末期症状
「リカーーー!」
教室に入るなり開口一番で千代子が私に泣きついてきた。
「どうしたの?千代子?何かあった?」
潤んだ大きな瞳からは涙がポロポロと溢れていた。
千代子の可愛さがあいまってまるで漫画でしか見ない場面だな。
と不謹慎にも思ってしまった。
「…ホ……マホ…」
ごもごもと口を動かしているのだが、よく聞き取れない。かろうじて聞き取れた単語を聞いてもしやと思い問い掛けた。
「え?スマホ?スマホがどうかしたの?スマホ落としたの?」
「う、ううん、違う、スマホ、家に忘れてきちゃったの!」
バンと音を立て机に両手を置いた。
…?
「は?え?」
どう見てももっと何か重大な事があったと思うじゃない。その慌て方は…。
「どうって事ないじゃない、そんな事」
「どうって事無いって何?今朝いつものように慧ちゃんが起こしてくれたのはいいんだけど、設定時間間違えちゃって…寝坊しちゃって、急いでご飯食べて着替えて…そんな事してたら…スマホ忘れちゃったの…どうって事なくない!」
予想外の強い口調に、私の返答は独りよがりなモノだったと気が咎めた。
「ごめん、言葉足らずだった。うんと、うんと、うん、うん、スマホは家にあるんだよね?」
「うん、家にある!」
「それなら安心だね…」
だけど、私は分かっていた。
千代子が心配しているのはそこじゃないって事。
「千代子が心配なのは慧ちゃんの事だよね?」
「うん…。慧と出会ってから初めて慧を一人きりにしちゃったの。きっと今、慧は不安の中私を探してるはずなのにー」
末期だ…。
末期症状が起こってる。
「新しいイベント始まったんだよ!きっとライフもう溜まってる!早くログインしなくちゃ…」
完全に末期症状だ…。ソシャゲの末期だ。
あのゲームって
あれ?いつからこんな酷くなってた?
私、自分の事ばかりで最近千代子と過ごしていなかったんだっけ?
毎日学校で顔は合わせている。
会ってはいるのに千代子とまともに話をしていなかったんだ!
「千代子。大丈夫だから」
「全然大丈夫じゃない!私、帰る!」
「え?」
言うが早いかスクバを手に取り教室を出て行ってしまった。
止める暇が無かった。
ちょ、ちょ、ちょっと待って。
「イテ…あれぇ?千代子帰ったのぉー?」
今登校してきた純に軽くぶつかり横を通り過ぎる千代子。
「ちょ、ちょっと、千代子止めてよ」
「はぁ?」
流されるように純も私に付いてきた。
「どこ行くのぉ?」
「千代子を教室に戻すの、あんたは付いてこなくていいから」
「イヤ、オレも行くよ」
普段はこんなかたつむりみたいなくせに、さすが運動部だけあって走る速度は私より早い、いつの間にか私が純の背中を追っていた。




