居心地
「リリア、今日もすごくキレイだよ」
サンティエさまと二人きりの室内はすごく居心地が悪かった。
カタカタと風が窓を鳴らしている以外何も聞こえない静まったこの部屋の中。
サンティエさまは鼻歌を歌いながら私の髪を梳いていた。
ここにランドールさまがいたのなら、気持ちはだいぶ変わっていのかな?
いや、きっとランドールさまのお部屋でランドールさまが目の前にいたりしたら緊張しすぎてそれはそれで居心地が悪かっただろう。
ランドールさまが生きてる時にこの部屋に入りたかったな。
少しづつ本当に少しづつだけど、ランドールさまの死が受け入れられてきた。
そう、私はランドールさまを暗殺した犯人を見付けるってあの日誓ったから。
「今日は少し風が強いけどいい天気だね、ほら、小鳥も啼いてるよ、散歩でもしよう」
「…ずっと思っていたのですが、サンティエさまその口調どうかされたんですか?」
「…」
以前のサンティエさまは横柄な態度の中に見せる子供らしさに可愛げがあったのだが、今のサンティエさまは全く別人になってしまったようだった。
櫛を握る手に力がこもったのを感じた。
「今までと同じではいられない。オレはこの家の君主になったのだから、だけど…」
櫛に絡まった髪の毛をほどき、私の肩を不意に抱き締められ、はっとして彼を見た。
「サンティエさま?」
「ずっとこうしたかった。誰にも邪魔されずにずっとこうしていたかった」
サンティエさまの鼓動が伝わってくる。
温かい…。
ランドールさまの香りがふんわりと舞う。
「うまくいかないな、オレの気持ちは前と全く変わっていないのに。オレが君主だぜ?信じられないよな、あれだけ切望していた君主だったけど、いざなってみると…怖くて仕方ない、だから、演技をするしかなかった。今までの自分では無く、自分が思い描く君主になろうと、虚勢を張った」
サンティエさまもサンティエさまなりに色々悩んでいたんだ。
生まれた時から当主として育てられたランドールさまと違い、腫れ物のように遠巻きにされていたサンティエさま。
誰にも言えずずっと苦しんでいたのだろう。
離宮で遊んでいた頃の無邪気なサンティエさまを思い出すとやりきれなくなる。
サンティエさまが窓を開けると暖かい風がチェストに置いてあった手帳のようなものを床に落とした。
それを拾い上げパラパラとページを捲っていたサンティエさまの目が鋭く光ったものの、何事も無くチェストに戻した。
見覚えのあるボルドー色の皮の表紙…。
「サンティエさま?それは?」
「大したものじゃない、気にするな」
サンティエさまが答え終わるより早くにドアをノックする音が聞こえた。
「サンティエさま、申し訳ありません、取り急ぎの謁見がございまして…対応していただけますか?」
苦虫を噛み潰したような表情をしてから天を仰ぎ、すぐに戻ると小さく言ってサンティエさまは部屋を出て行った。
サンティエさまが出てすぐに、私はチェストに近付き、先ほどの手帳のようなモノを手にして確信した。
ああ…。
これはランドールさまの字だ。
一度も見た事は無いけど、これはランドールさまがいつも持っていた手帳だ。
それだけでまた涙腺が緩んできた。
泣いてる場合じゃない。
これは何かの手がかりになるかもしれない。
私はそれをドレスとコルセットの間にしまった。




