106、罠なんて発動させません!
ケツァルから解き放たれた魔力は山なりに飛んでいく。
城下町の強固な塀を飛び越え、向かうは中央広場。
魔力が見える魔族は驚きで空を見上げ、見えない人間はいつも通りの日常を過ごす。
巨大な球体をなしている魔力が中央広場にたどり着いた時にはすでに、多くの魔族が空を見上げていた。
人間からするとそれは異様な光景であり、見上げている魔族が驚きや不安の表情であることから、良くないことが起きるというのを察し始めていた。
「クカカカカ、全員魔石の餌食となるのだ!!!」
ケツァルは高らかに宣言する。
両手を上げ、愉悦に浸り、顔は歪む。
それはすでに自分の勝ちだと言わんばかりであった。
そんな状態にありながらも俺は冷静だった。
じっと動かずにそっとつなげた
『リーリア』
『任せてお父さん』
ビジョンを通じてリーリアと視覚を共有する。
既に中央広場へとたどり着いていたリーリアは空を見上げる。
巨大な魔力の塊が中央の噴水へとめがけて急降下していた。
「はああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
剣を構え、魔力の塊へと突撃する。
「てええええぇぇぇぇぇぇい!!!!」
パスッ!
魔力の塊はあっけなく斬れ、真っ二つにされた。
その二つになった魔力の塊も、リーリアは見逃さない。
振り向きざまに横に一閃。
魔力の塊は4つに分散された。
しかしそれでも一つ一つは強大な魔力球であることは変わらない。
それも人が大勢いる中央広場ということから被害は甚大かと思われた。
だが──
「みんなっ! あとはよろしく!」
「任せるにゃ!」
待機していたジェラが斧を構えていた。
「はあぁぁぁぁ!! 火炎代伐採!!!」
ジェラのハルバードは4つに分けられた1つの魔力球を見事に捉える。
接触した瞬間に激しい爆音と衝撃が辺りを襲うが、近くの者が吹き飛ばされたが、不幸中の幸いか軽い怪我だけですんでいるようだ。
魔力球はその衝撃によって見事に消し飛んでいた。
「はぁ~僕はこういうの苦手なんだよぉ~」
文句を言いながらもシャロは杖を構えた。
向かってくる1つの魔力に狙いを定めると……打った。
魔力球が爆発しない程度に加減をし、だが打ち返せるくらいの魔力を込めてフルスイング。
見事にヒットした魔力は町の塀へと飛んでいった。
ズドオオォォォォン!
魔力球は町の塀へとぶち当たり、爆音と共にぽっかりと大きな穴が開いた。
「あ……やっば……」
狙いは外までかっ飛ばすつもりだったようだが思いのほか飛ばなかったようだ。
シャロはバツが悪そうにそそくさとその場を離れた。
時を同じくしてナルリース。
ナルリースも一つの魔力球を受け持っていた。
「受け止めるわ!」
堅実に、そして確実に周りに被害が及ばないように1つの魔力を受け止める。
「~~~~ッつ!」
ナルリースは必死になって抑え込む。
今にも暴れ出しそうな魔力を自身の魔力で覆い、少しづつ消していった。
「もぉぉぉ!! 私も弾き飛ばしてやればよかったぁ!!」
受け止めている間、ジェラとシャロのやり方を横目で見ていたナルリースはそう叫んだ。
二人の周りを気にしないやり方に、どうしようもない憤りを感じたが手遅れである。
魔力球が消える頃には汗が滝のように流れて、安心したのかぺたりと座り込む。
「でも、次があってもまた同じように処理しそうだわ……」
なかなか豪快になれないナルリースだった。
そして──残り1つは。
「アナスタシア! お願い!」
「ああ、任せろ!」
少し前に合流したアナスタシアは、万が一に備えて中央にいてくれというベアルの指示で待機していた。
それはただの感であったがドンピシャだった。
人間であるアナスタシアには魔力は見えていないのだが、勇者ほどの達人であれば気配と危険察知による優れた能力によって大体の位置は分かるのだった。
「聖盾!!!」
前に突き出した大盾が青白く光り輝く。
向かってきた魔力球にぶち当てかき消した。
「ふ、これくらい何でもない!」
アナスタシアは涼しい顔をして盾をしまうと、今度は剣を天に突き出した。
「皆の者! ラグナブルクは私が守る! だから安心してくれ!」
そう高らかに宣言した。
何が起こったのかよく分かっていない民衆も、魔力球に恐れていた魔族も、一様に「うおぉぉぉぉ!」と歓喜の声を上げた。
俺はその様子を見て一安心しするとリーリアに語り掛けた。
『リーリア、噴水の中だ』
『うん、調べるね! ……あ、魔石あったよ! お父さんの言う通りだったね!!』
『偉いぞ! よくやった!』
噴水の深くなっている部分を探ったリーリアは両手に抱えきれないほどの大きな魔石を見つけた。
────数時間前。
作戦会議の時、俺はナルリースにこんな質問をしていた。
「そういえばエルフ城にあった魔石のことはナルリースは知っていたのか?」
大蜘蛛フィールから聞き出した情報にエルフ城から持ち出した魔石とあった。
それを使われて大変なことになったので、詳しいことを聞いておきたかったのだ。
「はい、お母様から話だけは聞いていました。魔石はセンサーのようなものを森全体に這わせる役割があったようで、それによって魔獣の位置などが把握できたようです。迷いの森となったのも魔石のおかげらしくて、幻覚の作用もあったとか」
それが本当だとしたら魔石は相当大きいことになる。
迷いの森の規模は広く、簡単に見積もっても人間大陸の半分ほどの大きさがあるのだ。
その全体をカバーできる魔石となると……かなり大きいはずだ。
「もしかしたらケツァルはまだ魔石を持っているかもしれないぞ」
「えっ!? 本当ですか!?」
「ああ、俺たちが罠にかけられた魔石では少し小さすぎる……とても迷いの森をすべて覆えるほどの力があるとは思えない」
「そう言われると確かにそうですね……」
「ああ、もしかしたらまた罠が仕掛けられているかもしれないから用心するぞ」
────ということがあった。
案の定、罠が張られていたわけで、俺たちは間一髪未然に防ぐことができた。
俺はビジョンを解き、改めて目の前のケツァルに意識を戻す。
ケツァルはいつまでたっても変化が怒らないため、訝し気に町の方角を見ていた。
「ケツァル、お前の計画は防がせてもらったぞ」
「……どういうことだ……何故……」
「魔石は俺が有効活用させてもらうぞ」
「──ッ! 貴様!」
どうやら俺が言い放った「魔石」の一言で、現実だと理解したようで、ものすごい剣幕で睨みつける。
その様子はいつもの余裕ある態度とは違って、自然なままの怒りを体現した魔獣本来の姿であった。
ケツァルはギリギリと歯をならし、今にも襲い掛かってきそうなほどであった。
「ようやく本性を現したな? そっちの方が似合ってるぞ」
「クク……クカカカカカカカカカカカカ!!!! イイィィィッヒヒヒヒヒヒヒ!!!!! アガガガガガガガガ!」
今度は狂ったように笑い出す。
「アヒャヒャヒャヒャ!!! …………ああ、分かった。もう殺そう。後悔するなよ……理性を保ったままのほうが優しかったのに……こうなってしまってはもう皆殺しにするまで止まらないぞ」
ケツァルはそう言いながらどんどん魔力が高まっていった。
とどまることを知らずに膨れ上がった魔力はゆうにオルトロスを超えていた。
「べ、ベアル……こいつはやばいぞ」
「ああ、そうみたいだな……」
あのレヴィアでさえも震えあがるほどの魔力。
「ケツァル……お前いったい何人喰ったんだ?」
「クカカカカカ! 知らねえよ……まあ、1000人は軽く超えているだろうなあ……クカカカカカ! おしゃべりはおしまいだ! 楽に死ねるとおもうなよ? まずはお前のはらわたを生きたまま喰らってやるからよお」
残忍さを隠そうともせずにぺろりと舌なめずりをする。
……どうやらこっちが本来の姿のようだ。
ただなまじ頭がいいために、理性が本性を隠そうとしていたのだろう。
しかし、もう後がなくなった。
最後の理性も解き放ち、正真正銘の怪物が生まれてしまったわけだ。
「安心しろ、俺がお前を倒してやる」
「クカカカカ! やれるならやってみろ!!!」




