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129,ナルリースは……



 皆と合流したのは数時間が経過した後だった。

 

「遅かったですね。レヴィアずっと食べてたの? すごいわね」

「うむ、美味しかったぞ! それに食べたばかりではない、ベアルに食べられたりもしてたのだ」

「そうなのね。ベアルさんも結構食いしん坊だったんですね」

「まあな」


 普通に会話していたのだが、事実に気がつかなかったのはナルリースだけである。

 他の皆は何かを察知したようで、リーリアはうんうんと頷き、ジェラはくんくんと匂いを嗅いでニヤリとしたり、シャロはショックを受けたような顔をしていた。

 俺としても嘘をついていないので罪悪感はない。

 言うとしてもしっかりとした場所でしかるべきタイミングで俺の口から伝えようと思っている。




 ナルリースに対しても事前準備は済ませてあった。

 王妃にオススメされた夜景の見える丘に建てられた店である。

 ここは高級な食事のコースが楽しめる場所で雰囲気が抜群にいいらしい。

 お酒も年代物がそろっており、大人の食堂として貴族から愛されているとか。

 夜はここでナルリースと二人で行くことになっている。

 他の皆は酒場でラフな食事を楽しむ。酒の肴は俺とレヴィアの話になるに違いない。大いに盛り上がってもらおう。

 


 現在俺はこっそりと別行動を取っていた。

 結婚の記念となるものを一人で物色していたのだ。

 夫婦となったものには互いにその印となるものをつけることが一般的だ。

 それは指輪でもいいし、ネックレスでもいいし、ブレスレットでもいい。

 ペアとなって分かりやすいものがとにかく良いとされていた。

 結婚していることが分かれば、誘われることも減るし、余計なトラブルも避けられる。あえてつけない人もいるが、つけておいて損はないのだ。


 俺は指輪にしようと決めていた。

 こっそりと魔力の糸で指輪のサイズは計測済みであった。

 指輪はパッと見、分かりやすいし邪魔にもならない。

 どうせなら魔力を秘めていて、エンチャントがかかっている物を買おうと思っていた。

 

「なかなか良い物がないな」


 一般的な店には綺麗なものはあるが、魔力が込められているものは少ない。

 そもそもエンチャントできる職人はこの町にはいないのかもしれない。

 基本的にドワーフ族に多くいて、中央大陸のドワーフ国や魔族大陸の各地に点々としているのがほとんどである。

 人間大陸やってきてこのかたドワーフを見かけていない。

 きっとこの場所はドワーフには居心地が悪いのだろう。


 ……うーん、エンチャントはあとで付け加えるか?

 

 陳列された指輪を見て思考する。

 その時、ふと棚に飾ってあった指輪のセットに目がいった。

 美しい工芸箱の中には5つの指輪が並んでいて、それぞれ、黒、白、青、緑、紫の宝石が中央付いていた。それは下品な大きさではなく控えめで、リングのデザインは細かい文字が刻まれている精巧な作りであった。

 あまりの美しさに俺はその指輪に釘付けとなる。


「それはドワーフ国から仕入れたものなんですよ」


 俺は声を掛けられた初めて後ろの存在に気がついた。

 よほど気に入ったのだろう。まさか俺が後ろを取られるとは思いもしなかった。

 振り返ると女性の店員がいた。


「素晴らしい出来だな。ドワーフ国から仕入れたのなら当然か」

「ええ、ここまで美しく仕上げられるのはドワーフの職人しかいません。しかしその中でも選りすぐりのものを仕入れさせていただきました」


 店員は自信をもってそう言った。

 なるほど。確かにこれはなかなか見ない品である。

 でもここまで良いものならなぜ売れ残っているのだろう。

 俺が疑問に思った時、店員のほうからその答えを聞けた。


「実はこの指輪は5つで1つのセットなのです。バラ売りだけはしてはいけないと仕入れ先から厳重な注意を受けたのです」

「それはどうしてだ?」

「この指輪にはエンチャントが付いているのですが、なんと! 効果は探知能力なのです! 指輪を付けている人同士の位置が分かるという素敵な指輪なんです」

「……なるほどな」


 確かにこれをバラ売りしたら、他人の位置が分かってしまうことになる。

 ということは悪用もされやすい。

 好きな人にこの指輪を遅ればストーカー行為も簡単にできてしまうという訳だ。

 ……何というものを作ったんだドワーフの職人は……。


「よく悪人に買われなかったな」

「値段が値段ですので効果に見合わないと思われたのではないでしょうか」

「いくらなんだ?」


 店員はニコっと笑うと、「1500万ゴールドです」と言い放った。


「そ、それは確かに高すぎるな」

「ふふ、それほどの価値があるものですので」


 確かに価値はある。

 魔力探知では特定の人を見極めることはできない。

 なので位置が分かるというのは便利だし、有能な能力である。

 特にこれから行くダンジョンなんかはトラップも多い。

 この指輪を付けていたから命が救われたとなれば1500万ゴールドは安いものである。


「ところでお客様はベアル様ですよね?」

「ん? ああ、よく知っているな」

「それはもう! 大会で優勝したのですから城下町で知らないものはいませんよ!」


 どうやら有名人になったらしい。

 ……ああ、だから金を持っていると目を付けて話しかけてきたわけだ。

 確かに俺ならば1500万ゴールドは払える。

 竜王の依頼と大会優勝賞金を足せば全然足りるからである。

 例え今回出費したとしても、大会優勝依頼もエルフ国からもらえるので金が尽きることはない。

 

 俺は考える。

 1500万ゴールドの価値があるかどうかを。

 そして決断した。


「一応効果を確かめてもいいか?」

「はい! もちろんです!」


 店員は棚から指輪を取り出した。


「おひとつ手に持ってみてください」

「わかった。じゃあこれを」


 黒い指輪を手に持った。

 すると人や魔獣の気配とは違う何かを目の前の指輪から感じた。

 俺は店の中をぐるりと一周する。

 その気配は店員の持つ箱から4つ感じる。


「では箱をここにおいて、私も一つ持って移動してみますね」


 店員は赤い指輪を持って移動したようだ。

 赤い気配が移動しているのが分かった。


「なるほど、確かに効果は本当のようだ」

「はい、気に入ってもらえたでしょうか?」

「ああ、これをもらおうか」

「さすがベアル様です! かしこまりました」


 俺は美しい工芸箱ごと指輪を購入した。


 ─


 皆と合流し、しばらくは一緒に楽しんでいたのだが、そろそろ頃合いの時刻となったのでナルリースを誘い出すことにした。

 

「皆、すまない。俺はナルリースと用事があるから、ここからは別行動でいいか?」

「えっ……」


 思いもしないことだったのか、顔はこわばり、一歩引いて立ち止まってしまったナルリース。

 他の皆もただならぬ雰囲気を感じて俺とナルリースの顔を交互にみた。

 しばらく互いの空気を読むような間が開いたが、ふとジェラが歩き出した。


「……んじゃ行こうかにゃ! ほら、皆行くにゃ」

「えー! いいの!? だって……ジェラ! まってよぉ~」


 シャロは何か言いたそうだったがジェラの後を追いかけて走っていく。


「お父さん、じゃあまたあとでね」

「ふん、じゃあな」


 リーリアもレヴィアも歩き出す。

 

「ではいくぞ」

「えっ……は、はい!」


 俺は先導するように歩き出した。

 ナルリースは不安な表情を浮かべて付いてきていた。

 思考が追いついていないのか、人とぶつかりそうになったりして危なげである。

 俺は立ち止まると、自分の手を差し出した。


「ほら、離れないように手をつなぐぞ」

「────ッ! は、はいぃ!」


 ナルリースは恐れるような手つきでちょこんと指先を乗せてきた。

 俺はその手を強引に掴むと、また歩き出す。

 掴んだ部分から伝わる感触は、小さくて滑らかだがとても冷たかった。

 

「お前は冷え性なのか?」

「ひゃい! そ、そうなんです!」

「ふっ……そうか」


 背後から聞こえる声はとても緊張をしていた。

 こっそり振り返ると俺の手の部部をじっと見ていて、どうしたらいいのか分からずあわあわとしている様子が可愛らしかった。


 そんな手をつなぐのにも慣れたころ、目的の店へと辿り着く。

 そこは小高い丘の上にあり、いかにも高級というって感じの店構えをしていた。


「ここで予約をしている。食事をしてから話しをしたいと思うのだがいいかな?」

「は、はい」


 あらかじめ予約をしていたのですんなりと個室へと通された。

 そこは街並みを一望できる巨大な窓が付いており、日が暮れてきているからか赤い夕焼けが町にグラデーションを作っていた。

 

「わあ……綺麗……」


 窓に近寄ったナルリースは顔を夕日で染めながら、うっとりと景色に見惚れていた。

 しばらくして俺もハッと気がついた。恍惚な表情をしているナルリースをじいっと見入っていたことに。

 ナルリースは美しかった。もともとエルフは美しい種族だが、今は一段と美しく見える。

 雰囲気だとか俺の意識が変わったのかはわからない。

 だが、俺の心をドキドキさせる何かがあるのは確かだった。

 

 俺たちは席について出されたコース料理を堪能した。

 会話も弾んだし、終始笑顔で楽しんで食事をすることができた。

 その間に日は完全に沈み、街並みには人々の生きる証の明かりが灯されていて、それが夜空に輝く星のように綺麗だった。

 食事が終わり一息つく。酒をゆっくり飲みながら俺たちは余韻を楽しんでいた。


「ふふ、美味しかったですね」

「ああ、そうだな。ナルリースが喜んでくれて良かった」

「大満足です! 本当にありがとうございました」

「いや、例には及ばない……お前には大事なことを話さないといけないからな」

「あ……そういえばそんな話でしたよね……」


 今まで笑っていた顔も、少し引き締まった顔になる。

 その話が今日の本命だってことは分かっていたからだ。


「ではなぜここに呼ばれたのか気になっていると思うから単刀直入に言おうと思う」

「……は、はい」

「俺はレヴィアと夫婦になった」

「……はい?」


 レヴィアは真顔となり、何言ってるのか分からないという顔をしていた。

 まあ、唐突過ぎたかもしれない。


「今日の昼に結婚を申し込んだんだ。そしてレヴィアはそれを受けてくれた」

「え……あ、あの……え?」


 明らかに動揺していた。

 それもそうだろう。

 これまでの雰囲気を完全に無視して、それをぶち壊すようなことを言っているのだ。

 俺は酷いことを言っている。

 だが最初に言っておかないといけないことだ。

 

「な、なんでそんなことを言うんですか!? せっかくいい感じだったのに……幸せだったのに……それを壊すようなことを言わなくてもいいじゃないですか……」


 一息で堰を切ったように喋り出した。

 顔は下を向いており、今にも泣きだしそうな表情をしている。


「すまない。でもこれは伝えなくてはならないことなんだ……これからのためにも」

「これから? ……確かに一緒に旅をするわけですから隠せないですもんね……そっか……ごめんなさい取り乱して……おめでとうございました。明日旅立つんですよね? ではもう寝ないといけないので……」


 そういって席を立とうとするナルリース。

 俺はナルリースの腕を掴み引き留める。


「な、なんですか? もう話は終わりなんですよね?」

「いや、ここからが大事なんだ……最後まで聞いてくれないか?」

「もうこれ以上は聞きたくないです!」

「俺はお前の事も好きなんだよ」

「…………はい?」


 何を言っているの? と、本当に訳が分からないといった表情で俺の顔を見た。

 俺は改めて意思を表明する。


「俺はナルリースの事も好きなんだ。だから結婚してくれないか?」

「……え? 何を言ってるんですか……? だってレヴィアと結婚したんですよね?」

「ああ」

「……え? どういうことですか?」

「俺はお前とも結婚したいんだ」

「そ、そんなことって……冗談ですよね?」


 本当に何を言っているんだと俺も思う。

 だがこれは俺の我儘であり、譲りたくないことであり、本心なんだ。

 世間が何を言おうが関係はない。

 決めるのはナルリースだし、俺だからだ。

 俺は真剣な表情で、冗談なんかでは絶対ないとナルリースに迫る。


「俺はお前も欲しいんだ。だから俺と夫婦になってくれ」

「ま、待ってください! そ、それにレヴィアはなんといって──」

「既に了承済みだ」

「ええぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「お前を絶対に幸せにしてみせる」

「うぅぅ……リ、リーリアは──」

「了承済みだ」

「そ、そんな……」


 俺は立ち上がりじりじりとナルリースに詰め寄る。

 ナルリースも椅子から立つと、じりじりと後退していった。


「俺と結婚してくれ」

「……あ、そ、その……」


 壁まで後退したナルリースは動けなくなり、俺はそのまま壁にドンと手を付けた。


「俺の嫁になるんだナルリース」


 顔を近づける。

 あと少しのところで、


「す……」

「す?」

「少し考えさせてくださいいぃぃぃ!!!」


 俺の手からすり抜けると、脱兎のごとくこの場から逃げて行った。


「……逃げられたか」


 俺の告白は失敗した。

 


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