130、私の気持ちは
ナルリース視点
私は息を切らせて宿へと戻ってきた。
そのまま勢いよくベッドに倒れ込むと枕に顔を埋める。
だけどすぐに顔を上げ、その枕を胸に抱きベッドをゴロゴロとしだした。
「ああぁぁぁ!!! もう頭の中ぐちゃぐちゃだわ!」
最初はただただ夢みたいな時間だった。
一緒に豪華な食事をして、楽しく会話をして……。
でも突然それが壊された。
ベアルさんの発言によって、レヴィアと結婚をしたと聞かされた。
初耳だった。
いつの間にって思って、もう混乱しっぱなしよ!
その発言のすぐ後に、次は結婚してほしいと言われた。
どういうこと?
レヴィアと結婚したんじゃなかったの?
もちろんエルフの国にも一夫多妻というのは存在している。
だとしても……だとしてもよ!
い、いきなりすぎるわ!
結婚をしたと聞いてすごくショックを受けた所に、結婚をしてくれだなんて……。
感情の揺れ幅が大きすぎておかしくなってしまう。
頭の整理が追いつかないままたたみかけられた。
近づくベアルさんの顔。
相変わらずカッコいいと思ってしまった。
そしてそのまま目を瞑って幸せな時を過ごしてもいいかなって思った。
でも──
気がついたら逃げ出していた。
どうしても感情がダメって思ってしまった。
いったん冷静になって、ゆっくり考えてからでも遅くはないはず。
私は抱えた枕を頭上に戻すと、むくりと起き上がった。
「シャワーでも浴びようかしら」
一度頭を冷やそう。
そう思って部屋を出た。
─
部屋に戻ってくるとレヴィアがいた。
私はレヴィアと同じ部屋に泊まっていた。
ちなみにベアルさんとリーリア、シャロとジェラの組み合わせが同室だ。
「おお、おかえりナルリース。早かったな?」
なにやら含んだ言い方のレヴィア。
私は後ろ手にドアを閉めると、
「ちょっと聞きたいことがあるのだけど」
そう言ってベッドに腰かけた。
「ふむ……結婚のことか?」
「そうね……レヴィアはそれでよかったの?」
「それでとは?」
「私もベアルさんと結婚することよ」
レヴィアは腕を組み少しうーんと考えた後、
「別にかまわん」
そうあっけらかんと答えた。
私は納得がいかずにレヴィアに詰め寄った。
「でも普通は独り占めしたいんじゃないの? 私も結婚してしまったら、二人でベアルさんを取り合う形になってしまうんじゃない?」
「うむ、それはそうなのだが……ナルリースよ……我は魔獣だってことを忘れたか?」
「え? それはもちろん分かっているわよ」
「そうか……実は我は少し忘れていたのだ」
「えっ!?」
私はレヴィアの発言に驚いた。
そ、そんなことってあるの?
レヴィアは私の驚いた表情をみて、ふふふと笑う。
「そうであろうな。我も驚いたぞ。魔獣である我がまさか嫉妬するなんてな」
「え? それはどういう?」
「うむ、ベアルが我と結ばれた後におぬしとも結婚すると言い出したのだ。その時我は無性に腹が立った……嫉妬していたのだな。それと同時に我は自分に驚いたのだ。なんでこんな感情を抱くのかとな」
レヴィアの言っていることは人であれば当然の反応だ。変なことは何もない。
「魔獣としてはおかしいの?」
「うむ、我は最初子供が欲しいだけだった。だから妊娠さえできればそれで満足だったのだ。そもそも魔獣はメスだけで育てる種族も多い。我もそのタイプなのだ」
「そ、そうだったのね」
「そうなのだ。だがそれだけでは満足できなかったようだ。ベアルの愛も一緒に欲しいと願ってしまった。それに我は驚いた」
ベアルさんが前、レヴィアは人になりつつあると言っていたことがあった。
それは事実だったようでレヴィアはもう魔獣ではない。人の心をもった魔族となっていたのだ。
「ふふ、だから我は少しでも寵愛を受けられるのなら、もうけもんだと思ったのだ。ただ子供を孕むだけよりは幸せだと思わないか?」
脱帽だった。
レヴィアの考えは達観しすぎていた。
私にはどうも真似できそうにない。
「私は……私だけを愛して欲しい」
だからこそ本音がでた。
譲れないものがあった。
「そうか。まあナルリースがそう言う考えならばそれでいいのではないか? ただこれからの旅が辛いかもしれないがそれは許してほしい」
レヴィアはそう言った。
まるで勝利宣言かの如く。
つまりベアルを独り占めしてイチャイチャしちゃうけど、気にしないでくれといわれているようなものだ。
ギュ。
胸のところが握りつぶされるように痛む。
私はずっとこんな思いをして旅をしなくてはならないのだろうか?
いっその事、旅を止めてしまえればいいのではないか?
ふと、何かが視界に入った。
顔を上げるとレヴィアの大きく空いたパジャマの首筋に跡が付いているのが見えた。
……これってもしかして。
私が凝視していると、レヴィアも気がついたようで。
「ああ、これは昼間ベアルにやられたのだ。あの男は意外と独占欲があるようで我にやたらと跡をつけるのだ。あの調子では体力がもたないぞ」
……もう立ち直れないかもしれない。
目の前が暗転し、ベッドに倒れ込む。
鈍い私でもさすがに分かった。
ああ……そっかもう、そんな仲だったのね。
自然と涙があふれてきた。
やだ。
やだやだやだ。
渡したくない。
私はようやく気がついたのだ。
本当に心の底からベアルさんが好きだってことに。
羨ましかった。
妬ましかった。
私も愛してもらいたいと思った。
もう変なプライドや概念は捨てよう。
心のままに好きだって……私も愛してくださいと言おう。
私は心に誓う。
ならば早い方がいい。
きっと明日になったらこの勇気や感情はしぼんでしまう。
私はいてもたってもいられなくなり部屋を飛び出した。
その時後ろから声が聞こえた気がした。
「まったく………焼ける」
よく分からなかったが気にしてはいられない。
私はベアルさんの部屋へと急いだ。




