モーニングコール
ドラマとかだとこんな時普通に息切れとかしないで走って間に合っちゃうんだろうが、現実は…。滅多に運動しない人間の走り方のフォームがキレイじゃないのは承知の事だが自分が思ってるより全然進んでいない。
一刻も早く家に帰りたいのに。
帰ってランドールさまに…。
ランドールさまに会って…。
そう思っていたら足が止まった。
ランドールさまに会って何を言うつもり?
ゲームが終わってしまうのはもう決まっていること。
もう一度会って何になる?
そもそも、ゲームが続いていたとて、いずれは離れなくてはならない運命なのでは?
でも…。私、ランドールさまに酷い事言った。
ランドールさまのお気持ち無視して、一方的にお別れした。
謝らなくちゃ。ちゃんと謝らなきゃ。
手の届かない人だと思ってた。
言葉なんて交わせるはずないと思ってた。
目を合わせる事さえ叶うと思っていなかった。
だけど、ランドールさまは私を…私の前に現れてくれた。
私に触れてくれて、私に話し掛けてくれて、私と目を合わせてくれた。
また私を見つけ出してくれた。
震える手で鍵を開けて、階段を上り机のスマホの電源を入れた。
いつもディスプレイいっぱいにランドールさまの笑顔があるのに…、通常の待ち受け画面に戻っていた。
「ラ、ランドールさま…」
ゲームのアイコンをクリックしても何の反応も無い。
バグっているのか開く事すらできない。
全神経の力が抜けるのを感じて、その場に膝をついた。
終わった…、本当に終わったんだ…。
ランドールさまにもう一度会いたかった。
このまま永遠に触れる事ができなくても、同じ次元に生きていなくても、私はランドールさまと一緒にいたかった。
『また泣いてんのか?』
暖かくて心に響く低音ボイスが耳に届く。
ほら幻聴まで聞こえてきた。
元から幻のような人なのに、ここに来て幻聴とか本当ヤバすぎない、私。
『おい、また無視か?』
え?え?え!
スマホ画面にランドールさまがいた!
「ど?ど!?どうして?」
『どうしてって言われてもなー』
ポリポリと頭を掻いて頭上に目をやった。
『オレにもよく分からないんだが、自分が消えてゆく感じがした、物理的に手足の先が徐々に感覚を無くして視界がぼやけて、ああこのまま消えてゆくんだなって悟った』
だけど…、とランドールさまは続けた。
『もう一度、もう一度お前に会いたかった、もう一度お前にちゃんと伝えたかった、だから、こんなとこで消えない』
そう思って上を見上げると、何本もの細いカラフルな光がもくもくと一つの大きな塊になってゆくのが見えたらしい、本能的にあの光の中に入ればもう一度自分にあの会えると確信し、一本の光に捕まった、すると自分の精神ごと吸い込まれる感覚に陥り…。
『今ここにいる事ができたって訳だ』
うーん、ランドールさまの説明ではよく分からないが、もしかしたら、本当にもしかしたらなんだが、そんな事ある訳ないが…、自動的にクラウドにバックアップされたのでは無いだろうか?
「ああ…」
途端に全身の力が抜けてゆくのを感じた。
ランドールさまがまだ私の前にいてくれてる。
『どうした?大丈夫か?』
「は…い。あの…伝えたかった事って何ですか?」
『ああ…それは…』
言葉を濁らせてまた頭をかいていた。
『愛してる』
「…」
まっすぐなシルバーグレイの瞳。
ずっと前世から大好きだった人。
『これからもずっと側にいさせて欲しい』
ああ…目頭が熱くなってゆく。
大好き、大好きです。
「ありがとうございます…私も心から愛してます…」
やっとちゃんと想いが通じた。
スマホから溢れ出てくる熱が胸に伝わってきた。
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『おい、起きろ、朝だぞ、おい!いつまで寝てんだ!おい!』
暖かな朝陽の中今日もランドールさまの声で目が覚めた。




