138、異世界の伝説モンスター
「お父さんここは!? あいつは何なの?」
「この先の部屋は『世界の狭間』と呼ばれるこちらの世界と異世界が混ざった場所だと言われているんだ。そしてあいつは異世界の伝説モンスターだ」
「伝説モンスター!?」
「ほら、俺が以前言ったことがあるだろ? 異世界の魔王を倒して『黒い炎』を手に入れたって」
「確か漆黒竜アポリオンロードだっけ?」
「ああ、その時もこんな感じでダンジョンのボスを倒した後に現れたアポリオンロードを瀕死になりつつも紙一重で倒したという訳だ」
「そんなやつと同等ってこと?」
「実力は分からん……が、『世界の狭間』に現れる伝説モンスターははっきり言って桁違いの強さだ」
扉の奥で待ち構えている黒い鳥はじっとこちらを見つめていた。
まるで早くこいと言わんばかりに首を上下させている。
「やつを倒せば新たな力が手に入るのか?」
そう言ったのはレヴィアだ。
その目はやる気に満ち溢れている。
「ああ、異世界の力が手に入ると言われている。実際に俺も手に入れたから間違いないだろう」
「じゃあベーさんもいるから皆でちゃちゃっとやっつけちゃいますか?」
シャロがいつもの調子でいうが俺は首を振った。
「いや……この中に入れるのは一人だけなんだ」
「うへぇ……」
シャロは踏み出そうとしていた一歩を後退させると、そのままスススと後ろに下がっていった。
「なら我がやってもいいのだな?」
「俺は構わんが一度入ったらどちらかが死ぬまで出られないぞ?」
「分かっておる」
俺は他に戦いたいものはいるかと確認する。
すると皆は押し黙ってしまった。
「た、戦わないという選択肢はないのですか?」
ナルリースが恐る恐るそう言った。
「いや……このパターンはかなり珍しいんだ。一度このダンジョンをでてもう一度戻ってきてボスを倒したとしても、またこの『世界の狭間』が現れるとは限らないし同じ伝説モンスターが出る保証はない。……そうだな、はっきり言う。まだこいつは弱い方だと思うから倒すなら今がチャンスだ」
「──えっ!?」
皆は驚いた。
部屋の中にいる異世界の黒い鳥はかなりの力を持っているように見えるからだ。
それこそケツァルやオルトロスに匹敵するほどに。
「いいか? こいつは初心者ダンジョンの伝説モンスターなんだ……後は分かるな?」
──つまりダンジョンの難易度によってはこれくらいのモンスターが普通にでてくるところもあるということだ。
言葉の意味を理解した皆は顔を青ざめる。
「噓でしょ……こんなの倒せる人なんて私たちの世界に何人いるのよ……」
私には一生無理だわと意気消沈するナルリース。
ジェラとシャロも互いに無言であった。
そんな時、ガシャリと音を立て前に出てくる者がいた。
「ならば私にやらせてもらえないか?」
そう言ったのはアナスタシアだった。
「なっ! 我がやると言っただろう!」
「私はレヴィアよりも弱い……だからこそこの黒い鳥をやらせてもらいたいのだ」
「おぬしの実力では死ぬぞ」
「いや、先ほどのベアルの説明で勝機があると思ったから名乗り出たのだ。つまりは不死者の伝説モンスターということだろう? 見た所あの黒い鳥からは闇の力を感じる。ならば私の光の力が弱点のはず」
確かに理にかなっている。
レヴィアは火の魔法を使えない為、弱点を突けるような魔法がない。物理での攻撃がメインとなる。
だがダンジョンには物理攻撃が効かないもいる。
もしあの黒い鳥に物理が効かなかった場合、レヴィアは途端に不利となる。
「ぐ……確かにその通りではあるが……でもこの機会を逃したくはないのだ!」
「それは私も同じ! このままでは私は化物との戦いにおいて足手まといとなってしまうだろう。相手が弱いであろう今回しかチャンスがないのだ!」
「…………う、し、しかし」
「お願いだ……ここは譲ってくれ」
アナスタシアはレヴィアに向かって腰を曲げる。
それは綺麗なお辞儀であった。
長い沈黙がこの場を支配する。
しばらくそれが続いた後、はぁとレヴィアはため息をついた。
「そこまでされては譲らない訳にはいかないの……でも次があれば我にやらせてもらうぞ!」
「ああ! もちろんだ!」
話はついた。
アナスタシアは意気揚々と装備の最終点検を行っていた。
その様子をリーリアが心配そうに見つめている。
「大丈夫だリーリア。私は必ず倒してみせる」
「……うん」
アナスタシアはそう言うとリーリアの頭を撫でた。
「それにあの黒い鳥……なんだか私を呼んでいた気がするのだ」
「え? そうなの?」
「ああ、なんとなくだけどな」
扉の奥にはゆっくりと羽ばたきながらこちらをじっと見ている黒い鳥。
確かに言われてみると黒い鳥はアナスタシアの方をじっと見続けている。
「よし、装備はばっちりだな」
「ちょっと待ってください」
準備ができたアナスタシアに声をかけたのは意外にもセレアだった。
「どうしたセレア? 私に何か用か?」
「ええ……皆さんお忘れかもしれませんが、あなたには『セレアの種』が宿っております」
「……え?」
アナスタシアは驚いて俺を見た。
俺は頷いた。
「そうだったのか……? でもお父様はその話は聞いたことがないと言っていたが」
「確かにそう言ってたにゃ」
俺たちは結局、国王からは『セレアの種』についての情報を得ることはできなかった。
しかし俺はアナスタシアが『セレアの種』保持者だと確信をしていたのだ。
「お前たちには言ってなかったかもしれないが、人間大陸に『セレアの種』の保持者がいるって教えてくれたのはセレアなんだ。もし仮にアナスタシアが『セレアの種』保持者じゃなかったらまだ人間大陸にいるってことになる。その場合セレアが黙ってはいないだろ?」
「なるほど!」
それに基本的に過去の英雄の子孫に受け継がれているため、第一王女であるアナスタシアに受け継がれている可能性が最も高いのだ。
「はい、その通りです。言ってなくてごめんなさい」
「いや、私もリーリアの役に立てるんだということを知れて嬉しいぞ」
誇らしいと胸を叩くアナスタシア。
その様子をみて笑顔になるセレアだったが、また表情を引き締めた。
「ですからあなたは死んではいけないのです。もしあなたが死んでしまったらあの黒い鳥にすべてを奪われてしまうかもしれない。それだけはあってはならないことなのです」
セレアの目は真剣そのもの。
世界の命運がアナスタシアの体に宿っているのだ。
「私も死ぬ気はない。それにこれくらいの敵を跳ね除けられないでどうして化物を倒すことができるだろうか」
「……それは確かにそうですね。(それに神託もあったんでしたっけ……ならば大丈夫ですか)……ごめんなさい引き留めてしまって」
途中何やらぶつぶつと呟いたかと思うとセレアはあっさりと引いた。
「ふむ、では今度こそ行ってくるぞ!」
アナスタシアは扉の向こうへ胸を張って歩き始めた。




