117、特別な観戦
リーリアが優勝した次の日。
この日はシニアの部が行われていた。
俺たちの中に出場者はいないため見学をすることにしたのだが……。
「落ち着かないな」
そうつぶやくのも無理はない。
俺たちは何故か王様と同じ部屋で大会を見ることとなった。
この部屋はコロシアムの上部に設置されており、前方の窓から闘技台や観客席を見下ろせる形となっている。
中央に人間の王が座り、その横に王妃。さらに横にアナスタシアが立っており、その横にリーリアが座っている。
俺達仲間は後ろの席で座っている。
観客からは前の席しか見えないために俺たちの姿は見えてないが、リーリアの姿は見えるためにまるで借りてきた猫のように大人しい。
戦いとなれば凛々しいリーリアもこうなってしまえばただの可愛い女の子である。
「リーリアちゃん、そんなに緊張しないでくださいね。リラックスしていいのですよ……お菓子もあるから食べて下さいね」
王妃が優しく微笑みかける。
リーリアもお菓子という言葉に反応したのか、横の台座に置いてあったお菓子を手に取ると口に放り込んだ。
「……おいしい」
「うふふ、よかった。無くなったらおかわりもありますから遠慮なく言ってくださいね」
「うん、ありがとう」
まだ緊張しているようだったが、お菓子を食べて多少はリラックスしたようだ。
一心不乱に食べている。
────どうしてこんなことになったのか……それは昨晩の事だった。
俺たちの泊っている宿にアナスタシアがやってきた。
そして簡潔に言った。
「優勝者であるリーリアを特別席に招待したい。もちろん皆も一緒に来てくれてかまわない。どうだ?」
正直俺は面倒くさいと思ったが、リーリアは迷っているようだった。
そんなリーリアにアナスタシアは追い打ちをかける。
「もちろん昼食も出すし、お茶やお菓子もあるぞ。城で食べられている特別なやつだからほっぺたが落ちるほど美味しいことを約束しよう」
「いくっ!」
────ということがあって今俺たちはここにいる。
なにか裏があるんではないかとアナスタシアを問い詰めたのだが、「優勝者がそこにいたほうが盛り上がるからそうしているんだ。前回は私が優勝したから誰も呼ばなかったけどな……別に特別な意味はないぞ!」と言っていた。
アナスタシアは顔に出やすいから特別な意味はあるのだろう。
まあどちらにせよ王と王妃には接触しようと考えていたので都合は良かった。
セレアの種についても聞かないといけないしな。
王と王妃はとても気さくな性格だった。
王はレナート・デ・ラグナブルク、王妃はアデリーナ・デ・ラグナブルグと名乗った。
アナスタシアも改めて、アナスタシア・デ・ラグナブルグと名乗った。
「今まで黙っていてすまなかった。王女ではあるが今は勇者としての宿命を果たさなければならないから勇者と名乗っているんだ」
勇者の宿命について語りはしなかったが、アナスタシアの目を見ればその宿命というものが本当に大事なことなんだというのは分かった。
気になりはしたが、深掘りすることでもないだろう。
シニアの部が始まったのはいいのだが、やはり年寄りということもあり、パワー! スピード! といった感じではなく、技術や戦略に基づいた戦いが多かった。
勉強になることもあるのだが、はっきり言って昨日の盛り上がりには到底及ばないような戦いが続いていた。
王妃に至っては試合そっちのけでお菓子を食べるリーリアとおしゃべりをして楽しんでいる。
リーリアは人見知りが激しいので初対面の人とはなかなか打ち解けられないが、王妃が優しい笑顔で語り掛けるのでリーリアも素直に返事を返していた。
そんな二人を満足そうに見ているのはアナスタシアだ。会話に加わることもなく、黙って見守っていた。
こうして後ろから見ていると二人はとても似ていた。
ていうか……もう確定だろう。
王妃の反応もそうだし、アナスタシアの対応も初めて会った時から積極的だった。
そもそも珍しい薄紫の髪色は王妃のそれと同じである。
皆もなんとなく感じ取っているようでそわそわしている。
誰も試合に集中できていない。
だが俺はあえて黙っていた。
いや、切り出すことが出来なかった。
それを認めてしまえばリーリアが離れてしまうのではないかと不安で仕方がないのだ。
俺にとってこの日は長い一日となった。
ようやくシニアの部の決勝戦が始まる。
ここまでくるとさすがに皆試合に集中した。
闘技台の上には恰幅のいい老人と吹けば飛びそうな老兵が戦っている。
「すごい……剣の腕はディラン以上かも」
「確かににゃ」
激闘の末、勝ったのは老兵の男だった。
卓越した剣の腕と渋い立ち回りで相手の男を下した強者であった。
「さすがガイアス! 師匠はやはり強いな」
どうやらこの老兵はアナスタシアの師匠らしい。
確かに剣さばきはアナスタシアと似ていた。技術は圧倒的に老兵が上だった。
「アナスタシアはあの人から学んでいるの?」
「ああそうだぞ! もしよければリーリアも一緒に学んでみないか?」
「えー……」
「リーリアは剣の腕を磨けばさらに強くなる。それは私が保証しよう! それにリーリアと一緒に学べば私もまだまだ強くなれる。一石二鳥だと思うんだ」
まずい。
流れ的に丸め込まれるやつだ。
俺は釘を刺すことにした。
「待てアナスタシア。俺たちはこの国には大会に出場するためにきただけだ。長期滞在する予定はない」
「む……そうか。それは残念だ」
以外にもあっさりと引き下がった。
本当にアナスタシアは純粋な気持ちで聞いただけなのかもしれない。
とても残念そうな顔をしていた。
「さて……それでは……」
そういうと王は立ち上がった。
そして俺の方へと向き直る。
先ほどの優しい目とは変わり、鋭く真剣な目をしていた。
「もう分かっていると思うがベアル殿に話があるのだ……少し時間をもらってもよろしいか?」
「…………」
俺は無言で頷いた。




