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Magical Garden ~箱庭の少年達と新任?教師~  作者: 夕城ありあ
第1章 出会い編 《It's up to me to begin new my life or not to.》
9/41

9 壁に耳あり障子に目あり

 世の中には

 連帯責任という素晴らしい言葉が存在する

 当事者には良いかもしれないが

 全く関係ない者にとってはいい迷惑でしかないだろう






「なんで俺がこんな事をしなきゃいけねーんだよ…」

「そう言うな。たまには皆で掃除するものいいじゃないか?」

「そんなの家事が好きなお前だけだって……」

 お前は何処ぞの主婦かメイドか、と。箒を肩にとんとんっと打ちつけながらシュリン・ヘリング少年が唸った。

 コウ・シーバス少年は「酷い言われようだな」と苦笑しながら雑巾をバケツの上で絞る。何やらその手つきは酷く手馴れたものである。ヘリング少年が言ったように、家事が好きというのは本当のことなのかもしれない。

 私は雑巾を持って、生徒達の監督にあたっていた。

 本来ならば、今は四限目の授業の時間。

 ――が

只今、全校一斉清掃中。

 学園長の容赦ない一声で、急遽決定された。

 その一声の決定権は、誰にも覆す事はできない。

 クラスごとに担当場所を決められて、担任教師が掃除をする生徒達の監督をする。三学年に至っては担任教師がいない為に監督となる教師がいないので、こうして私まで借り出されるハメになったというわけである。

 生徒達のほとんどは投げやりで『だらだら』という表現が相応しい動きをみせている。

 惰性で掃除をしているようなものだろう。

 ……まあ、だらだらしてしまう理由も分からなくもない。

 今日は土曜日、週最後の授業の日。

 その週最後の授業時間が清掃にあてられたのだ。これが腐らずにいられようか、――いや、いられるはずがない。

 しかも理由が理由だった為によけいに、であろう。

 してその理由はというと、言ってしまえば数人の生徒が馬鹿なことをしでかしたからに他ならない。どの生徒がというのはその生徒が哀れなので名前をあげないことにしておこう――ちなみに暗黙の了解で一部の生徒にはそれが誰であるかは分かっているらしいが、一般的には名前はあげられていないので知らない生徒もいるかと思われる。…多分、誰かが吹聴していない限りは――。

「…ったく、なんで俺がこんな面倒なことしなきゃいけないんだよ」

 リイチ・ハリバット少年もまた、ぶつぶつと文句を言いながらその秀麗な顔の眉間に皺を寄せていた。

 近くではトロウト少年とソウル少年がハリバット少年の怒りを買わないようにびくびくと怯えている。その姿は何とも同情を誘うものがある。友人関係なのか、上下関係なのか判断に迷うところだ。

 私は監督の管轄内である生徒達を見回して、こっそりと溜息を零した。

 めんどくさい。

 とにかくめんどくさい。

 監督をするとはいえ、どうして私までが掃除をしなければいけないのか。

 私なら魔法を使えば一瞬で綺麗になるのに、わざわざ手を動かして掃除をしなければいけないなんて、信じられない。雑巾なんて手にしたのは本当に何年振りか。

 レイもレイだ。その生徒達にだけ罰則を与えればいいのに、清掃の人を雇うお金がもったいないからといって、ちょうどいいとばかりに生徒と教師の私達に押し付けて。その間、自分は掃除をしていないのだ、絶対に。断言してもいい。

 レイに捕まらなかったら絶対に自分も逃げていたのに、というのは棚に上げて私は心の中で悪態をつき続けた。

 とその時、汚れたバケツが視界に入った。

「………」

 ――ちょうどいい。

 そう思って私は汚れたバケツを持ち上げて、水場に向かって歩き出す。

 このままゆっくりと時間を潰して掃除の時間を少しでも減らしてしまえという魂胆である。まあ、監督なんてするほどのことでもないだろう。だらだら惰性で動いているとはいえ、たかが掃除時間に大きな問題を起こす生徒がいるとは考えにくい。

 すたすたと、ではなくてとろとろと歩く私。

 その後を誰かが続いて歩いて来たのに気付いていたが、とりあえず気付かない振りをし続けた。




 水場の辺りは人気が少なかった。

 今は清掃真っ最中なのだから、水場になんて早々用事などないから当然といえば当然である。

 私は持っていた汚れたバケツを地面に置くと、手を軽く叩いて汚れを払った。

「――で、君もサボりなわけ?」

 振り返らずに声をかける。

 始めに聞こえてきたのは、笑いをかみ殺したような声。

 その後で

「やっぱりあんたもサボりだったのかよ」

 と、何処か面白がった声が返された。

 振り返る必要もなく、声だけでそれがヘリング少年だと知れる。

「シーバス少年は何も言わなかったのかしら?」

「ああ、あんたが持っているバケツが重そうだから手伝ってくるっつったら何も言わなかったな」

「重そう…ねぇ……」

 バケツをちらりと見遣れば、そこには私が持ってきた二つのバケツ。

 軟弱な鍛え方はしていないので別に重いとは思わなかった。

 しかし、確かに見た目は大変に見えたかもしれない。認め無くないが、私は背が高い方ではないのだ。

「それじゃあ帰りは手伝ってもらわないといけないわね、ヘリング少年」

「何で俺が…」

「だってその為に来たんでしょう? まあ、手伝わなかったらサボりということで生活面をマイナスさせてもらうだけだけど」

「……へーへー、分かったぜ。…ったく」

 私が振り返ると、ヘリング少年は肩をやれやれと竦めていた。

 面倒くさい、と呟く声が聞こえたが、敢えてそれを聞こえなかった振りをする。なぜならば、一番面倒くさいと思っているのは私に他ならないからだ。ただでさえ掃除が面倒だと思っているのに、どうしてさらに面倒でしかない生徒の相手をしなければいけないのか。

「それで、何か私に用だったわけ?」

 最近一部の生徒の前では地でいっているなーと思いながらも、その一部の生徒の前で取り繕うのも今更だと思えてしまっているあたり、もう既に何かがだめになっているのかもしれない。

 直行で尋ねた私に、ヘリング少年は少しだけ口端を吊り上げて笑ってみせた。

「ちょっと聞きたいことがあるんだよ」

「前にハリバット少年が尋ねたことと同じことなら却下よ」

「………」

 問答無用で言い切った私に、ヘリング少年が沈黙する。

 どうやらそれを聞きたかったらしい。沈黙がそれを物語っている。

 悪いけど、同じ質問に何度も答えるほど私は可愛い性格をしていないので諦めてちょうだいという感じだけど、きっと少年の性格を考えれば諦めてはくれないのだろう。

 少しだけ考え込んだ素振りを見せた後で、ヘリング少年は再度口を開く。

「それじゃ、他のこと聞くけどな」

「何?」

 私が聞き返すよりも早く。「おや?」と思う間に私は壁に押しつけられていた。

 危険を感じなかった為に警戒心がなく、あっという間のことで。危険を感じたら本能で抵抗したのだが、その危険を感じなかった為に私は面倒なので、素直に壁に押し付けられたといってもよい。

「あんた、なんで眼鏡なんかしてるわけ?」

 言いながら、ヘリング少年は私の顔をからかうように上から覗き込んだ。

 私の背が低い為、当然私は彼を見上げるようなかたちになる。

「いい眼鏡でしょう? 結構年季物なのよ」

 古臭いデザインの眼鏡ではあるが、耐久性は半端ない。魔法付加をしている事もあり、ちょっとやそっとの衝撃では壊れないし割れる事もない。何処かに置き忘れても言葉一つで呼び寄せることもできる。

「…いや、別に眼鏡がどーだって聞いてんじゃねェんだけど」

「あ、そうなの。それは失礼」

 淡々と、抑揚のない口調で話し続ければ、それすらも気に入らなかったらしい。ヘリング少年の眉間に深い皺が寄る。どうにもこの少年は眉間に皺を寄せやすいらしい。その内固まってしまうのではないだろうか。

「………わざと話を逸らすのは止めようぜ」

「あら、天然だとは思わないわけ?」

「あんたはそんな奴じゃねーし」

「それはそれは…」

 いつの間に君は私のことをよく知り得たのかしら、と。

 少しだけ肩を竦めて、私はおどけてみせた。

 再度、ヘリング少年の眉間の皺がひくひくと引き攣るようにして動く。少し視線を下へと動かしてみれば、口元も微かに引き攣ったような動きを見せているようだった。

「で、もう一度聞くけど、どーして眼鏡なんかしてんだよ? あんた、結構若そうだからそれを隠す為?」

「そうだったらどうしたいの、君は」

「別に、どうもしねェよ。でもあんたの本当の姿を見てみたいってのはあるかもな」

 本当の姿、という言葉に含まれているのは、けして眼鏡をとった姿ということではないのだろう。多分、私がどういった人物で、どうしてこの学園に赴任することになったのか、等というそちらの理由の方が強いに違いない。…とはいえ、そこまでの深読みは気づいていていない振りをしておくが。

「物好きって言われるでしょ、君って」

「さぁな」

「……ふむ。否定しないってことはその通りなのね」

「…………オイ、コラ。勝手に一人で納得してんじゃねェよ…」

 私は白光りする眼鏡を指先で摘んだ。が、摘んだだけで眼鏡を外しはしない。

 ヘリング少年が小さく舌打ちをする。

「大体の魔法使いってのは二十代あたりで成長が止まるらしいけどよ、あんたはかなりそれより若いよな」

「私のあだ名は年配の女性向けのものじゃなかったかしら?」

「自分が何て呼ばれてのかって知ってんのかよ」

 幾つもあった為にまとめてそう例えれみたものの、その全ては誰が聞いても良いあだ名とは思えないもので。

 ヘリング少年はそういったあだ名を知られていることに少々面を食らったようである。ばつの悪そうな顔をしたのは、彼もそういったあだ名で私を呼んだことがあるからと考えるべきか。

「昔もそう呼ばれていたもの。全然気にしないわ」

「……昔? っつーことはあんた、前にも教師をしてたってことになるよな?」

「そういうことになるわね。だからいくら若く見えても私の実年齢はそうとうなものかもしれないわよ」

 冗談なのか本気なのか分からない、そんな口調で私はこたえた。

 不機嫌そうなヘリング少年の表情が変わることはない。寧ろ、先程以上にどんどんど嫌そうな顔になってきている木がしなくもない。

「……あんた、性格悪い女だな」

「自分でもそう思うわ」

 長年生きている間にどんどんと性格なんてものは捻じ曲がっていくものだと私は思う。本当に天使のような心の持ち主ならば何年生きようとその心が変わることはないのかもしれないが、世の中の常を知るにつれて荒んでいくのが普通だろう。世の中は優しいものではない。

「――で、あんたの面を俺が拝める時は来るわけ?」

「さあ。来るかもしれないし、来ないかもしれないし。でも見ても君にはツマラナイんじゃないの?」

「どうしてだよ?」

 ヘリング少年が私の身体の両脇を挟むように手を壁につく。

 その格好と瞳といい、まだ少年とはいえセクシーさを売りにだしている男だと私は思った。いや、セクシーというよりもタラシなのか。この少年の行動でまんまと罠にはまった女子達はかなりいるのではないだろうか。私の知ったことではないので確かな答えは得られないが。

 しかし私はそれで誘惑されるような可愛い女ではない。

 少年が先程言ったように、私は性格の悪い女なのだ。

 そして、年下も年下の彼らにときめく程私は若くはない。残念ながら。

 瞬き一つせず、私はヘリング少年の瞳を見返す。

 そして、言った。

「君にとって私はタイプの女とは正反対なんでしょう?」

 間。

 間。

 かなりの間―――その後で。

「………何言ってんだ、あんた…?」

 あまり動揺を見せないと思われる――と私は判断した――ヘリング少年にしては珍しく動揺を露にした。

 声が酷く不安定だった。

 浮かべた笑みが少しだけ引きつっているのも私は見逃さない。

 私は、口端だけで少し笑った。

「だってそう言ってたじゃない、少年達の会話の中で」

 そう言うと、やはり心当たりはあったのだろう。

 こちらを睨みつけてくるのだから、何とも可愛らしい反応である。

「……盗み聞きしてたのかよ、てめェ…」

「盗み聞きなんかしてないわよ。そんな暇なことわざわざするわけないじゃない」

「だったら……」

「私は聞いてなかったけど、食堂のおやっさんが教えてくれたのよ」

 おやっさん。

 私の元教え子の一人で一番の古株さん。

 本名はおやっさんが口に出そうとしないので伏せておくが、おやっさんは現在この学園の用務員を勤めて様々な業務を裏から支えている。食堂の食事も全ておやっさんが管理している。とても万能な人物である。――ただし、変わった性格をしている事は自他共に認める事実である。何しろ、魔力のピークで体年齢が止まるはずなのに、若いままでは面白くないと言い切り、わざわざ魔法を使っておじいさん一歩手前まで体年齢を上げて、そのままずっと過ごし続けている。その為に、使える魔力は減ってしまっているというのに、それすらも構わないらしい。「俺はおやっさんだ!」と自ら声高々に言い切り、周りの人間に年寄を大切にしろと説教もする。たとえその体でもって、全力疾走で一日以上走れてしまう程の体力があったとしても、だ。――以上、話は逸れたが、おやっさん情報である。

 ということで、私は盗み聞きなんかしていない。

 けれど、少年達の話がおもしろかったと言って教えてくれたから大よその内容を知ることができた。

 それだけの話である。

「壁に耳あり障子に目ありってね」

 昔日の言葉。

 何処で誰が何を聞いているか見ているかは分からないということだ。

 ――まだまだ甘いわね。

 そういった意味合いを含めて私は小馬鹿にした笑みを浮かべた。

「さ、そろそろ戻らないと怪しまれるわね」

 ささやかなプレゼントにヘリング少年に水がいっぱい入ったバケツを二つともあげた。

 ヘリング少年が反論する前に、私は早々に水場を後にする。

 手ぶらっていいわねー、と。

 私は組んだ手を上に上げて思いっきり背伸びをする要領で体を伸ばした。

 とても気持ちが良かったのは言うまでもない。




 いつまで経っても戻ってこないシュリンを怪しんで、水場までコウは足を運んだ。

 その途中、すれ違った人物の手に行きとは違って何も持たれていなかったことに少しだけ首を傾げる。

「おい、シュリン。サボりはいけないぞ」

 水場で佇んでいるシュリンに向かって声を掛ける。

 そのシュリンの手には未だ渡された二つのバケツが持たれていた。

 声を掛けたものの、シュリンからの反応がない。

 何かあったのかと思ったコウはもう一度声を掛けようとし、

「………上等じゃねェか…」

 ぼそっと呟いたシュリンの声を聞いた。

 見れば、何やらデビルスマイルなるものを浮かべている。

(………何かあったのか…?)

 思案するもののシュリンにはそれは分からない。

 ただ、分かっているのは笑みを浮かべているシュリンに只ならぬ闘志が滾っているということだけ。

「……シュリン、どうしたんだ…?」

「俺様を蔑ろにしたこと、後悔させてやるぜ」

 そして絶対にその謎を掴んでやる――と。

 バケツを持つ手に力が篭めて意気込む。

 そのままずんずんとシュリンは歩き出した。

 何かのオーラを感じ取り、またタイミングを逃した為に声を掛け損なったコウは、シュリンの姿が小さくなるのを見守り続ける。

「………何だ…?」

 思わず口に出して問い掛けたが、そのコウの問いに答えられる人物は誰もいなかった。


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