102、ケツァルの目的は
世界最強決定戦が行われるのは人間大陸の首都でもあるラグナブルク城だ。
ルアンダの町と首都ラグナブルクを結ぶ街道は行商や運送屋の馬車で賑わっている。
俺たちの馬車が放置されていたのはそんな街道の真っただ中である。
ということは当然……。
「ないな」
「ないね」
馬車はきれいさっぱり、跡形もなく無くなっていた。
「盗賊に盗まれたか、魔獣に襲われたか、もしくは国に回収されたか……まあ、どちらにしろ無いものは仕方ないな」
「ぼく歩くの嫌だなぁ~」
シャロがぶーたれているがこればかりは仕方ない。
歩く分にはいいのだが……となると気になってくるのは大会までの日時だ。
確か予定では数日前にラグナブルク城に着く予定だったはず。
「お父さん、大会出場登録まではあと5日だよ」
「さすがだなリーリア」
かゆい所に手が届く。
そんな娘に育ってくれてお父さんは嬉しいぞ。
「このまま南下すればラグナブルク城には歩いても2日前には着くな」
さて、問題はリアンダの町に報告に歩いて向かおうとすると、大会には間に合わなくなるということだ。
ここから歩いてリアンダの町に向かうとするならば、頑張って走ったとしても3日はかかるだろう。
そしてリアンダの町からラグナブルク城までは馬車で3日かかる。
「馬車があればギリギリ間に合うんだけどね」
「そうだな……もしくは俺とアナスタシアだけでリアンダの町にいければ2日もあればたどり着けそうだが」
報告するだけなので大人数はいらない。
代表のアナスタシアと俺がいれば十分だろう。
しかし……。
「はぁーベアルゥ……いい匂いなのだぁ……」
先ほどからスリスリと俺の体に抱きついて体をこすりつけているレヴィアがいた。
引きはがそうとしてもレヴィアの腕力に敵う者はいなく、俺はレヴィアを引きずりながら歩いているのだ。
こんな状態ではさすがに走るのは無理だった。
「もう! レヴィアったら!!」
「……仕方ないにゃ運送屋が通りかかったら乗れるか聞いてみるにゃ?」
「それが無難かもしれないな」
今も時折、それらしき馬車が街道を行きかっている。
それに今は世界最強決定戦という一大イベントが行われようとしているためか、リアンダの町からラグナブルク城へ向かう人は多い。
しかし一方、ラグナブルクからリアンダに向かう人は少ないのだ。
運送屋としても往復するならば人を多く乗せるに越したことはない。
「であれば私が聞いてこよう」
勇者であるアナスタシアが率先して動いた。
街道に出て、リアンダ方面に向かう馬車を止めると御者に話しかける。
目の前に突然、勇者が現れたものだから御者は大変驚いていた。
遠目から見ても分かるほどに御者はペコペコとお辞儀をしてデレデレとした顔をしていた。
「どうやら大丈夫そうだな」
アナスタシアは手を振りこちらに合図をすると、俺たちはぞろぞろと馬車に向かっていった。
「この者たちも一緒だ」
「あ、はい! どうぞ皆さん乗ってください!」
──
特に何事もなくリアンダの町にたどり着いた。
俺たちが5日前に着いた時よりも活気があった。
大会が近いこともありさらに人が増えていたのだ。
「では出発は3時間後か?」
「はい、おまちしております」
御者にそういうと俺たちは馬車を降りた。
実は御者と話をつけて馬車を予約することにしたのだ。
もちろん本来乗せられる分の金と、お気持ちを上乗せして支払う前提でだ。
馬車は人数が多ければ多いほど移動速度は落ちる。
馬も生き物なので軽いに越したことはない。
それにレヴィアが発情しているので、単純にイチャイチャしていると思われるのが嫌だったというのもある。
「ではギルドに向かうぞ」
ギルドに入ると中はより一層賑わっていた。
リアンダの町の人の行き来が多くなった分、依頼が増えたのだろう。
「あ! 勇者様!!」
アナスタシアに気付いた誰かが叫ぶと、冒険者は一斉にこちらの方を向いた。
それに応えるようにアナスタシアは手を上げた。
「私が帰ってきたぞ! 皆の者! 安心してくれ!」
「おおおぉおぉぉぉっぉ!!! 勇者様! さすがだぜ!」
「キャー! 素敵!!」
相変わらず人気者である。
だからといって気安く話しかけようとするものはいない。
皆、遠目に眺める程度にとどめているのだ。
この国にとっての勇者は神聖であり、気軽に触れてはいけない……そんな感じ雰囲気を感じた。
アナスタシアは堂々とギルド嬢の元へと歩いていく。
受付を待っている人もいたが、そうすることが当然とばかりに皆横にそれた。
「ギルド長はいるか?」
「は、はい! 部屋にいます!」
こちらへどうぞと案内をしてくれる。
あまりの優遇っぷりに勇者というものがいかに特別かというのを改めて知ることになった。
部屋へ通されるとリュックは書類にサインをしている最中だった。
机にはたんまりと紙の束が置かれている。
「おぉ……よく来てくれました! ささっ、そこに座ってください! ミスティお茶をお願いしますね!」
「ふふ、わかりました」
書類から逃れるようにテーブル席に座ると、笑顔で俺たちに席に座るよう促した。
俺がレヴィアを引きずりながら椅子に座ると、びっくりしたような顔でこちらをみていた。
「すまない……気にしないでくれ」
「は、はあ……わかりました」
そう言いながらも俺とレヴィアをガン見している。
レヴィアが自分の胸を押し当てながら俺にすり寄っているのを見て、リュックは赤面して顔を背けた。
「そ、それで報告でしたよね!? 結果はどうなりました?」
リュックは眼鏡をクイっと上げそう言った。
俺たちはケツァルの事を含めてすべて正直に話した。
この町に報告にきた村人が実はケツァルではないかということを話したら、リュックは驚いた顔をしていた。
「なるほど……だから…………ああ、すみません。実はあの村人がいなくなってしまって冒険者を総動員して探したのですよ。でも結局見つからなくて、もしかしたら勇者様を追って村に行ったのかと言っていたんですが……」
「それは怪しいな」
「ええ、その話を聞いて納得しました」
ならば次の目的は何かとなるのだが……。
「ちなみにこの町では何も起こってないんだよな?」
「ええ、特にこれといって目ぼしいものはないですね……まあ、人の捜索などは数件ありますが、こんなのはよくあることですし」
「そうだな」
これだけ大きな町だとケツァルがいなくとも事件は起こる。
人がいなくなるなど日常茶飯事でケツァルの仕業と断定することは難しい。
「既に国外に逃げたとかはないのか? ケツァルはベアルがいることを知っているのだろう?」
アナスタシアがそう発言した。
確かにそう考えることもできる。
魔石による俺の殺害が失敗するのは想定外のはずだ。
その事実を知ったのならば逃げた可能性もある。
「その可能性はある……だがいる可能性もある。どちらにしても不利だな」
「……というと?」
皆の注目が俺に集まる。
「まずは既にこの大陸にはいない可能性だ。この大会には各国の強者が集まる。ならばその隙に……例えば魔族大陸の各地の村を襲っていったら?」
「……それは誰も止められないな」
「ああ。少なくとも冒険者では無理だ……Aランクパーティーすら歯が立たん」
「そ、それほどですか」
「Sランクパーティーならばなんとかなるかもしれないけどな」
「そんなの実質無理じゃないですか!」
リュックは絶望で顔をしかめる。
「でもそれはまだいい方かもしれないぞ……俺の考えでは既にラグナブルクにいる可能性の方が高いと考えている」
「そうなんですか!?」
「集落でも言ったんだが、大会は強者が集まる……こんな御馳走が他にあるか?」
「あっ!」
「おそらく大会後に狙われたやつが何人かいなくなるだろう」
「なんてこと……」
リュックは恐ろしさで身震いをした。
だが、俺たちの中では誰も恐れている者はいなかった。
それは何故か。
「でもお父さんが大会にでたらきっとケツァルは逃げるよね?」
リーリアの発言にリュック以外のものが頷いた。
それを聞いたリュックは、そうかと顔を上げる。
「ケツァルはベアルさんが死んだと思い込んでいる! でもベアルさんが現れたら想定外のことだから逃げるかもしれないのか!」
「ああ……だが、逃がしたくはないな」
「そ、そうですよね……」
ここで逃がせばまた大量の死者がでる。
正義の味方を気取るつもりはない。
ここで殺らなければさらに強くなってしまうからだ。
保身の意味も含めて逃がしたくはなかった。
「であれば大会前日に何としても見つけ出して倒したいですね」
「ああ、だから頼みごとがしたい」
「ラグナブルクでケツァルを探し出せってことですよね?」
「さすがだな、頼む」
幸いにもケツァルの顔はわれている。
魔獣は自分の意志で好きな人の姿になれないということも分かった。
ならば高確率であの村人の姿のままなはずだ。
一刻も早くラグナブルクのギルドと連携して探し出すだけだ。
「では俺たちも現地に向かうとしよう」
「はい、お願いします! あ、今回の報酬は用意してありますのでお受け取り下さい。それとケツァルを倒したら報酬を出しますのでギルドによってくださいね」
「ああ、わかった」
「皆様にセクト様の祝福があらんことを」




