109、レヴィアの悩み
ケツァルを倒した俺たちは冒険者ギルドへと報告に来ていた。
現場を見ていた者は俺の事を英雄扱いし、見れなかったものは何があったのかと物見にくる。そうしてギルド内はギュウギュウ詰め状態となっていた。
「こらあぁぁぁ!! 関係ないものはでていかんかぁぁぁ!!!」
ひときわ大きい体格の髭を生やした厳つい爺さんが一括する。
するとたちまち蜘蛛の子を散らすように去っていった。
この人物はラグナブルクのギルド長だ。
「すまんな……んでベアル殿と言ったか、今回倒したやつが例のケツァルというやつで間違いないのか?」
「ああ、そうだ」
ギルド長はふぅと深いため息をつく。
「正直あそこまでヤバい奴とは予想していなかったぞ……本当に感謝する」
そう言うと深々と頭を下げた。
「ベアル殿の戦いを見ていたAランク冒険者がいたんだが、自分たちの手には負えないと言っていたよ」
「なるほどな」
ケツァルの咆哮に耐えられていた者は何人かいた。
Aランクというのならそれも納得だ。
「…………実を言うと、ケツァルを発見次第自分たちで何とかしようと思っていたのだ。たかが魔獣、よそ者に手出しさせるものかとな……だが違った! この町のギルドで一番の実力者たちでさえ無理だったのだ」
「そうだったのか、俺が一番最初に発見できてよかったよ」
「そうだな。ベアル殿がこの町に来てくれて本当に良かった」
ギルド長は改めてお辞儀をして、ありがとうと何度も礼を言った。
感謝されることは嬉しいが少し気恥ずかしいので、話題を変えることにした。
「……ところでケツァルの死骸は回収してあるのか?」
「ん? ああ、言われた通り一かけらも残さず、拾い集めて樽に詰めてあるぞ」
「すまない助かる」
ケツァルを倒したと同時に見学者たちに囲まれギルドに引っ張られる中、死骸は取っといてほしいと伝えていた。
スライムの素材は武具の素材にはならないが、魔法道具の素材にはなる。まあ、俺たちは違う使い道をするんだけどな。
すると、横に座っていたレヴィアが俺の横腹をツンツンと突いた。
「もしかして……我が?」
「ああ、大正解だ」
俺の回答を聞いてげっそりするレヴィア。
オルトロスの味を思い出したのだろう。
「? どうかしたか?」
その様子を見ていたギルド長は訳がわからないようだった。
それはそうだ。
まず食べるという発想にはならないだろう。
「いや、なんでもないさ。では城への報告はそちらに任せていいのか?」
「それは任せてくれ。脅威は去ったと伝える──では報酬の話をしよう」
──
俺とレヴィアは冒険者ギルドを後にし、皆が待っている宿へと歩き出した。
レヴィアと横並びで歩きながら会話をしていた。
「そこそこな報酬をもらえたな」
「そうだの……」
「まあ強さに見合った額ではないが、Sランク相当の金額はもらえたし良しとしよう……」
「そうだの……」
「…………レヴィア?」
「そうだの……」
……レヴィアは上の空のようだ。
「おーい? レヴィア? どうかしたのか?」
「え? ああ、なんでもないのだ」
冒険者ギルドを出たあたりから元気がない。
あー、もしかして……
「ケツァルを食べるのが嫌なのか?」
「う……本当に食べなくてはダメなのか?」
「魔力は上がると思うぞ」
「うーん、我は思うのだが……ただただ魔力が上がっても強くなったとは言えぬのではないか?」
レヴィアは歩みを止めた。
少し前に出た俺は振り返る。
「もしかして、俺とケツァルの戦いの事を言ってるのか?」
「……うむ、あやつの魔力はとてつもない量だった……でもそれだけだった」
レヴィアが言いたいことは分かる。
つまり決定打がないのだ。
今や最強魔法といっても過言ではないスーパーノヴァでさえトドメの一撃にはならない。
ならばそれを凌駕する何かがなければならない。
レヴィアは自身に決定打がないことを不安に思っているのだ。
「だからあやつはそれを補おうと勇者を求めていた……違うか?」
「ああ、その通りだ。きっと奴は新たな力である法術を求めていたんだろう」
「だが……手に入らなかったのだな?」
「ああ」
ならばとひたすらに魔力を求めた。
だからここに来た。
魔力さえあればどうにでもなると。
しかし、今回の戦いは魔力だけではどうにもならなかった。
「あやつは運がないな。お主の魔力吸収がなければもう少しまともにやりあえただろうに」
「俺の魔力吸収を目覚めさせたのもケツァルだがな」
「ふふ、確かに」
レヴィアは少しだけ笑ったが、すぐに寂しそうな顔になった。
「のうベアル……我はどうしたらいいと思う? このままではカオスに……お主たちと一緒に戦う自信がなくなりそうなのだ」
「レヴィア……」
「お主も……リーリアでさえも遠くに行ってしまう。ただでさえ4大魔法のうち、水と風しか使えないのに、もう魔法ではダメージを与えるのでさえ難しい。だからといって魔力を高める努力をしても、それは決定打になりえない……お主の『黒い炎』や『魔力吸収』、リーリアの『セレアソード』のような切り札がないと太刀打ちできなくなるのではないか?」
レヴィアの口調は3年後に戦うカオスを想定していた。
カオスの魔力は確実に、俺たちのはるか上であることは間違いない。
そう考えたとき、レヴィアが自分にできることは何もないと思ってしまうのも無理はない。
だが……できることは必ずあると俺は考えている。
でもそれをうまく伝える方法がなかった。
「俺が作戦を考える……お前の事は頼りにしているぞ?」
「違うのだ……ベアルは作戦を考えるときに、我にでも『できることを』考えてしまっているのだ。『やってほしいこと』ではない」
正直、図星をつかれてしまったので何も言い返せなかった。
俺の表情をみたレヴィアは悔しそうに、だが落ち込んで首を振った。
「いいのだ、それは仕方のないことだ……我にその実力がないのが悪いのだからな」
「レヴィア……」
「でも……でも、本当は我も……」
道すがら、すれ違う人々が何事かと振り返る。
レヴィアは泣いていた。
「我もお主の横で戦いたいのだ! ……今回だって見ていることしかできなかった! 我も一緒に戦いたかった!」
レヴィアの真っすぐな瞳が俺を捉える。
俺と一緒に歩みたいという意思が伝わる。
でも、そのために何をすればいいのかわからない。
レヴィアは苦しんでいた。
だから言うしかなかった。
言うことでどうにかなるとも思ってないが、それしかなかったのだ。
俺は黙ってレヴィアに近づいた。
水色の綺麗な前髪を手で優しくかき分ける。
頬に掛かる数本の毛も撫でるように払う。
レヴィアはうるんだ瞳を静かに閉じた。
俺はそのまま指をおでこにつけ……デコピンをした。
「あいたっ! な、なにをするのだ!」
レヴィアはさらに涙目となり、非難めいた視線を俺に向ける。
「お前は十分に役に立っている。今回のおとり役だってレヴィアしかできないと思ったから任せたんだぞ? それにだ……まだ3年ある。これからどうやって強くなるか考えればいいだろ? 俺はお前と一緒にカオスを倒すってもう決めているんだからな? 嫌だって言っても連れて行くからな」
「べ、ベアルゥ……」
「お前は最初の友達でもあり、俺とリーリアの大事な家族でもある。これからもずっと一緒だろ?」
「うぅぅぅぅ!」
ついに我慢できなくなったのかレヴィアはむせび泣いた。
わーんわんと子供のように泣きじゃくった。
周りから白い目で見られているが関係なかった。
俺はレヴィアを優しく抱きしめると、背中をポンポンと叩いていた。
何分経っただろう。
胸を押される感触がしたので、下を向くと、目を真っ赤にしたレヴィアが照れくさそうに笑っていた。
「すまん、なんか弱気になっとった。もう大丈夫だ」
「ああ」
そう言いながらもしばらく離れようとしなかった。
いじらしく顔を真っ赤にして、胸の中でもじもじと恥ずかしそうにしている。
そんなレヴィアが無性に可愛くなり、よしよしと頭を撫でた。
嬉しそうに目を細めて、なすがままのレヴィア。
「……何をこんな中央通りのど真ん中で青春しているんですか」
声をした方を見ると、ナルリースが立っていた。
「まあ、これはだな……いろいろあるんだ」
「へえ~……そうですか。遅いから探しにきたんですけどお邪魔だったみたいですね!」
「いや、これから行こうと思っていたところだぞ?」
やり取りを聞いていたレヴィアが、トンっと俺の胸を押し離れた。
「すまんなナルリースよ。ちょっと我が弱気になっていたのだ。気にするでない」
「……えっ……レヴィアが弱気にって…………だ、大丈夫なの?」
さすがに様子がおかしいと思ったのか本気で心配していた。
だがレヴィアも吹っ切れたようで笑顔で「大丈夫だ」と言い張った。
「そ、それならいいんだけど……う、なんか私が悪いことしちゃった気分」
「ま、そんなときもあるさ。宿に帰ろうか」
「はい……」
なんか気まずそうな顔でナルリースはトボトボと帰っていく。
その後ろ姿を眺めながら、俺はレヴィアに耳打ちした。
「……実は試してみたいことがある。もしかしたら力が手に入るかもしれないし、ただ苦痛を味わうだけかもしれない。リーリアには怖くてできなかったがお前に覚悟があるならやってみようと思うんだがどうだ?」
「それは本当か!!? それはどういったことなのだ!? ていうか我ならいいのか!!?」
「まあ、お前にはいつもやってただろ?」
「……ということはまた、何かしらの実験をしようというのだな?」
「ああ、今回は魔法ではないが、新たな試みってやつだ」
「……いつもそうやって我を弄ぶのだな……だがいいだろう。望むところだ」
「もしかしたら体が吹っ飛ぶかもしれん」
「そ、そんななのか?」
「やっぱり止めるか?」
「い、いや、それくらい覚悟の上だ!」
「……やっぱドMだなお前は」
「ひどい言いようなのだ!?」
互いに顔を見合わせると、どちらからともなく、笑い出した。
ああ、これこそがいつもの俺達だ。
「ちょっと! 何やってるんですかー?」
遠くでナルリースが呼んでいた。
「では行くか」
「うむ!」




