サンティエ
コトコトと音を鳴らして回り続ける水車の動きを見ていたら心地よい気候もあいまって眠たくなってきた。
いかん、いかん、眠る訳にはいかない。
風が運ぶ湿気の匂いを受けながら私は水車の前の堀に座っている彼を見ていた。
見ていたと言うより見守っていると言うのが正しいだろうか。
本日の私のお仕事は彼のお守りなのだから。
湿気のせいで胸の辺りまで伸ばしたシルバーヘアがクシャクシャに乱れていた。
これまたランドールさまによく似た声で、
「腹減った、リリア、何か食わせろ!」
ランドールさまが言いそうな事を乱暴に言ってくる。
見た目も所作もランドールさまによく似ているので黙っていればランドールさまと同じように威厳ある皇子なのだが、一旦口を開けてしまうと、皇子の『お』の字も出ないほどガサツで幼稚さが浮き彫りになってしまう。
彼、サンティエさまはランドールさまの腹違いの弟君であられます。
年が近いせいもあり、サンティエさまは私によく懐いております。
懐いてると言う言い方は非常に失礼ではあるが、相応しい言葉はそれしか無いと思う。
よく変わるサンティエさまのコロコロとした表情、好きな事には全力で挑むけど、嫌いな事は一切しない。
そんな無邪気で自由なサンティエさまの存在は、誰しも仮面を被って生きているこの宮殿では浮いた存在だった。
妾の子と言う立場であり後ろ指を指される事も多くなり、無邪気だったサンティエ様の心は少しづつ歪んでいき、心が壊れる寸前だったサンティエさまを宮殿から離し本宮殿から数キロ圏内にあるこの離宮に連れてきたのは私だった。
本日もこの離宮でサンティエさまは誰の目も気にする事無く、羽を伸ばし目の前に広がる池を見ていた。
「おい、リリア!」
「はいはい、聞こえておりますよ。本日のご希望は何でしょう?」
「食事は後でいい、そこで泳ぎたい」
「え?」
言うよりも早く着ているモノを次から次へと脱ぎ散らかし、池に飛び込んでしまった。
いつまでも子供のままで、いつも通りの行動なので驚きはしないが…。
「リリア、お前も来いよ」
水面の反射を受けて眩しく輝く露になった半身はもう少年のモノでは無くなっていて思わず目を反らしてしまった。
「あ…えっ、と、私は…大、丈夫、です…」
ランドールさまと同じシルバーグレイの瞳が探るように私を見てる。
ランドールさまに見つめられているようで少しドキっとしてしまい、からかわれてしまった。
「あー!!!リリア赤くなってるー、リリアのエッチ」
クスクス笑うその表情はランドールさまと全く異なっていた。
控えめに覗く八重歯が可愛い。
そして、嘲笑う時口元に手を置くところも可愛い。
気が付いたらそのまま陽が沈むまでそこにいるのはよくある事だった。
「うん、リリアの作る卵料理は絶品だよなー、うちのシェフの作る代わり映えのしないレシピには飽き飽きだよ」
食事を終えてから暖炉の前のソファーに座り、他愛ない談話をする一時。
思えばデュオとランドールさま以外に私の料理を褒めてくれるのってもう一人いたなー。
「リリアってさ、好きな奴いないの?」
「どうしたんですか?突然…」
「真面目な話、どうなの?いないの?」
「えっと…」
ランドールさまとは口が避けても言えない。
なので、曖昧に微笑って誤魔化した。
「ふぅん、じゃあ、もしオレがリリアの事好きって言ったらオレの事好きになってくれる?」
いつもの幼い顔からは想像できない顔をしたサンティエ様の表情は食器の割れる音で元に戻った。




