アイツ…
ランドールさまがアイツと言っている相手は一体誰なんだろう?
宮廷の中庭で、フワッと空気を含ませた全然着慣れないドレスは私の足を隠してくれたので、好きな体制で地べたに座る事ができた。
私は人がいない事を確認してから、ランドールさまの手帳を開いた。
『アイツは危険だ。リリアは本当のアイツを分かっていない』
これって、私、この人物の事知ってるって事だよね?
私が知ってる人物…。
私の身近でそんな危険な人物?
そんなの一人しか思い浮かばない。
私にナイフを向けてきたり、私に監禁まがいな事をしてきたり、自分の感情を抑えられなくなる人物は一人しかいない。
それは…。
「ねぇ、リリアこんなとこで何してるの?」
かつての無邪気な瞳は消え、ランドールさまと同じシルバーグレイの瞳から見えるのは暗い猜疑心だけのサンティエさまが目の前にいた。
「サンティエさま、どうしてここに?」
私が知ってる危険な人間はサンティエさましかいない。
だけど、彼がランドールさまを殺めるほどの事をするのだろうか?
そこまで…。
サンティエさまの視線を笑顔で誤魔化し腿の下に手帳を忍ばせた。
「お前は常にオレの傍にいるべきだろう?お前が無罪になったのは誰のおかげだと思ってるんだ?」
上からモノを言うところは変わっていないが、前のサンティエさまと明らかに違う。
今は言葉の中にサンティエさまの本当の気持ちが全く見えない。
「変わりましたね、サンティエさま」
「…」
私の言葉にサンティエさまは眉を潜め下唇を噛んでいた。
その表情の中に一瞬だけ、素のサンティエさまが見えた。
「私、離宮でサンティエさまと過ごした時間が好きでしたよ」
「…何で?」
「え!何でって…」
「そんなのオレが兄貴に。ランドールに似てるからだろう、お前はただランドールに似てるオレと一緒にいる時間が好きだっただけだろ?」
「え…」
全く予想しなかったサンティエさまの返事に言葉を失ってしまった。
そんな風に思った事一度も無いのに。
驚きよりも怒りよりも悲しみでいっぱいになった。
「そうですか…そんな風に思われていたのですね…」
本当は。
怒りに任せて言葉を出してしまいそうだった。
『失礼ながら。サンティエさま。サンティエさまから見た私はそのように見えていたのですか?かのように見えていた私と夫婦になりたいなど笑止千万。二度と私の前に現れないでください!』
しかし。
口から出てきた言葉は自分が思っているよりも数百倍冷静な言葉だった。




