139、アナスタシアの戦い
アナスタシア視点
私は扉の境界線で立ち止まった。
「アナスタシア、俺たちは入れないから見守ることだけしかできん。だが頑張るんだぞ!」
「見守っていてくれているだけで十分だ!」
ベアルが……リーリアが見ていてくれているならば何も怖いものはない。
ゆっくりと一歩を踏み出す。
境界線を一歩越えると、目の前の黒い鳥の気配を色濃く感じるようになった。
どす黒く、肺の奥から気持ち悪くなるようなどろどろの気配。
一瞬吐き気がしたが、ベアル達に見られているという意識のおかげで最後の一線は踏みとどまった。
圧倒的なまでのプレッシャーが私を襲う。
黒い鳥は翼を大きく広げ、鳴き声を上げ部屋全体を震わせた。
何かが来る!
そう思った瞬間、黒い鳥から闇があふれ出した。
部屋全体を覆うように、地面、壁、天井、すべてが闇で塗られていき、辺りは完全な漆黒となった。
まるで明かりのない夜のようだが、自分の姿だけは見えているので妙な感覚に襲われる。
永遠に続く落とし穴に落とされているような……そんな感覚だ。
「くそっ! ホーリーボール!!」
私は闇を払おうと光を照らそうとした。
だがホーリーボールは瞬時に黒く染まり闇に呑みこまれるように消えてしまった。
「なぜだっ! ……なんだこれは!!? ど、どうなっている!?」
漆黒の闇は意志をもっているかのように蠢きだした。
闇から触手のようなものが生えだしたかと思うと絡みついてきた。
私は一瞬のうちに触手にからめとられ身動きが取れなくなった。
「ぐっ……くそっ!」
動けば動こうとするほど触手が食い込んでくる。
手、足、体、動かせる箇所は全部締め付けられ、微動だにすらできなかった。
このままではまずい。
剣も握れないし、法力も通じない。
絶体絶命だった。
だが私には最後の切り札があった。
リーリアとの対戦では危険すぎて使えなかった勇者としての技『聖痕モード』。
『聖痕モード』は深い傷を負う代わりに一時的に法力を爆発的に高める。
だが一度使用してしまえば傷が癒えるまで法力が使えなくなってしまう諸刃の技。
いわば法力の前借りなのだ。
そんなことを考えていると触手が新たな獲物を見つけたかのように踊るようにうねった。
しばらくうねった後、狙いを定めたのは私の顔。
ゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。
「ま、まさか────うぐっ!」
口の中に滑り込むようにして入り込んでくる。
口内を犯すように動いた後、喉の奥へ奥へと侵入してきた。
「あっ……がぁ……」
苦しい。
喉も焼けるように熱い。
もはや考えている猶予などなかった。
「あああぁぁぁがああぁぁぁあああああ!!!」
声にならない声を発し、ホーリーランスを発動させる……と同時に、ホーリーランスは私の腹部へと突き刺さっていた。
その瞬間、私の中で何かのスイッチが押される感覚があった。
体の内側からあふれ出すように法力が湧いてくる。
私は軽く力を込める。
すると今までのが嘘のように簡単に触手はぶちりと切れる。
ああ、体が軽い! まるで宙に浮いているかのよう!!
実際に私は宙に浮いていた。
それほどまでに外にあふれ出ている法力の力が尋常ではなかったのだ。
「今、闇を取り払ってやるぞ!! はああぁぁぁぁぁ!!!!」
私を中心してホーリーウォールを円状に展開した。
広がっていくホーリーウォールに沿ってダンジョンが色彩を取り戻していく。
「丸裸になったな! 黒い鳥!!」
最初と全く変わらない位置に黒い鳥はいた。
焦る様子もなく淡々とそこに佇んでいる。
それどころか様子がおかしいようだ。
ぎぎぎぎと変な音を発している。
何かと語ろうというのか?
だが私には時間がない。
聖痕モードは短期決戦型の技なのだ。
既に内から漏れ出す法力も減少している。
……でも、それでも何故か私は黒い鳥の発言が気になってしまった。
少しの間、本当に少しの間だがトドメを先延ばしにした。
『……や……み…を…………はら……って……』
脳内に声が響く。
それは場違いな程、美しい女性の声だった。
そのせいか私は混乱する。
「だ、誰だ!?」
『わ……たし……のやみ……を……ぐっ』
黒い鳥が暴れ出すようにバタバタと羽ばたく。
その動作によって察しの悪い私もさすがに気がついた。
今の声はこの黒い鳥か!!
どうやら事情があるようだ。
闇を払えとか言っていた。
つまり元凶はこの黒い闇!!
私は単純な答えを導き出すと残り最後の力を振り絞ってこう叫んだ。
「闇よ消え去れ!! 聖なる柱!!!」
聖なる柱に取り込まれた黒い鳥は苦しみもがく。
しばらくジタバタと羽ばたいていたが、観念したのか首を垂れて動かなくなった
しかしその時、黒い鳥から漆黒の物体が飛び出した。
「!!!」
漆黒の物体は私めがけて飛んでくる。
私は即座にホーリーピラーを解き、代わりに聖なる剣を発動させた。
「闇の元凶よ! 塵となれえぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
漆黒の物体は綺麗に真っ二つとなり、煙のように消滅した。
─
『ありがとうございます』
頭の中に直接語りかけられた。
私の目の前にいるのはとても綺麗な鳥だった。
まるで炎そのもののようで、だけどしっかりと形はある。
とても言葉では形容しがたい……美しい姿だった。
ここはまだ『世界の狭間』のようだ。
後ろを振り返ると、扉の境界線の向こうでは驚いた顔をしているベアルがいた。
その顔を見て私は思わず噴き出した。
「ふふ……あははは」
緊張の糸は解けている。
目の前には美しい鳥がいるが不思議と危険はない気がしている。
『素敵な仲間がいるのですね』
「ああ、最高の仲間だ! ……というかあなたは誰だ? 私はアナスタシアという」
私がそう言うと綺麗な鳥は優雅に羽ばたくとお辞儀のような仕草をした。
『私はフェニックス。あちらの世界では不死鳥と呼ばれていました』
「あちらの世界?」
『ええ、アナスタシアの世界とは別の世界です』
「なるほど、異世界という訳か……でもそんなフェニックスがなぜあんな姿に?」
『それは……』
フェニックスは悲しい声となり語りだした。
それは壮絶な物語だった。
フェニックスの世界は元は人々が幸せに暮らしていた平和な世界だという。
だがある日突然、闇の王と名乗るものが現れ不死者が闊歩する世界となってしまった。
人々は戦ったが不死者には勝てず、一人また一人と不死者となっていく。
フェニックスはこのままでは不味いと感じ闇の王に戦いを挑むが負けてしまった。
そして闇に取り込まれてからは記憶がないらしい。
『あれからどれくらいの時間が経ったのかもわかりません……人々はいなくなってしまったかもしれません……ですが私は闇の王を倒さなくてはならないのです』
フェニックスはそう言って口をつぐんだ。
私は視界は既に涙で歪んでいた。
「ううぅぅぅ……そんな悲しいことがあっていいのか!! 闇の王め! 許さない!!!」
『……あなたは優しい人なのですね……あなたに会えてよかった』
「だが私にはどうすることもできない! それが悔しいのだ!!」
『そう言って下さるだけで救われます……』
フェニックスはしばらく瞳を閉じ、しばらく思案していた。
そして目を開けて言った。
『あなたの目的はなんですか? もしよろしければ聞かせて下さい』
「わ、私の目的はカオスという化物を倒すことだ」
私は説明した。
この世界の事、私の立場や仲間の事、世界の終わりが近づいていることを。
『そうでしたか……あなたの世界でも危機が……わかりました』
「フェニックス? どうしたんだ?」
『……もしよろしければ私と融合しませんか?』
「ゆ、融合!? そ、それはどういうことなんだ?」
『融合といってもあなたは何も変わりません。私の力があなたの中に入るだけです』
「いや、それは嬉しいのだがフェニックスはどうなってしまうんだ?」
フェニックスは頭を振る。
『存在が消えてしまうでしょう』
「それはダメだ!!」
『ですがこのままではここからでられません』
「うっ……それは……」
ここ『世界の狭間』から出る条件はどちらかが負けて消滅すること。
実際、ベアル達が入ってこれないところを見ると結界は解かれていない。
『……ではお願いがあります。私と融合してカオスを倒した後に……私の世界に来て闇の王を倒してくれませんか?』
「そっちの世界にいけるのか!!?」
『わかりません……ですがここで生き残った者は元の世界へ帰れる……ということは融合してしまえば私の世界にも行ける権利は発生する可能性は十分にあるのです』
「な、なるほど!?」
私にはよくわからない。
だが他に道がないというのなら……。
『それに私が戻ったところで闇の王には勝てません。ならばいっそ融合に賭けてみたいのです』
「わかった。私はどうすればいい?」
『私に触れて下さい』
私は何のためらいもせずにフェニックスの首元を撫でた。肌触りはシルクのようになめらかで心地よかった。
『触れるのが怖くないのですね?』
「え? ああ、フェニックスが私に害を加えるわけがないからな」
『ふふ、ますますあなたでよかったと思いますよ』
その瞬間、フェニックスは光り輝いた。
振れた手に光が収束していき、光が収まるとそこには何もいなくなった。
「あ……こ、これは!!?」
物凄い力が内からあふれてくる。
それは聖痕モードの時よりも強く、だがしっかりと身につくように体になじんでいった。
フェニックスの力は凄まじいもので、普段の私の力とは比べ物にならなかった。
「こ、こんなの……私が普通に戦っていたら勝てなかったぞ……」
それを知っていてあえて私に力を……生きる道を譲ってくれたのだ。
私は拳を握りしめる。
いつかからなず……カオスを倒したら異世界に渡って闇の王を倒してみせる。
「だからその時まで……待っていてくれ」
私は深く胸に刻む。
フェニックス……ありがとうと。




