121、俺も男だから
しばらくして俺たちは宿に戻ってきた。
王は『セレアの種』については知らないようだった。
理由としては人間は命の循環が短いので伝承が伝わりにくいらしい。
一応、『セレアの種』についての文献がないか調べてみてくれるとのことだ。
ちなみに今夜、リーリアは城に泊まる。
王妃がどうしてもと懇願してきたのだ。
大会が終わればフォレストエッジへと戻り、すぐに魔族大陸に行く予定である。少しの間でも一緒にいたいのだろう。
リーリアもそれを察したのか、「大会終わるまで一緒にいる」と承諾したのだった。
俺としてもそこまでの心配はなくなっていた。王や王妃から感謝されたことにより二人の考えが分かってきたからだ。やはり対話は大事だなと思い知らされる。
さあ、今日はゆっくり寝て明日に備えるぞ。
……と思っていたのだが。
ベッドに横になっていると急に寂しくなった。
いつも横に寝ているリーリアがいないとこんなにも寂しいものだと思い知らされた。
「……夜の街にでるか」
たまにはそんな日もいいだろう。
俺も男であるため、発散したいときもあるのだ。
一本釣り作戦の時にある程度店には目星はつけていた為、迷わずに進む。
大通りから外れた路地は呼び子が一生懸命客引きをしていた。
……この雰囲気は久しぶりだ。
やんちゃだったころ魔族大陸ではよく通っていたものだ。
「……む?」
最初は気のせいかと思ったが、どうやらつけられているようだった。
後方から気配を感じる……この気配はあいつか。
振り返ると物陰に隠れる瞬間をしっかりと目視した。
頭は隠せているが尻と可愛い尻尾が見えていた。
「はあ……ジェラ、ばれてるからな?」
「にゃ!!?」
観念して出てくるジェラ。なぜか両手を上げている。
「何も見てないにゃ」
「いやいや、俺はまだ何もしてないぞ」
「でもこれからエッチしに行くんにゃよね?」
「ああ、そうだな」
へえーと何やら意外そうな顔をして首を傾げている。
「ダンナすごくモテるのになんでわざわざ店にいくにゃ? レヴィアだったら喜んでくれるにゃよね?」
「それはそうかもしれんが、仲間はまた違うんだよ」
「うーん、ちょっと分からないにゃ」
「ま、そういうことだ。じゃあな」
俺はそう言って再び歩き出す。
だが、後方から堂々とした足音が聞こえる。
「おい、何故ついてくる」
「どんな店に入るか興味あるにゃ」
女連れで入れる店なんてない。
俺はまたハアとため息を一つ。
「お前が相手してくれるのか?」
「あたしは高いにゃよ?」
「ばーか」
いくぞと近くの酒場へと誘う。
ジェラは大人しくついてきた。
入った店は雰囲気のいい店で、落ち着いた内装だった。騒いでいる客はおらず、カップルが多いようだ。
「分かっててこの店にしたにゃ?」
「偶然だ」
適当な席に座り、手を上げてウイスキーを頼んだ。ジェラも雰囲気に合わせてカクテルを頼むと楽しそうに鼻歌を歌う。
「ご機嫌だな」
「にゃはは。ただ酒ほど楽しいものはないにゃ」
「ったく……ちゃっかりしてるな」
酒が届くと俺たちはグラスを傾ける。
お互い口に少し含むとゆっくりと味わった。
「意外だな、お前はもっとガツガツ飲むのかと思っていた」
「あたしも大人の飲み方は分かっているにゃ。これでも一応立派なレディにゃよ?」
「ああ、惚れ直したよ」
「にゃはは」
実際ジェラは仲間の中では一番女性らしい体つきをしている。
鍛えられた肉体ではあるが、引き締まった腰や、豊満な胸はとても魅力的であった。
そんなジェラにどんどん酒をすすめられると悪い気はしない。
互いに飲む量は増え、気分がよくなりぶっちゃけた話も多くなっていく。
目的は変わったがこれも悪くない。
次第に話題は仲間の話となっていった。
ジェラは目を細めて、顔を近づける。そして囁くようにこう言った。
「……にゃあ、それでダンナは誰を嫁にするにゃ? そろそろ決めてもいいと思うけどにゃ。そうすればこんな風に夜中にうろつくこともなくなるにゃよ?」
どうやらジェラの本命トークはこれのようだ。
シャロもジェラもナルリースの応援をしている。
「そうだな……気持ちは分かっているつもりだ」
「じゃあなんで恋人にならないにゃ? まさかまだリーリアを言い訳にするわけないよにゃ?」
「……それだけはない」
「そうかにゃ。じゃあなんで答えてあげないのか分からないにゃ」
ジェラは少し怒っているようだった。
煮え切らない態度の俺に納得がいかないのだろう。
……今日は酒に酔っている。少し本気で語ってもいいかもしれないな。
「分かった……これから本音を語ろうと思うが先に言っておく。理解されないかもしれん」
「それでもいいにゃ。言ってみてほしいにゃ」
俺は既に麻痺している舌で口に含んだ酒を転がし、口の渇きを癒すと喋り出す。
「優柔不断と言われても仕方ないが、俺は二人とも好きなんだ。選ぶことなんてできん」
「でもそれじゃ──」
「まあ最後まで聞いてくれ。俺は昔やらかしたことがあってな……それでトラウマを抱えているんだ。レヴィアかナルリース、どちらかを選んだことで俺たちがバラバラになってしまうのが怖ろしいんだ……幻滅したか?」
そう……選ぶなんてできなかった。
俺は過去に失敗をしており、それがトラウマとなっている。
────当時、15歳だった俺は魔族大陸でダンジョンを攻略していた。
仲間には二人の女がいて俺は片方の女と付き合うことにしたのである。
だが、それによって不運が起きる。
もう一人の女がダンジョン内で発狂しパーティーを巻き込んだ。
仕掛けを多数発動させパーティーをバラバラに転送した挙句、一人の仲間と発狂した女は死んだ。
それがきっかけで俺は付き合っていた女と別れ、パーティーを抜け、逃げるように戦争に赴くようになった。
がむしゃらに戦い続け16歳になることには英雄となったのである。
そんなことがあったために、女性を選ぶという行為が怖ろしくてできなくなっていたのだった。
酒の勢いもあってか、俺はその話をジェラに語った。
「そうだったんにゃね……ダンナは辛い思いをしていたんだにゃ……」
思っていたより重い話だったためジェラもなんて返せばいいのか分からなくなっているようだった。
だが、意を決したようにジェラは思っても見なかったことを口にした。
「だったら二人とも嫁にしてしまえばいいにゃ。多分二人とも嫌がらないと思うにゃ……まあ、どっちが本妻かでもめるかもしれにゃいけどにゃ」
「いや、さすがにそれはダメなんじゃないか?」
「普通の人ならそうかもしれにゃいけど、ダンナはそれだけの価値があるにゃ。正直に言うとあたしもダンナの子にゃら欲しいにゃ。さすがにナルリースに悪いから言わなかったけどにゃ」
意外だった。
全く興味ない風に言っていたのにそんなことを思っていたのか。
「ちなみにいうとシャロもダンナに惚れてるにゃ。言わないのはあたしと同じ理由にゃ。まあシャロの場合はお兄ちゃんって感じでなついてるだけかも知れないけどにゃ」
「シャロは後者な気がするな」
「まあそんなことはいいにゃ! そうと決まればあたしは早速二人と交渉してくるにゃ!」
「いや待てっ!」
立ち去ろうとしたジェラの腕を掴む。
「なんだにゃ!?」
「……順序ってものがある。まずはリーリアに報告しないとダメだ」
「あ~、それはそうだにゃ」
「それに言うなら俺の口から言う。だからお前は黙っててくれないか?」
「そういうことならわかったにゃ」
俺自身もこのままではいけないと思っていたのでこれで踏ん切りがついた。
ジェラには感謝してもしきれないな。
程よく酔いも回り気持ちよくなってきたのでよく寝れそうだ。
「ジェラ、ありがとうな」
「ふふんにゃ、どういたしましてにゃ」
いい女である。
このまま二人で宿に帰り部屋に戻る。
……なぜかジェラ一緒に入ってきた。
「おい、部屋を間違えてるぞ」
「にゃ? でもダンナの性欲が満たされてないにゃ」
「いや、もう大丈夫だから!」
「あたしもダンナの子なら欲しいといったにゃよ?」
「いやいや、冗談はよせ」
「二人も三人も変わらないとおもわにゃい?」
「おもわん!」
「ちぇっにゃ」
ジェラはそう言いながらも笑って部屋を出て行った。
ったく……あいつ俺をからかって面白がってやがるな。
さすがに頭が痛くなってきたのでもう寝ることにした。




