手帳
またここに来てしまった。
暗闇に包まれ何の物音もしないこの場所がどこの場所よりも落ち着く。
きっと新しい煌びやかな部屋は何年経っても慣れる事はなさそうだが…。
何年経ってもか…。
何年経ったらランドールさまの事思い出さなくなるんだろうね…。
窓辺に寄り掛かり月明かりの下で、昼間ランドールさまのお部屋から拝借してきた、ランドールさま愛用の皮背表紙の手帳を取り出した。
今までずっと365日ランドールさまのお側にあった手帳。
わ!わ!わ!
改めて考えてすごい事じゃない。
そう思った途端に手が震えてきた。
毎日遠くから見ていたランドールさまのモノ…、ランドールさまのお手にあったもの、それが今私の手の中にある!
ああ…愛しい。
手帳を胸に押し付けると温もりが伝わってくるようだった。
震える指先で、ページを捲る。
きちんとした文字で毎日毎日事細かにその日の予定が書き記しされていた。
毎日こんなに忙しく動いていたんだ。
あれ?何だろ、この文…。
いつからか1日の終わりに、一言二言付け加えられるようになっていた。
初めのうちは…。
『あー今日も1日だるかったな』
とか、それまでの堅苦しい文章と違って、ランドールさまの本心が書かれていた。
可愛い。
そんな事思ったらランドールさまはお叱りになりますか?
ちょっとデレてくれたりしますか?
『オレの一生はこのままでいいのか?』
『自分さえ良ければ弱者なんてどうでもいいと言うのが気に入らねー』
ご自身の生活に迷いを感じているランドールさま。
優しいランドールさまは私達庶民の事をいつも一番に思ってくれていた。
ページを捲り、次の文に息が止まった。
『また彼女と目が合った』
彼女って…。みんながランドールさまを見ている中でランドールさまに気付かれたのは…。
自分だと思いたかったがそこまで自意識は高くない。
螺旋階段の下でランドールさまを見上げていた私。
自分なんか見てくれないのは当然、そんなの分かってる、だけど、だけど、ほんの少しでいいから見て欲しい、もしかしたら目が合ったかもしれないと思っていたあの頃。
大好きだった。ずっとずっと大好きだった。
『今日も彼女はオレが手を置く手摺を念入りに拭いていた、手摺の中であの場所だけ一番キレイな理由が分かった』
あ…。
確信が胸をつく。
ランドールさまは気付いていらしたんだ。
私があの場所をいつも一番時間掛けて磨いていた事を。
ランドールさまは私の事を見てくれていたんだ。
急に鼓動が激しくなり、顔が熱くなる。
『深夜彼女が厨房で手際よく夜食を作っているのを見掛けた、急に声を掛けたら彼女はどう思うだろう?』
そんな事までランドールさまは知ってらした。
ランドールさまが厨房に入られ時の私の顔すごくひどい顔をしていただろう。
やり直せるならもう少しマシな顔で迎えたかった。
『今日もリリアに会いたい』
本当ですか?本当にそう思ってくださっていたのですか?
『リリアが作るリゾットをもう一度食べたい』
『リリアといると時間があっと言う間に過ぎる』
『リリア、ずっとこうしていたい』
ランドールさま。ありがとうございます。
出会ってくださって。声を掛けてくださって。本当にありがとうございます。
涙が文字を滲ませてしまうんでは無いかと慌てて、天井を仰いだ。
『リリアごめん、お前を守るにはああ言うしかなかった』
あ…。あの別れの時…。
私を守るには?
何?どう言うこと?
『リリアに言わないと。アイツは危険だと』
アイツ?アイツって誰?
『明日リリアに言わないと』
何を?
そこで文は終わっていた。
この後ランドールさまは…。
どうして、これだけじゃ何も分からないよ。
パラパラとページを捲ると、一枚丸々使い、力強く一言書いてある言葉が出てきた。
『好きだ』
ああ、私も大好きです。
胸の鼓動が速くなる。
すぐ傍にランドールさまの気配を感じられる。
神様お願いです。
もう一度ランドールさまに会わせてください。




