音楽同好会 2
その後、美少女はくるりと振り返ると大男にぺこぺことお礼なり謝罪なりをしていた。
ついでに俺も彼女に合わせて数回お辞儀をした。
すると大男はにやりと笑い、
「キミたち、音楽は好きかね!?これも何かの縁だから、よかったら俺が所属するところ、見学に来ないかね?」
両手を腰に当て、にへらにへらと俺と美少女に目線を向ける大男。
まあ音楽はどちらかと言えば好きだけども……。
美少女がこちらを向き、引き吊り気味な笑顔で首をかしげた。まるで“どうします?”と言っているように見えた。俺が代表して返事しろってことなのね。
仕方ない……。
「あー、あはは、えーとまあ音楽は好きですk「本当かね!?!?!?」
ビクッ、と全身が揺れ驚く程大きな声で、大男は食い気味に歓喜の声を上げた。
「いや、その、好きですけど特に部活には……」
「いやあああ、よかったよかった!!全然勧誘上手くいかなくて焦ってたんだ!がっはっはっはっはっは」
全然話聞いちゃいないなこのデクノボー。
「とりあえず!!お二人とも!!ついてきてくれ!!がっはっは」
太い高笑いを響かせながら、廊下の奥のほうに歩いていく大男。
ちらりと美少女の方を見ると、バッチリ目が合った。そして困ったような微笑を返してきた。
「どうしましょう。助けられた手前、断りにくいのですが……」
「ああ……仕方ないね、とりあえずついていきますか」
俺は呆れた笑顔を美少女に向けたが、内心俺は浮ついていた。
だって美少女と二人で行動をするなんて滅多にないんですもん。がっはっは。
廊下の突き当たり付近で大男は仁王立ちをしていた。
俺と美少女は小走りで追いつく。
「ようこそ!!我が『音楽同好会』へ!!」
満面の笑みでドアを開ける大男。上に目をやると表札には「天文学室」と書いてある。
導かれるまま、コソコソと部屋に入る。
中は会議によく使われるような長机が四つ長方形に並べられており、それを囲うようにパイプ椅子が十脚ほど有った。
その一番奥にパイプ椅子に座っている女の人が一人いた。え、それだけしかいないの?
「チタニ先輩!!漢、大門、入会希望者を連れて参りました!!」
これまた笑顔で大声を出す大男。大門っていう名前なのね。
っておい!入会希望?一言も言ってねえよ!
静寂。
奥の椅子に座る女性はイヤホンをしながら目を閉じている。
どうやら大門氏の大声も届いていない様だった。
くるりと教室を見渡すと、確かにギターケースやらキーボードやら、音楽関連の物は確かにある。
というか「部」じゃなくて同好会なのね。
っし。チタニ先輩とやらに声が届いていない今のうちだ。
「あのぅ、大門先輩?俺たち、その、入……会?すると入ってないのですが……」
「なんだって!?」
目やら口やら、全パーツをおっぴろげて驚嘆する大門。両手までいないいないばあポーズになっている。
「新入会員君、名前は?」
いやだから新入会員じゃないってば。
「神地です。神地 飛鳥です」
「では神地君。君も男だろう!!男には二言も三言もないんだぞ!!母ちゃんに教わらなかったのかね!?」
顔を歪めながら腕を組んで大声を出す大門。二言もくそも、だから言ってねえっつーのに。
それに、一緒に連れてこられた美少女も、さぞこの強引さには困っているだろう……。
そう思って隣に目をやると、予想とは違い、興味津々という顔で彼女は両手をそのお淑やかな胸の前でグーにしてきょろきょろと室内を見渡していた。おいおい。
「そこの可愛いキミは、名前を何というのだね?」
大門の問いに、美少女はハッとした表情をし、すぐに顔が赤くなり俯きながら
「か、可愛いだなんてそんな……」
照れているのか両手を頬に当てる美少女。いや、可愛いよほんと。
……。
数秒後、再びハッとした美少女が口を開く。
「西東 るなといいます。あの……その、音楽同好会さんはどんなことをなさってるんですか?」
西東のか細い問いに答えたのは大門ではなく、いつの間にかイヤホンを外しこちらを凝視するチタニ先輩という人だった。
「ここはねぇ、音楽が好きな人たちであれば誰でも入会できるの。活動内容はハッキリ言っちゃうと人それぞれなんだよね。例外はあるけど自由な時に来ていいし、来なくてもいいし。一応防音加工もされている教室だから何か弾いても鳴らしてもいい。ただ、ちょっと変わり者が多いけどね。あははは」
玩具の様に抑揚のある喋り方で、チタニ先輩なる人はさらに淡々と続けた。
「音楽同好会へようこそ。神地君と西東さん、だよね。わたしは知谷りえ。知るに谷でチタニね。りえはひらがな。これからよろしくね」
屈託のない笑顔をこちらに向ける。少し癖のある美人、と喋る知谷先輩を見て俺は思った。
「それでそこの大きい人が、大きい門出に、純真をひっくり返して大門 真純。わたしが三年で、大門は二年だよ」
「がっはっは。神地君に西東君、ヨロピク!!」
いやもうこれすっかり断れない雰囲気だな。ピクって……。
再び横に目をやると、西東は何故か俺をしっかと見つめていた。
口を結び、「どうしますか?」というオーラを飛ばしてくる。
え、なにこれ俺に選択権があるの?俺の返事待ちなの?そんなに見つめないで照れる。
「えーと……その、よろしくお願いします」
俺弱ぇーーーーー!!入っちまったよ同好会。
「あの、私もよろしくお願いします」
西東さんも入っちゃったよ。これって俺のせいか?
がっはっは、という轟音と共に拍手の音が一つ俺の心に突き刺さる。
いやまあでも、音楽はそれなりに好きだし、自由参加みたいなことも言っていたし、最悪フェードアウトって手も有りだよな……。
脳内で自己会議をしていると、知谷先輩が再度口を開いた。
「とりあえず、向かい側に座ってよ。さっきの例外についてせつめいするからさ」
言われるがまま、俺と西東はパイプ椅子に腰を掛けた。