112、大会予選
大会予選当日、俺たちは会場へと来ていた。
会場は本番と同じコロシアムで行われる。
最大8人からなる乱戦で、最後まで立っていた人物が勝利となる。
何度か予選を戦って残った上位数名が本戦へと進める。
ちなみに国の代表である俺はシードとして本戦から出場となっていた。
俺とレヴィアは『ミドル』の部、リーリア、ナルリース、ジェラは『ジュニア』の部に出場する。
すっかり忘れていたが3人娘は魔族なのに若い。その年齢でAランクになれたのは本当に才能があるからだった。リーリアは言うまでもない。
レヴィアは『ミドル』の部だった。
年齢は覚えてないと言っていたが、俺より年下なわけがないので400~500歳の間くらいなのだろう。もしかしたら人の姿の年齢が基準となったのかもしれない。
大会に登録する際に水晶玉のようなものを使い、出場者がそれに触れると色が赤、青、黄色、と反応するので、それでどこの部か判断しているのだ。
俺とレヴィアは青、リーリア、ナルリース、ジェラは赤だった。
予選は番号を呼ばれたら中央の闘技台に立ち、合図で戦闘開始。
負けたら即終了のバトルロワイヤル。
ルールは武具あり、魔法あり、法術あり。道具だけが唯一なし。闘技台の下に落ちたら負け、審判が続行不能と認めたら負けという単純なルールである。
ちなみに殺してしまった場合も負けとなる。
楽しみなのかワクワクして元気なリーリア。
昨日の疲れが残っていてげっそりしているレヴィア。
戦いに自信がなく不安げなナルリース。
既に闘争心をむき出しにしているジェラ。
シャロは大会にはでないようで、観客席で俺の隣に座っていた。
予選なのに観客は多く、酒やらサンドイッチやらの売り子が忙しく働いている。
話を聞いていると、どうやら本番は賭博も行われるようで、その下見をしているものも多いようだ。今のうちに選手を品定めする魂胆なのだろう。
それを聞いたシャロが、「じゃあベーさんに全財産賭けようかな」とか言ってたので、俺のいたずら心がくすぐったがさすがに負けるわけにはいかないので、「勝ったら酒奢れよ」とだけ言っておいた。
そんなことをしていたら予選が始まった。
まずはジュニアの部の予選のようだ。
番号を呼ばれリーリアが闘技台に上がった。
ジュニアの部とはいえ、12歳で出場しているものはおらず、大体が10代後半あたりの顔ぶれとなっていた。
リーリアはハキハキと歩き闘技台の中央に立った。
他の面々は「なんだあいつ」といった顔で闘技台の端っこに立っていた。
それはそうだろう。
8人による乱戦なので中央に立つとか正気ではない。
でもあまりにも楽しそうに中央に立つリーリアを見て、他の選手は、「ああ、ちょっとテンションが上がっちゃって可哀そうな子なのか」と憐みの目を向けている。
なので他の選手はリーリアは眼中にないと言った風に一番強そうなガタイのいい男に目が言っていた。
実際、リーリア以外でならその男が一番強そうではあるが……。
「可哀そうにな、実力が違いすぎる」
「わかるの~?」
「ああ、あの一番強そうなのでさえBランク程度だな」
「ふぉうなんふぁ」
隣でサンドイッチをむしゃむしゃと食べるシャロ。
心配なんて全くしていないようだ。
そして試合が始まる。
皆が強そうなガタイのいい男に向かう中、リーリアも動いた。
一瞬にしてガタイのいい男の後ろに回り込むと、手刀を一発、男は前のめりで倒れ込む。
突然の出来事に他の皆が、「え?」と驚く中、リーリアはすぐに動き出した。
近くにいる者から一人、また一人。
次々と倒していく。
数秒後には立っているのはリーリアのみとなった。
どよめく観客。
あんな小さな少女が一瞬にして全員を倒して見せたのだ。
しかし、どよめきが歓声になるのは一瞬であった。
わあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
小さな少女の活躍が観客を震わせる。
「ニュースターが誕生か!?」
「勇者といい勝負ができるんじゃないか!?」
「いやいや、それはいいすぎだろ!」
「それでも期待せずにはいられない!」
「今年は勇者のワンマンショーではなくなるんじゃないか!?」
「いや! 世代交代だ!」
勝手に盛り上がる観客たち。
どうやら勇者であるアナスタシアもジュニアの部のようで、早くも二人の戦いが見たいと沸き立っていた。
「あれ~? アナちゃんはこの国の代表じゃないんだぁ?」
「代表はミドルの部でないといけないんだ」
「あ、そうだったん?」
「まあ下らんルールだけどな」
アナスタシアは19歳以下なので代表とはなれなかったのだろう。
そして強すぎたために今まで敵なしの状態だったようだ。
だが今回はリーリアもいるしナルリースもジェラもいるから面白い試合となるだろう。
闘技台の上でぺこりとお辞儀をしたリーリア。
それがなおさら可愛く映ったのだろう。観客が盛り上がる。
どこから名前を知ったのか、「リーリアちゃーん」と叫ぶものまで出始めた。
俺のこめかみがピクピクと動き出し、どこからともなく魔力が高まっていく。
「ちょ、ちょっとベーさん! 大人げないよぉ!」
「いや、しかし……将来リーリアに害が及ぶかもしれん」
「リーちゃんに限ってそれはないからぁ!」
なんとかシャロになだめられ落ち着く俺。
……ふう、なんか戦うより疲れるぞこれ。
リーリアが退場するのと同時に、会場がざわつきはじめた。
今度はなんだと聞き耳を立てていたら、
「あれって国王様じゃないか?」
「王妃様もいらっしゃるわ!」
「おぉぉぉ! ……でもなんで予選を見に来るんだ?」
「勇者様を見にきたんじゃないかしら?」
「いや、前回優勝した勇者様はシードのはず」
ざわざわざわざわ。
高い位置に設置されている特別観客席に気品のある男と女がいた。
隣にはアナスタシアも立っていたのでどうやら本当に国王と王妃なのだろう。
俺は初めて見る国王と王妃をじっくりと見て見た。
王はアナスタシアと同じ金髪で髪は長い。立派な髭を生やし、貫禄があった。40代半ばと言ったところか。
王妃は薄紫色の髪で長く、とても美人である。それでいて優しい目をしており、年齢は30代前半にも見えた。
だがよく見ると王妃の様子がおかしかった。
どうやら王妃が泣いているようで、王が優しく肩を抱いていた。
ふむ……。
俺は何となく見てはいけないものを見てしまった気がして視線をシャロへと移した。
視線に気づいたシャロは、「あれ~? やっぱりサンドイッチ欲しいの? でもあげないよ~へへん」とかぬかしていたのでサンドイッチを奪ってやった。
そしたらごちゃごちゃ文句を言ってたが、俺の心が落ち着いたので良しとしよう。
予選は順調だった。
特に波乱もなく、リーリア、ナルリース、ジェラは本戦の出場が決定した。
それに伴い、観客のボルテージも高まっていた。
今年はミドルの部だけでなくジュニアの部も楽しみだと。
一部の人間が慌ただしくしている。多分賭博の関係者だろう。「今年は稼げそうだ!」と意気揚々に記事を書きどこかへ行ってしまった。
「盛り上がってるな」
「だねぇ~見てる側で良かったよ~」
「そういえばシャロは何故出場しないんだ?」
「え~? そもそも僕は戦うの好きじゃないし~。お金をためてのんびりとスローライフを送るのが夢なんだよ~」
「そうだったのか」
「うん、そうだよ~。それにリーちゃんやアナちゃんに勝てるわけないしね。だから優勝賞品よりも賭博でお金を稼ぐんだ」
「なるほどな……それにしてもお前もジュニアの部なんだな?」
俺がそう言うとシャロはじっと睨みつけてくる。
「あ~、僕だけ年寄り扱いしようとした~! 僕だってピッチピチの魔族なんだからね! うふん、どお? 僕の魅力に欲情する?」
妙なポーズをして投げキッスをしてくるシャロ。
「さて、ミドルの部はそろそろか」
「こら~! 無視するな~!」
そんなことをしていたらジュニアの部組が帰ってきた。
一緒にレヴィアの観戦をすることになった。
レヴィアの体調は非常に悪い。
昨晩の特訓で疲れているのに加えて、一睡もしてないからである。
今は体を動かすのも痛いはずだ。
それでもレヴィアは大会に出ると言った。
「お主と戦うのは大好きだからな」
そう言って楽しそうに笑っていた。
番号を呼ばれたレヴィアは痛みをこらえて闘技台に上がっていく。
ジュニアの部とは違い、ミドルの部は屈強な男たちがそろってた。その為レヴィアのような可愛い女性は目立つ。
しかも調子悪そうにしているものだから見ている観客も、「可愛いねーちゃんは最後まで倒すなよ!」なんてヤジが飛び交う始末だ。
闘技台の上の男たちはそれぞれ顔を見合わせながら、やれやれと苦笑いをしていた。
そうして試合開始の合図が鳴った。
レヴィアは動かず何かに集中している。
男どもはレヴィアには目もむけず、互いの武器を交差させ、激しい乱闘となった。
一人一人と脱落していく中、一人の男がレヴィアの背後に忍び寄る。
そして一気に飛び掛かった。
観客の悲鳴が聞こえる。
誰もがレヴィアの悲惨な姿を想像した。
だが現実は──
「ひげぶううぅうぅぅ!!!」
男の腕を掴むと、まるでボールを投げるように乱闘している男どもにぶん投げる。
飛来してくる男を避けることができずに3人の男が場外へと落ちて行った。
かろうじて当たらなかった男がレヴィアを凝視する。
いや、凝視させられていた。
男の腕、足、頭、などなど。極細の魔力の糸で操り人形のようになり、張り付けられたようにまったく動けなくなっていたのだ。
観客はもちろん何が起こったのか分からないので、「何やってるんだ!」「さっさと戦え!」などのヤジが飛ぶ。
戦ってる男も何が何だか分からないので恐怖で震えていた。
「よし、この感覚を忘れずに……」
レヴィアはそうつぶやくと指を動かして、男を一歩また一歩と後退させていく。
ひょこひょことぎこちなく歩いた男はなすすべもないまま、ぼとりと場外へ落ちるのだった。
「お父さん、レヴィアすごく上手くなったね」
「ああ、体に覚え込ませたからな……完璧だ」
「今度私にも教えてよ」
「リーリアにだけはできないな」
「ぶー!」
本当に地獄の特訓だった。
本来ならば何年もかけてやることを一日でやったのだ。
レヴィアとしてもせっかく耐えたのだから、感覚を忘れないうちに練習したいのだろう。
こうして見事、俺たちのパーティー全員は予選を通過したのだった。




