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音楽同好会 1

――四月。


 概ねの人間に於いては振り返れば「青春」と呼ばれるであろう十代。

 その当事者にとっては、この月はあらゆる意味で怒涛の日々の始まりである。

 入学や進学、クラブ活動やクラス替え等、挙げればキリはないが、新環境が始まり目まぐるしく生活や人間関係に変化をもたらす。

 ある者は活力や生きがいを見出し、ある者は苦悩や葛藤を抱え、そしてある者は絶望をも経験する……これから大人になるにあたり、情緒や人格の形成に大きく影響のある期間なのだ。

 

 なんてオブザーバー風に思考を凝らしてはみたものの、その実俺も当事者で。

高校生になり、その新環境の一つ「部活動」から始まる関係でまさに今苦悩を強いられているわけで。

まあ、その大きな要因は――。


神地(かみち)くん!」

 背後から俺の苗字を呼ぶ聞き覚えのある声がした。振りかえるとこちらに走ってくる女の子が一人。

「おはよう、西東(さいとう)さん」

「おはよっ」

 そう言った彼女は少し息が上がりながら、こちらに笑顔を向けた。


――そう、この西東が苦悩の要因だ。


「今日も放課後は部室に行く?」

 西東はそう言うと、俺と並んで歩きだした。

 彼女が息が上がるのも無理はない。今春から俺の通う“賢道高校”の校門までの数十メートルは微妙に急な坂道になっている。

 普段から運動をしっかりしていない人間にとって、毎日のこの坂道はなかなかに身体に堪えるものがある。

 俺も入学式から3日くらいはこの学校に入学した自分を呪ったものだ。


「ああ、行こうと思ってるよ」

「そっか!そうだそうだ、神地くん。好きな食べ物ってなーに?」

 腰まである黒く長い髪の毛をふわふわと靡かせながら、大きな目をこちらに向けて訊いてきた。

「甘いものはなんでも好きだけど」

「本当?そうしたら、今度何か作ってくるね!えへへ」

 えへへって……。

「ありがたいけど、無理しなくていいからね」

「無理じゃないもん。作りたいだけだから!じゃ、また放課後部室でね!」

 校門まで来たところで、西東は目を細めながら手を振って走っていった。可愛い。


 さて。無意識に上がっていた口角を戻しながら少し時を遡って思考する――。





 あれは入学式の次の日なので丁度一週間前だ。


 「新入生歓迎会」という名目で新一年生は朝から体育ホールに集められ、在校生による少し角ばったもてなしを受けた。

 祝辞や挨拶の類が多く、前日夜更かししてしまった俺にとってはラリホーとかスリプルとか、そういう系の呪文にしか聞こえなかったが、うとうとし始めたころに急に騒々しくなり始めた。

 ステージで各部活動の紹介が始まったのだ。

 主に体育会系の部活は大声で魅力を叫び、サッカー部や野球部はボールを使い、剣道部は打ち込みと切り返しを披露し、書道部は大きな半紙と筆でパフォーマンスをし……。

 それぞれの部活動が新入生獲得を目指し躍起になる、なんとも退屈な時間だった。

 「退屈」というのは()()()()()、という意味である。

 なぜなら俺は部活など入る気はさらさらなかったからだ。


 大体二十ほどの部活動が紹介と勧誘を終え、ひょろっとした司会進行役の人が、

「他にも多数、紹介しきれない部活動や同好会が沢山ございます。一階掲示板にて全種類掲載致しますので、興味のある方は是非ご覧になってからお帰りください。全部活、全同好会は本日より見学可能となっております」

 と最後に告げ、放課となった。


 俺は一旦教室に戻り、鞄を持ち一階に向かう。

 特に部活動に所属するつもりはなかったものの、どんなものがあるかだけ少し気になった俺は掲示板を覗くことにした。

 階段を下りてすぐにどこに掲示板があるかは解った。やんわりと人だかりができていたからだ。

 がやがやする頭たちの隙間から見えるポスターを一通り見渡す。

 これといった色物はなさそうだった。

 最後の一、二枚を横目で流し見ながら正面玄関へ歩みを進めた所で、

「きゃ」

 の小さな悲鳴とともにドンッ、と胴に衝撃が走った。

 俺とぶつかってしまい飛ばされた女の子は転ぶまいと数歩後逸したところで大きな男に両肩を支えられて停止した。

 慌てて俺は駆け寄り、

「ごめん、大丈夫ですか」

「はい、ごめんなさい、余所見をしてて……あ!」

 後ろから大男に肩を掴まれたまま、その女の子は俺の顔を見るなり驚嘆の表情を見せた。

 が、すぐに湯気の様にその表情は消えた。

「いや、俺も余所見をしてて……こちらこそすいません。お怪我はないですか」

「私は大丈夫です、あなたは大丈夫ですか」

「俺ももちろん大丈夫です、丈夫だけが取り柄なんで!」

 つまらない回答をしながら、俺はこの子がさっき見せた驚いた顔は一体何なのだろうと考えていた。

「よかったです……本当にすみませんでした」

 ぺこりとお辞儀をする。黒い髪がふわりと揺れた。

 よく見るとものすごく整った顔立ちをしている子だ。

 目は大きく、鼻や口は小さく、透き通った白い肌に、髪に隠れた小さな耳が付いている。

 可憐さを纏いながら、無邪気な可愛さも兼ねる美少女だった。


「ちょっとちょっと、助けた俺にお礼はないのか!?俺ーに、御礼は?オレーにオレー、オレ―オレオレオレー、なんちって!がっはっは」

 美少女の肩を掴む大男が、俺と美少女に寒波をプレゼントしてくれた。

 

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