99、ケツァルの目的
ケツァルはエルフ城地下で魔石を手に入れた後、自身の部下を引き連れて人間大陸へと渡った。
渡ったのち、フィールたちにこう言ったという。
「ここにいるすべての人間を喰らう」
部下の魔獣は大声を上げ喜んだ。
だがケツァルは用心深かった。
村を襲うのにもまずは人の姿となり偵察をしたという。
時には普通に村人と会話もしたそうだ。
すべての情報を聞き終えてから村を襲った。
家を焼き払い、人間を喰らい、一人も逃さなかった。
時にケツァルは実験のように女を捕まえては襲ったという。
だが魔獣の粗野な扱いに人間の女は耐えられるはずもなく息絶えたとか。
人を喰らった後は、能力を確かめるのが日課だった。
新しい力に目覚めていないか逐一確認しろと命令されていたそうだ。
しかし、誰も新しい能力──人間の特別な力である法術──を使えるようにはならずにケツァルは日々いらだちがつのっていたという。
だがフィールにとってはそんなことよりも人の姿の方に関心があった。
どうやら魔獣は人の姿を自分で自由に決められないらしい。
喰らった時点で自分に適応した人の姿になるのだが、後から人を喰らいその姿がより適応したものであると、そっちの姿に自動的に変わるとか。
フィールはそれが悩みらしい。
以前の姿はもっと可愛かったと悔しそうにしているが……まあそんなことはどうでもいいことだな。
そんなある日、とある村を襲っている最中にオルトロスを偵察していた魔獣がケツァルの元へと帰ってきた。
報告を受けたケツァルは大層驚いていたそうだ。
その内容はなんだと聞いたがフィールは教えてもらってないそうで、ただオルトロスを偵察していたとだけ言われたとか。
だが俺には予想がついた。
リーリアがセレアの能力を使い倒したということはばれているだろう。
ついでにいうと俺のことも分かっているはずだ。
多分この時点からケツァルは俺とリーリアに対する認識を改め、最も警戒しなくてはならない相手だと考えただろう。
それからというものケツァルはさらに詳しく情報を聞き出すようになった。
勇者や法術のことを重点的に聞けと部下にも伝えていたようだ。
数日が経ったある日、ケツァルはとうとう勇者の情報を掴んだ。
テティ村という所の教会で、「どうやら隣のリアンダという大きな町に勇者様が来ている」という話を聞いた。
するとすぐにケツァルはこういったという。
「俺たちの目的は今日から変更する。勇者の抹殺が最重要である」
なぜそんなことを言ったのか意味は分からなかったが何も考えずに従ったという。
フィールに伝えられていた作戦は俺の予想通りだったようで、まずは巨人族の集落を襲い、近くの村に巨人のモーリスを配置して、部下の一人に魔石を植え込み、魔石の罠を仕掛けた。
この時に俺の名前ととても強い存在であり、消さなくてはいけない相手というのを伝えられたようだ。
爆発が阻止されたらその時は現場に向かい確実にトドメを刺せという命令だった。
それを伝えた後、ケツァルはサイモンを連れて町に向かったという。
「あ、あたしが知っているのはここまでよ!」
「本当か? 他には何か聞いてないのか?」
「聞いてないわ! ほ、本当よ!! だから殺さないで!」
フィールはごまをするように手を合わせて懇願する。
その様子からみるに、多分本当にここまでしか知らないのだろう。
……だがまだ、少しだけ情報が足りないな……。
「最後に聞きたいことがある」
「は、はい! なんでしょう!?」
「世界最強決定戦という大会のことは知っているか?」
「え? あ、ええ……村にた冒険者などが楽しみだと言っていた人間が開く世界大会よね?」
「ああ……」
「???」
なるほどな。
これですべてのピースがそろった……情報としては十分である。
俺はこのあと、ケツァルが何をしようとしているのかが分かった。
「みんな、ケツァルの本当の目的がわかったぞ」
「「「「「えっ!!?」」」」」
皆の声がハモった。
「お父さん……本当の目的って? リアンダの町が襲われるんじゃないの!?」
「そうにゃ! 早く帰らないと町のみんながやられてしまうにゃ!」
皆同じような意見だったらしくて、心配そうにはやる気持ちを抑えている感じであった。
しかし俺は首を左右に振ると、
「おそらくリアンダの町は平気だ」
そう答えた。
皆はポカーンと、「え?」っていう顔をしている。
そもそもリアンダの町が危ないと言ったのはベアルさんですよね? って顔だ。
「ベアル……すまない、私にも分かるように説明してくれるか?」
アナスタシアは疲れたような顔をしていた。
……すまん、さっきからお前の感情を揺さぶってばかりだな。
俺は心の中で謝った。
「そうだな……まず、ケツァルの目的が人間ではなくなったんだ」
「??? どういうことだ?」
「いいか? ケツァル達は多くの村を襲っては喰らっていた。その中には人間の冒険者もいたはずだ……だが、誰も新たな能力に目覚めなかったんだ」
「能力とは……法術の力のことか?」
「そうだ……ちょっと聞きたいんだが、法力は人間ならばほとんどの人が使えるんだよな?」
「ああ、力の強弱はあるが、大体は使える……」
そこまで言ってアナスタシアはハッとした表情になる。
「そうか! 法術は神である『セクト』様を崇拝することにより力を分け与えてもらい使用できるものだ!」
「ああ、魔獣は精霊を体内に取り入れて魔法を発動させる……ならば法力はどこから力をもらうのか……それを考えたとき『セクト』という神が関係あるんじゃないかと結論付けた訳だ」
「ケツァルももしかして?」
「多分その結論に至ったのだろう」
だとするならば、もはや人間を喰らうことに意味がなくなる。
魔力を持たない人間を喰らっても強くなることはない。
つまり……人間の町を襲うメリットがなくなるのだ。
「だからリアンダの町は無事という訳か!」
「ああ」
俺とアナスタシアの会話で皆も納得したのか、安堵の表情をした。
「ならばもう何も問題ないんですね」
「またゆっくりと王都にむけて出発できるにゃ」
「はぁ~怖かったぁ」
本当に心配していたのだ、満開の花が咲くように、三人娘は笑顔を見せた。
──しかし、話はここで終わりではない。
「安心してる場合ではないぞ。ケツァルの本当の目的が分かったと言っただろ?」
「「「えっ!?」」」
これ以上何かあるのかと、うんざりしたような表情となる。
残念だがその通りだ。
「ケツァルの本当の目的は世界最強決定戦だ」
「あ! そっか!」
「リーリア、分かったか?」
「うん」
他の者たちが?マークを浮かべる中、リーリアはそういうことかとウンウンと頷く。
「つまり、当初の目的である人間や勇者に期待が持てなくなったから、世界最強決定戦の大会参加者を全員まとめてってことだよね?」
「ああ、その通りだ。リーリア偉いぞ!」
「えへへ」
「そ、そんな!?」
俺は理解の早いリーリアの頭を撫でてやる。
笑顔の俺達とは対照的に皆の表情は暗かった。
「それじゃあ大会を中止に!!」
ナルリースはそう言うが、深く考え込んだアナスタシアは首を振った。
「いや……それは無理だろう……世界中の強者が集まり、各国が注目する大会なんだ。それこそリアンダの町が壊滅するということにでもならなければ……!? そうか!!!」
「……ああそうだ。それもあってケツァルはあえて町を壊さないんだ」
「そういうことか!」
「俺とアナスタシアを殺そうとしたのも大会を襲う時に邪魔な存在になるから殺そうとしたんだ」
「──くっ!」
アナスタシアの手に力が入る。
国を守らなければいけないという使命感がそうさせるのか、疲弊した体に鞭を打ち、よろめきながらも立ち上がる。
「すぐに向かわなければ」
「まだ大会までは時間がある。落ち着け」
「しかし!!」
「いいから少し休め」
俺が近寄り肩を掴むと、アナスタシアの力が抜け崩れ落ちそうになった。
そのまま肩を抱いて支えるようにして地面にゆっくりと寝かせてやった。
「ほら、まだ回復してないんだ。もう少し寝ておけ」
「~~~~っ!」
顔を真っ赤にしてプイと横を向くとそのまま目を瞑ってしまった。
「とりあえずもう少し休むぞ……移動は……アイツの事が済んでからだ」
俺はそう言って指をさす。
そこには今にも逃げ出しそうなフィールがいた。




