122、ベアルvsユンゲラ
「さあ! 本日はついに世界の強豪が集まるミドルの部が開催されます! 実況はわたくし、ポニタがお送りしますが、今日はなんと! 特別ゲストがいらっしゃってます! 勇者アナスタシア様です!」
「皆の者! 私が勇者アナスタシアだ!」
「今日は解説をして下さるということで?」
「不慣れな点はあると思うがよろしく頼む」
「いえいえ! こちらこそよろしくお願いします! さて、今回の優勝候補はやはり南魔族大陸代表であるユンゲラ選手でしょうか?」
「そうだな。ユンゲラ選手は前回優勝者でもあり、10年連続で決勝まで残っている強者である。あの剛腕から繰り出されるハルバードの連続攻撃を受け切れる相手はそうそういないだろう。まあ、今回は相手が悪いけどな」
「……なんだか含んだ言い方ですね? ということは他にも有力候補がいるということでしょうか?」
「ああ、ユンゲラ選手の初戦の相手を見てほしい」
「えっと……ああ! エルフ王国代表のベアル選手となっていますね! 知らない人がいるかもしれないので説明しますと、ジュニアの部で優勝したリーリア選手はこのベアル選手の娘さんとなっております!」
うおぉぉぉぉぉ!!
リーリアちゃーーーーん!!!
リーリアの名前が出ただけで歓声が沸き上がる。
今や熱狂的な支持者がでるくらい人気となったのであった。
「相変わらずの人気ですね! その父親ということですのでさぞかしお強いのでしょう!」
「そうだな、本当に強いぞ」
「おっと!! 勇者様のお墨付きだぁぁぁ!! これは試合が楽しみとなってまいりました!」」
「まあ、各国の代表以外にも毎年隠れた伏兵が多くやってくる舞台である。今年も例にもれず必ずいることを約束しよう! それをみんなで楽しもうではないか!」
わああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
湧き上がる歓声。
振るえる空気。
場内は既に満員であり、入れなかった者たちがコロシアムの周りで肩を組んで酒盛りをしている。
完全にお祭り状態となっており、先ほどから忙しそうに売り子が走っていた。
「すごい人の数ね」
「2万人はいるらしいにゃ」
「すごい人数だねえ~」
3人娘は指定席を買っていたのでのんびりと観戦することができる。高額だったがシャロがお金を出すと言うので指定席にしたのだが、この満員状態を見る限り正解だったと思うのだった。
「でもシャロがお金を出すなんて珍しいわね」
「ほんとにゃ。どういう風の吹き回しにゃ?」
「むふふふふ」
シャロはポーチから一枚の紙を取り出した。
特別な刻印が押されているそこには4番ベアルと書かれていた。
「あ……あなた! ベアルさんに賭けているのね!」
「なるほどにゃ! それならもう儲かるのは分かっていることだにゃ」
「そうなんだよぉ! 僕もう笑いが止まらないんだ~! だって倍率2倍だよ? こんな美味しい儲け話は他にないよぉ! あ、ちなみに僕たちのパーティー資金も全部つぎ込んだからね~」
「えっ!? ……あっ本当! いつの間に!? もうシャロったら!!」
ニュフフと気持ち悪い笑いをしているシャロ。
ナルリースは呆れていたが、ジェラはならばとお酒を注文する。
「さあて! 儲けるよ~!」
──
俺は控室で一人、目を瞑って考え事をしていた。
昨晩はあんなことを言ってしまったが本当にいいのだろうか?
王族や権力者などは複数の妻をめとるが俺は一介の冒険者である。
……でもまあ、魔族大陸では一般的だよな。
魔族大陸を旅していたころ、そういったハーレムパーティーはよく見たものだ。俺はそいつらを見て、「けっくそ野郎が」なんて悪態をついていた気がするが。
……俺はその立場になるかもしれないのか。
頭の中にリーリアの顔が浮かぶ。
だめだ! またリーリアを言い訳にして逃げようとしている。
頭を左右に振り邪念を振り払う。
とりあえず今は試合だ。それに集中しよう!
コロシアムは既に歓声が物凄いことになっている。
試合は始まっているだろう。
俺は4番なので2回戦目だ。
そういえばレヴィアって何番なんだ?
壁に貼ってあった表を確認した。
レヴィアの名前の上には14番という数字が書かれていた。
どうやら決勝で当たるのはレヴィアになりそうだ。
黙って座っていると一際大きな歓声が聞こえた。
しばらく待っていると、部屋にノックがされる。
「ベアル選手! 出番ですので上がってください!」
「……ああ、わかった」
「さあ、次はなななんと!! 前回優勝者の南魔族大陸ユンゲラ選手とエルフ王国代表のベアル選手です! これはいきなり好カードとなってしまいました! ちなみにトーナメントは厳正なる抽選で選ばせてもらっております!」
俺が闘技台の上に歩いている間もせわしなく実況の声が響く。
相槌を打つようにアナスタシアの声が聞こえる。
なんだあいつ、勇者は解説までこなすのか。大変だなーとぼーっと考えていたら闘技台にいつの間にか上がっていた。
王がいる特別観客席の方に視線を送ると、窓に張り付いて俺を見ているリーリアがいた。俺が見ていることに気がついたのか手を振っていたので俺も振り返した。
「娘に挨拶とは随分と余裕じゃねえか」
目の前には見上げるほどの巨体な体躯。顔は猫で、たてがみが顔の周りについている獣人族の男であった。
肩に担いでいる巨大なハルバードはジェラの持っている物より倍の長さはありそうだ。
「お前がベアルか! 初出場なのにオレと並ぶ人気になるとは許せん! ガキが優勝したのかも知れんがお前は優勝はできん! 何故ならここでオレにやられるからだ! ガハハ!!」
「ああそうかも知れないな。お手柔らかに頼むぞ」
「……ほう」
見え見えの挑発には乗らず、脇を通り抜け自分の立ち位置へと向かう。
ユンゲラも笑うのを止め真剣な表情で持ち場についた。
空気がピリつく。
なるほど、こいつは強いな……冒険者でいうならSランクはあるだろうな。
武器や種族などを鑑みるにジェラの上位互換といったところか。
獣人ならではのスピードとパワーで相手を圧倒するのだろう。
互いに相手の一挙手一投足に注視する。
そうしていたらなぜか観客席がざわざわとしだした。
「あのベアルって人、結構かっこよくない?」
「あ、私もそう思ってた! でも子供いるのよね?」
「あーん、でももし強かったら惚れてしまいそう」
「わかる! あの腕で守ってもらいたいわ」
どうやら会場の女たちのようだ。
まあ、こういったことはどこでもよくあることだ。
再びユンゲラを注視すると、何やら苛立っている様子だった。
「……絶対にぶち殺す」
と、何度も呟いていた。
「さあっ! 両者が持ち場につきました! それでは試合の合図を勇者アナスタシア様からしていただきます!」
「では両者──はじめっ!」
開始の合図と共にユンゲラがハルバードを構えて駆けた。
「こなくそっ!」
振り下ろされたハルバードが闘技台の一部を吹き飛ばす。
俺は咄嗟に右に避けていたので大丈夫だったが、ハルバードはオーラをまとっており、振り下ろした前方広範囲を衝撃波が襲った。
衝撃波は観客席にまで届きそうになるが、なにか透明な壁にかき消されて消えてしまった。
へえ、特殊な結界が張られていて観客には被害が出ないようになっているな……まあ、そりゃそうか。
しかしこれで俺も全力が出せるというもの。
魔法を使う俺としては制御しないと観客に被害が及んでしまうことがある。
それどころかコロシアム自体を吹き飛ばす可能性もあったからな。
気にせずに魔法が使えると言うのは気持ちが楽だ。
ユンゲラはあんなに強い攻撃を放ったのに反動はないようで、俺に向かって斧を振り回し続ける。
「死ね死ね死ね死ね死ね!!!!」
そのすべてに衝撃波は発生しており、みるみるうちに闘技台は粉々になっていった。
「おぉぉぉっと! 出ましたユンゲラ選手の『闘技台破壊』!! 数々の選手を葬ってきた必殺技だぁぁぁぁ!!!」
「これをされると逃げ場がなくなる。最後には面と向かって戦わなくてはならなくなる」
「ベアル選手大ピーーーンチ!!!」
渦を巻くように外側から破壊していく。
闘技台はあっという間に残り8分の1程度の大きさとなった。
「ガハハハハ! そろそろ逃げ場が無くなるぞ!!」
「ああ、そうだな……お前のだけどな」
「なんだと!?」
俺は巨大な石球を前に発射した。
ユンゲラは横には避けられない。もし避ければそこは場外となるからだ。
「くそがっ!」
ハルバードを石球に叩きつけ粉々に破壊する。
「ガハハ! こんなものいくら放ったところ──」
ドガガガガガガガガガガッ!!!!
俺は喋る暇も与えずに連射していく。
ユンゲラは慌てて、石球を連撃で破壊する。
「んぐぐぐぐががががががががぁぁぁぁ!!!!」
それは何分続いただろう。
俺は一度に石球を10連射で放つ。常人では見えないほどの速さでである。
それを高速で斧を振るいすべてを粉々にしていくユンゲラ。
終わりの見えない石球にさすがに焦り始めたのか、捨て身覚悟で防御にすべての魔力を集中させる。
ユンゲラは斧を横に構えると、一歩、また一歩とガードしながら進んでいく。
時折、バランスを崩しそうになりながらも、ひたすらに耐え一歩一歩を踏みしめる。
そして、ようやく俺まであと一歩といったところまで近づいた。
「オレの勝ちだ!!!」
ユンゲラは斧を手放し、俺へと襲い掛かる。
巨大な手が俺の頭を掴もうとしたその瞬間。
「────えっ!?」
俺は一瞬にして懐へ潜り込むと、ユンゲラの腕を掴み、思い切り投げ飛ばしたのだった
ユンゲラの巨大な体躯は宙を舞う。
バシッ!
勢いよく結界に衝突し、はじかれるように地面へと叩きつけられる。
勝敗は決した。
「おおぉぉぉぉぉ!!! じょ、場外! ベアル選手の勝利です!!!」
「さすがベアルだ!」
俺は腕を組み上を見上げた。
そこには嬉しそうにはしゃいでいるリーリアの姿があった。
思わず笑みがこぼれる。
キャアアアァァァァァ!!!
すると観客席から黄色い声が飛び交った。
「強い! カッコいい! ベアル様~~~~!!」
「あの笑顔かわいい~~!!」
「すごい魔法の使い手なのね! はーん私も教えてほしいー!」
女性だけというのも気になるが、こうも注目されるといい気分である。
俺は満足すると控室へと戻っていった。




