140、鑑定しよう
初心者ダンジョンから出た俺たちは鑑定所へと向かっていた。
アナスタシアがフェニックスと融合したのち、部屋に宝箱が出現したのだ。
俺達も部屋に入ることが出来たため、事情を詳しく聞いた後宝箱を開けた。
中身は宝石が3点ほど付いているネックレスだったので非常に驚いた。
「お父さん、これっていいものなの?」
「ああ、宝石の分だけ魔法付与が付いているんだ。だから多ければ多いほど価値は高い……とはいっても例外はある。例えば──」
俺は荷物袋から大会初戦でユンゲラから勝ち取った腕輪を取り出して見せた。
「お父さんいつの間に腕輪なんて持ってたの!?」
「ちょっとな……まあそれはいいからよく見てくれ……この腕輪は宝石が8つ付いているだろ?」
「本当だ! すごい!」
「でもこの腕輪の宝石は一つ一つが小さい。逆にこっちのネックレスの宝石は3つだけど大きいだろ?」
「うん! 結構大きさ違うね!」
「これは魔法付与の効果の数値に違いが現れるんだ」
「なるほど! えっとつまり、宝石が小さければ効果も小さくて、大きければ効果も大きいってこと?」
「そういうことだ」
「……ちなみにこのネックレスの宝石はすごく大きいの?」
「中くらいだな」
とはいってもかなりレアな物である。
まさか説明のためだけに入ったダンジョンでこんなラッキーが起ころうとは。
アナスタシアもパワーアップしたことだし幸先はとても良い。
「しかしこんな偶然が起こるものなんだな。まるでアナスタシアを待っていたかのようなそんな状態だったんだろ?」
「そうだな……ベアルなら倒せたかもしれんが救うことはできなかった。そう考えると私があそこにいたのは運命だったのかもしれない」
「そうですよ」
俺に抱きつきながらそう断言したのはセレアだった。
「あの場にアナスタシアがいたからフェニックスは現れたのです。フェニックスは言うなれば竜王ニーズヘッグと同等の存在。自分を救ってくれる者を潜在的に察知して現れたのでしょう」
「そ、そうだったのか!」
アナスタシアは驚き胸に手をやった。
自身の中に眠るフェニックスを思っているのだろうか。
俺は竜王と同等の存在とはどういうことだと聞きたかったが、鑑定所の前まで来てしまったのでこの話はまた今度ということにしよう。
「では着いたから入るか」
俺たちはぞろぞろと店の中に入る。
店の中はこじんまりとしていて俺たちが全員入ると店の中はパンパンになった。
「せ、せまいのね」
「ああ、この店はここらへんじゃ一番小さいだろうな」
「小さくて悪かったなベアル」
カウンターの奥から出てきたのは子供と間違えそうなほど小柄な男だ。
ホビットと呼ばれる種族で手先の器用さと素早さは魔族随一である。
「ハンベル、元気そうだな」
「お前は垢が抜けたようだが、相変わらずだな」
ハンベルはちらりと周りの女性たちを見る。
それは呆れたような視線であった。
「ベアルさん、この方はお知り合いなのですか?」
隣にいたナルリースが袖を控えめに引っ張りながらそう聞いてきた。
「ああ、昔世話になった人でハンベルという。こう見えても俺よりもずっと年上だ」
そう言ってハンベルに皆の事を紹介した。
「ハンベルだ。まさかお前が結婚するとは思わなかったぞ……まあ二人いるというのは納得だが……サリサはいないんだな?」
ハンベルは、さも興味なさそうに言った。
「ああ、かなり前にちょっとな」
「そうか」
ハンベルはそれ以上は何も聞かなかった。
ふと袖を引っ張る強さが変わったことに気がつく。
ギュッと強く引っ張られており、ナルリースの顔を見ると少しふくれていた。
「サリサというのは昔付き合っていた女性だ。今はもうなんでもないさ」
「……そうですか」
場の空気が少し気まずくなる。
ハンベルは後頭部を手でかきながら、「悪かった、鑑定できたんだろ? 物を見せてみろ」と言った。
最初に俺がユンゲラから手に入れた腕輪を見せた。
「ほう……これはなかなか……」
ハンベルはじっくりと腕輪を観察した後に、「鑑定」と言って詳しく効果を見せいた。
しばらく止まっていたかと思うと、ごとりとカウンターに腕輪を置いた。
「これは攻撃力+5が8つだな」
「え? なに?」
当然のことながらリーリアは聞いたことのない言葉に疑問形であった。
「鑑定するとこういった形で書かれているらしいんだ。攻撃力というのは簡単にいえば相手を殴った時の威力が上がるってことだ。攻撃力+5が8つだから合計値は分かるか?」
「えっと……40だね!」
「そうだ、出来て偉いぞ」
しかし付いている宝石8つすべてが攻撃力というのも珍しい。
「ちなみにこれはオスト産のものだな。ここの優美な細工がそれを示していてな──」
ハンベルは楽しそうに腕輪の産地について語っていた。
こうなってしまってはしばらく止まらない。こいつはダンジョンマニアでもあり優秀な鑑定士でもあったのだ。
ちなみにオストというのは南魔族大陸にあるダンジョンである。難易度は普通くらいでSランク冒険者であれば攻略できるだろう。
「ハンベル、次はこのネックレスを見てくれ」
「ってな感じで……む、そ、そうか。もうオストについて語らなくていいのか?」
「その話は昔嫌にになるほど聞いたからな。それよりこれだ」
今度はネックレスを見せた。
するとハンベルは一目見て「ほう」と感嘆の声をもらした。
「これはここのダンジョンで手に入れたのか?」
「そうだ」
「……こんなの初めて見るな」
「そうなのか?」
「宝石の位置も違うし細工も微妙に違っている。ヴァンダミ産のものはシンプルな造形の物が殆どでそれがまた美しくもあり──っとそんなことより、このネックレスは明らかになんらかの意図があって作られている……まるで誰かにプレゼントするために作られたかのような……」
ハンベルはネックレスに釘付けとなりながらぶつぶつと独り言のように呟いている。
「まあ、細かいことはいいからエンチャントがなんなのか鑑定してくれないか?」
「あ、ああそうだったな。すまない、あまりに珍しかったものでな」
こほんと咳ばらいをして鑑定を開始する。
すると、さらに驚いた顔をして目を見開いていた。
「なんだこれは! こんな効果は知らんぞ!? どうなってるんだ!!?」
「なんだ? もったいぶらずに教えてくれ」
「あ、ああ、鑑定の結果は融合強化+100、火属性強化+100、耐火属性+100だ……融合強化なんて初めて見たぞ」
明らかにフェニックスが関係してますよと言わんばかりのネックレスである。
アナスタシアがフェニックスと融合したというのは内緒にしようと思っていたために融合というワードがでて俺も驚いてしまった。
ハンベルはその表情を見て俺も知らないと解釈したようだ。
「ベアルも知らなかったか……まあ、融合強化はよくわからないが火属性強化と耐火属性だけでも十分に強い。これは当たりだな……ちなみに俺に売る気はあるか?」
「ないな」
「……そうか」
ここはいらないアクセサリーも買い取ってくれる。
もちろん売る気などまったくないが。
「助かった。鑑定代は変わってるか?」
「変わってないが……もう行くのか?」
「ああ、南デルパシロ王国ダンジョンも攻略するつもりだからな」
「ほ、本気か!? ……いや、お前なら本気だろうな。もし何か手に入れたら帰る時でいい、俺にも見せてくれないか?」
「はは、分かった。約束しよう」
ハンベルは相変わらずハンベルであった。
俺たちは代金を支払うと店を後にした。
外に出てすぐ、アナスタシアにネックレスを渡した。
「ほら、これはアナスタシアが身につけるといい」
「いいのか?」
「どう考えてもお前専用だろ?」
「そうだな! ありがとう!」
アナスタシアはそっと受け取ると優雅な仕草でネックレスと身につけた。
鎧を着ているため、ネックレスは鎧の中にしまった。
「どうだ? 融合強化+100の効果はありそうか?」
「うーん、よく分からない」
「それはそうか」
そもそもまだ実戦で戦ってすらいない不慣れな融合状態では些細な違いなど分かるはずもない。そのうち実感してくるだろう。
「さて、この攻撃力+40の腕輪は……ジェラつけるか?」
「はにゃ!? いいのかにゃ!?」
自分が言われるとは思っても見なかったのだろう。完全に不意をつかれたようで声が裏返っていた。
「これからいくダンジョンは相手もかなり強くなる。ナルリース、ジェラ、シャロには3人一組で行動してもらうつもりだ。攻撃の要であるお前が付けておくべきだろう」
「そういうことなら分かったにゃ!」
嬉しそうに腕輪を付けるジェラ。
それをじっと見つめているリーリア。
「リーリア、これからダンジョンをどんどん攻略していくから何かしら良い物が手に入るだろう。その時はお前にも渡すからな」
「ううん、私は大丈夫だよ。だって……」
するすると胸元から何かを取り出した。
それはパイロの町で俺がプレゼントをした魚の形のネックレスだった。
「私にはこれがあるもん」
「リーリア……」
俺はたまらずギュッと抱きしめた。
こんなにも可愛らしく愛おしい我が子が存在する世界に感謝をした。
ああ、俺の女神よ。
感動した俺はしばらくリーリアと抱き合っていた。
「おい、店の前で何やってるんだお前たちは」
ハンベルに怒られた。




