をかけた。
「サリサ……どうなったんだ?」
「ん……あ、おはよう……んん~」
サリサは背伸びをすると、ふぅとため息をついた。
「別にどうもしないわ。お互いにもう起きたことは仕方ないわねってことで今まで通りにすることにしたの」
「……今まで通りか」
「あっ、でもね! もうあなたに言い寄らないっていう言質は取ったから」
「そ、そうか……」
「何その返事」
「いや、レイナの体もなかな──がっ!!」
「今度はしっかりと息の根を止めないといけないわね」
俺のあごをがっしりと掴むサリサ。
そのままメキメキと音がなるんじゃないかと思われるほど力が加わる。
「痛い痛いっ!」
「殺そうとしているんだから当たり前でしょ!」
「冗談だって!」
「はあ……今度からそういう冗談はやめて」
サリサは手を離し、もう一度はぁとため息をつく。
「あなたが女好きなのは分かってるし、夜に遊びにいくのも知ってる。本当は嫌だけどそれくらいなら我慢できる……でもね、パーティーメンバーだけはやめて。これからSSS級ダンジョン攻略だって言うのに不安な要因を作りたくないの」
「悪かったって……さすがに俺もこりたから大丈夫だ」
「……本当かしら」
そう言うとサリサは服を脱ぎ始めた。
発達途上だが綺麗な体だ。
「ってなんで裸になってるんだよ!」
「そんなの決まってるじゃない。レイナとの思い出を上書きするためよ」
「……お前も負けず嫌いだな」
「誰のせいだと思ってるのよ!」
その日は長い長い休日となった。
数日後、ついにSSS級ダンジョンへ潜入する日となった。
あふれ出す興奮を抑え、ダンジョン内へと足を踏み入れる。
予想通りと言うべきか、事前に手に入れていた情報もあり、1階は俺達の敵ではなかった。
だが2階へと辿り着くと道のりは困難を極めた。
というのも情報が全くなかったために地図もない。まっさらな場所を一つ一つ調べて進まなくてはならなかった。まさしく前人未踏の階層であったのだ。
いや、正確には2階に挑んだ者もいた。しかし、誰一人として帰ってこなかったのだ。
俺たちは2階へと辿り着くとその理由が分かった。
一つの部屋にモンスターが二体現れたのだ。
しかもその二体はSランク相当だった。
それでも俺たちは数々のダンジョンを攻略してきた自力の強さと華麗な連携がある。
Sランクモンスター2体程度では俺たちの敵ではなかった。
ディランが1体の攻撃を受け、もう一体をレイナが注意を引き付け、サリサがモンスターを縛り付ける。そのスキを付いてケルヴィが渾身の一撃を繰り出すのだ。
俺はすべての役割をできるので状況を判断し、支持をしつつ、フォローをする係だ。
ファミルは神の子と呼ばれるだけあって特殊な力を持っていた。
時折魔力だけでは説明のつかない力──今なら分かるがアナスタシアがフェニックスと融合したような力を使えていた。
そんなメンバーだったからこそ、安定感は抜群で心なしか余裕が生まれていた。
2階も中盤に差し掛かるころ、ダンジョンマップをメモしていたファミルが怪しい点に気がついた。
どうやら2階の真ん中に扉のない部屋があるということだった。
俺たちはファミルのメモしていたマップを確認する。
なるほど確かにど真ん中であろうこの場所に行ける扉などなかったのだ。
「もしかしたら宝があるかもしれない」
誰かがそう言うと俺たちは俄然とやる気に満ちた。
そこから俺たちはくまなく部屋を捜索し、ある怪しい部屋へと辿り着く。
一見するとわかりずらいが、何かあると疑いの目を向けていれば気がつくという、カモフラージュされた仕掛けを発見した。
その仕掛けを発動させると部屋の真ん中に転移魔法陣が現れた。
罠かも知れない。
そんなことが頭をよぎったが、それよりもあの部屋にたどり着けるかもしれないという好奇心が勝っていた。
だが転移魔法陣は一人ずつしか乗れない仕様だ。
まずは誰が行くかを話し合った。
「僕がいきますよ」
名乗り出たのはファミルだった。
ファミルの能力を把握していたので反対するものはいなかった。
というものファミルの能力は自身と周囲を守る力に長けていたからだ。
二番目に名乗り出たのはサリサだった。
これに反対するものもいなかった。
サリサの鞭は多人数を相手にできる。それでいて相手を近づけないことに定評があった。
次に俺が名乗り出た。
皆が頷く。
俺は全体を吹っ飛ばすのが得意だ。
ファミルとサリサが陣を守っている間に高火力をぶっ放せるは俺しかいない。
順番は次にディラン、その次にケルヴィ、最後がレイナだ。
順番が決まったのでいざ出陣。
まずはファミルが転送した。
3秒後、サリサが転送される。
次は俺だ。
俺は転移魔法陣に乗る。
1、2──その時だった!
俺は誰かに押し出される。
振り返ると、そこには今まさに転移されるレイナの姿があった。
これにはディランもケルヴィも驚き戸惑っていた。
俺はすぐに転移魔法陣に乗るが3秒たっても転移されなかった。
「くそっ! 魔法陣の上に陣取ってやがるな!!!」
転移魔法陣には弱点があった。
転移されたあとに魔法陣からどかないと次の人が転移できないのである。
10秒……20秒……30秒……。
ひたすらに待っていたが未だに転移されない。
くそっ!!!
転移される前のレイナの顔が脳裏に焼き付いている。
レイナは……薄気味悪く笑っていたのだ。
俺は嫌な予感がした。
ディランもケルヴィもレイナがなぜそんな行動を起こしたのか分からずに顔面蒼白となっていた。
きっと……原因は俺だろう。
レイナとのことは皆には話していなかった。
変な亀裂を作りたくなかったし、サリサがもう大丈夫と言ったからだ。
いや……それは言い訳だ。
情けないから言いたくなかっただけだ。
頭の中でグルグルと無駄な思考を繰り返す。
この時間が数分にも数時間にも思えた。
しばらくしたのち、俺はようやく転送された。
その部屋は何の変哲もない部屋だった。
目の前に倒れている二人を除いては──。
サリサは大けがを負っているようで、レイナの隣でうずくまっていた。
よく見ると転移魔法陣には血だまりがあり、引きずられたような痕跡の先にレイナが倒れている。
サリサが引きずったのだろう。
俺はサリサに声をかけた。
「待ってろ! 今回復してやる!」
サリサの肩を抱き、優しく横たえると腹部に刺された跡があった。
俺はそっと手を添えるとヒールをした。
「レイナのやつ……いきなり後ろから……」
「ああわかっている……今はしゃべるな」
「…………ファミルが私をかばって……」
「…………」
俺はファミルに謝罪するしかなかった。
本当にすまない……俺のせいだ……本当にごめん。
ファミルはまだ若く弟分のような存在だった。
人懐っこく明るい性格で俺の事を慕ってくれていた。
そんなファミルが殺されてしまった。
俺のせいで──!
そこからはよく覚えていない。
なんとか2階を攻略し帰還魔法陣に乗って帰還すると、俺は逃げるようにその場を去った。
罪悪感と後悔の念で仲間の顔が見れなかったのだ。
その後は自我を捨てるように戦闘に明け暮れた。
昔の自分に戻って。
■
「本当に自分勝手よね。別にあなたが悪いんじゃないのに」
「いや、俺が悪かったんだよ」
「いいえ……違うのよ。レイナは私を恨んでいたの……だから私がファミルを殺したようなものよ」
俺とサリサはまだダンジョン内にいた。
あまりに会話が弾んでしまって、話が止まらなくなってしまったのだ。
会話が進むにつれ昔の話となった。
色あせてはいるが忘れられない出来事だ。
「どちらにしろ俺の選択が間違っていたんだ。ファミルには謝っても謝り切れん……」
互いに自分が悪いを言う。
そのやり取りが続くにつれお互いに元気がなくなっていった。
「もうやめましょ! せっかくこうしてあなたと出会えたのだもの! これからのことを話し合いたいわ!」
「そうだな……ってそうだった! サリサに頼みがあって会いに来たんだよ!」
「あらなに?」
俺は目的を思い出した。
リーリアとアナスタシアのダンジョンへの許可だ。
……いや、待てよ……どうやって説明したらいいんだ?
俺は既に結婚をしている。
リーリアも俺の子だ。
だがそれを説明したらサリサは怒るのではないか?
レイナと関係を持ってしまった時の鬼の形相を思い出す。
俺は身震いした。
──ダメだ!!
絶対に許可が下りない!!
そうなると修行ができないしダンジョン攻略も難しくなる。
すると……関係を偽ってただの仲間ということにするか?
いやいやいや! そもそもサリサは俺とよりを戻そうとしている。
そんな嘘がいつまでも続くわけがない。
俺は頭をかかえた。
敵との戦いならばいい作戦は思いつくのに、こういったことはまったくいい案が思い浮かばなかった。
「どうしたのベアル? 話があるんでしょ?」
「あ、ああ」
俺は問題を先延ばしにしつつも、本来の目的を話すことにした。
「俺の仲間がダンジョンの外で待っているんだが、そいつらは冒険者ランクがAランクではないんだ」
「なるほど、実力はあるから私に許可をしてほしいってわけね?」
「察しがよくて助かる」
「……ところで……その仲間って女の子?」
「…………」
「ふうん、まあいいわ。私も大人になったからね。多少は理解があるつもりよ」
「とりあえず外に出るか」
「そうね」
リーリアとアナスタシアにどうやって紹介しようか苦悩しつつ、俺たちはダンジョンから帰還することにした。




