105、ケツァルと会話
「久しぶりだなケツァル……といってもエルフ城では会話できなかったけどな」
「クカカ! あの時はヤバい奴が来たと思って速攻隠れちまったぜ……俺の事はお仲間にきいたのか?」
「まあ、そんなところだ」
「……そうかい……クカカ!」
お互いに腹を探り合う。
状況はこちらに圧倒的有利で、ケツァルの前にレヴィア、後ろには俺という絶体絶命の状態だ。
しかし、絶望するどころか、この状態を楽しんでいるかのようにも思えた。
「おい! 我の質問に答えてもらってないぞ!」
にらみ合っている所にレヴィアが横槍を入れた。
ケツァルはその質問に愉快気に答える。
「ああ!? 何故人と組まないかってか!?? そんなのは簡単だ。近くにいると美味そうでついついつまみたくなっちまうからだよ! クカカカカカ! お前はそうならないのか!?」
「ならん! それに我は人が作った料理の方が美味いと思うぞ」
「料理かぁ……確かに美味いとは思ったが……やっぱり生きた人間が一番うめえなァ! クカカカカカカ!」
「そうか、お主とは気が合わないようだ」
「残念だなァ! クカカ!」
話は終わりとレヴィアは戦闘態勢をとる。
だが、俺はまだ話したいことがあった。
「まあまて、もう少し話をしようじゃないか」
「クカカ! そうだなァ、俺もそう思ってたところだよ」
ケツァルはどうやら俺に興味を持ち始めたようで鋭い視線を向けた。
しぶしぶと戦闘態勢を解いたレヴィアは、あごをクイッと持ち上げて、話をするならさっさとしろと合図する。
「単刀直入に聞く。ケツァル……お前は化物を倒せると思っているのか?」
「…………そういえばエルサリオスのやつが話しちまったんだっけか」
「オルトロスも言っていたぞ、カオスを倒して新世界の王になるってな」
「クカカカカカカ! そりゃあいつらしいな!」
本当に面白かったようで、腹を抱えて笑っていた。
「お前も倒そうと考えているのか? 世界の王になると?」
「クカカカカ! そんなことは考えてねえよ! 俺はただ単純に誰にも負けない強さを求めているだけだ!」
「……本当にか?」
「なんだ? 疑り深いじゃねえか……まあ、あとは人の悲鳴や絶望する顔が好きってところだな」
「なるほどな」
「怒らねえのか? 人を何だと思ってるんだーとか、お前たちの玩具じゃねえとか」
「俺は魔獣がどういうものか分かっているつもりだ。お前の言葉でいちいち取り乱したりしない」
「へえ、そうかよ」
その時、ふとあることを思いだした。
確か……ギルド長のリュックが言っていたことがあったな。
村で乱暴された女がいたって……あれはもしかして。
「そういえばお前……人間の女を乱暴したな? それは何のためだ?」
俺のその言葉にケツァルはニヤリと笑う。
「なんのことだ?」
「村が魔獣に襲われて、そして人に乱暴された女がいた。そうなるとお前か部下のやつしかいないだろ?」
「村人がやったんじゃねえか?」
「その女には魔獣にやられた傷があったそうだが?」
俺がそこまで言うと、
「クククク……クカカカカカカッカカカ!!!!!」
大声で笑い出した。
「はあ……全くよお……人間の女はもろくて仕方ねえよなあ……ちょっと乱暴に扱っただけですぐに死んじまう。子供を産ませるのも一苦労だ」
「なっ! お主! そんなことをしていたのか! この腐れ外道めが!」
思わずレヴィアが怒りをあらわにする。
「お前だって発情期くらい来てるんだろうがっ! どうせそこの男に子供をつくらせてくれと懇願しているんだろ!?」
「なっ!! そ、そんなことっ!」
赤面するレヴィアを見てケツァルは笑い出す。
「クカカカカカ! 魔獣っていうものは本能で生きているんだ! 強いものが弱いものを支配する! お前だって強い子が欲しいからその男に懇願しているんだろう? クカカカ!!!」
「う、うるさい!」
今にも飛び掛かりそうなレヴィアだったが、俺が手で制した。
「それで……そんなことをして何か進展はあったのか?」
「結果は何もなかった……ていうか死んじまったからな。まあ、別に期待はしてなかった。ただの実験だ」
「でもお前のことだ……一度思いついた実験は最後までやらないと気が済まないんじゃないか?」
「へえ……というと?」
「つまりだ……レヴィアの後を追ったのはそれが狙いだな?」
「…………」
「……は? ベアルよ……お主何を言っておるのだ?」
そうだな。
正直俺もこんなことは言いたくなかった。
「城下町で殺そうと思えば殺すタイミングはいくらでもあった。でもしなかった……つまり、一瞬では倒せないと思ったか……そもそも一瞬では終わらないことなのかだ」
俺の発言に空気が冷たくなる。
レヴィアが怒っているのがわかった。
「それは本当なのか……? もしそうだとしたらいい度胸で──」
「なえちまった」
「は?」
ケツァルはやれやれと肩をすくめる。
「いやいや……お前は頭がいいとは感じたがまさかここまでとはな。そうだ、実験を再開しようと思って強そうな女だからのこのこついてきてみれば、お前は魔獣だった……だからもう萎えたのさ。だからどうでもいい」
「どうでもいいとはどういうことだ!」
「クカカ! そのまんまの意味だ! それに趣味じゃねえしな」
「うぐっ! 我だってお断りだ!」
とってもないがしろにされていると感じ、レヴィアは憤慨するが、俺はそんなことはお構いなしに話を続ける。
「ケツァル……お前は強くなることを諦めていないか?」
「ほう? 何故そう思う?」
「俺はこの大陸の地理に疎い。だがリアンダの町からラグナブルクまでの道のりで気付いたことがある。それは所々に人を不意打ちで襲うための絶好ポイントが何か所かあったはずだ。お前も通ったなら分かるだろ?」
「…………」
ケツァルは黙って聞いていた。
その顔は何とも言えない感じで表情を読み取ることはできなかった。
「しかし、お前は出場者を襲わなかった。そしてラグナブルク城下町に来てからというものの、冒険者や大会出場者が行方不明になったという報告はなかった。お前は数日前にここに着いていたというのにだ」
「……何が言いたいんだ?」
ケツァルの目が鋭くなる。
どうやら俺の言いたいことは分かっているけど、とぼけようとしている。
「道で襲えば誰かに見られて警戒されるかもしれないし、町で襲えば冒険者や大会出場者から追われることになる。ならばいっそのこと……全員まとめてやってしまえばいいんじゃないかとお前は考えるわけだ」
「…………」
「そしてすべての大会出場者がそろっている今日、何か壮大な罠を仕掛けようとしている……違うか?」
寒気がした。
気温が下がっている訳ではない。
これはケツァルの本当の力。
確実に俺たちを消そうとしている、禍々しい魔力の力であった。
「クカカカカカカカカカ!! 本当に参っちまうよなあァ!!! 魔石の罠を突破しちまうだけでなく本当の目的まで見透かされちまってヨォ!! かなわねえなァ!!!!」
ケツァルの頭上に集まるは底知れぬ魔力。
天高く打ち上げられた魔力はある方向の一点へ向かっていく。
そこはラグナロク城下町中央広場。
今もなお大量の人であふれかえっている場所だ。
「バレちまっては仕方ねえ……じゃあな、くそ人ども」




